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49 徒然という男

「おはよう」


「あら、早いですねぇ」


 座敷で床の間の掃除をしていた志乃が明るい声を出した。

 美咲が磨き上げた廊下が、朝日を浴びて光っている。


「うん……志乃さん。昨日美咲から聞いたよ。いろいろとありがとう」


「そう。役に立てたのなら良かったわ。彼女は大丈夫?」


「大丈夫だよ。美咲は自分の意思で、裕子だった過去を私に売ると言った。その代価は私の人生のすべてで払うよ。美咲も了承してくれた」


「おめでとう、徒然さん」


「ありがとう……お母さん」


 志乃が驚いた顔で徒然を見たあと、その場で三つ指をついた。


「徒然さん。不束な娘ではございますが、とても性根の優しい娘でございます。臆病で引っ込み思案なところもございますが、どうぞ末長く可愛がってやってくださいませ」


 徒然が志乃の正面に正座する。


「こちらこそ、気の利かない若輩者ではございますが、あなたの愛した本田松延の名を汚すことの無いよう、これからも精進してまいりますので、妻共々お導き下さいますよう、心よりお願い申し上げます」


 二人は真面目な顔で頭を下げあった後、声を出して笑った。


「お母さんがそんなに笑うのって初めて見たよ」


「だって、徒然さんが……おかしいんだもの! 笑い過ぎてお腹が捩れちゃう」


「ははははは! そんなに笑うなんて酷いなぁ。頑張ったのに」


「そうね、頑張ったね。本当によく頑張りました」


 台所から美咲が出てきた。


「何笑ってるの? ごはんできたよ?」


「ああ、今行く。ちょっと日本古来の儀式を二人でやってみたんだ」


 美咲が不思議そうな顔で小首を傾げた。


「さあ、いきましょうか。愛娘の旦那様」


「はい、参りましょう。愛する妻のお母様」


 二人はまた笑い合った。

 台所に入ると、美咲が紅茶を淹れている。


「徒然さん、いつものミルクティーにする?」


「今日はストレートにしよう。ハニートーストに合いそうだ。それより美咲、大丈夫?」


「何が?」


「体だよ。無理させちゃったから」


 志乃が紅茶を吹き出した。

 美咲が慌ててタオルを差し出したが、その顔は真っ赤に染まっている。


「徒然さんのバカ!」


「あ……ごめん」


 バタバタと音を立てて美咲が廊下に出た。

 慌てて追おうとする徒然を志乃が止める。


「私が行くわ。あなたは先に食べていてね。今日は出版社に行くのでしょう?」


「あ……ああ、そうだね。うん、よろしくお願いします」


 志乃がぽこんと徒然の頭に拳骨をひとつ落として出て行った。

 一人残った徒然は、バツが悪そうに黙々とトーストに嚙り付いている。


「美咲? 開けるわよ」


「お母さん……私……」


 志乃がソファーのクッションで顔を隠している美咲の肩を抱いた。


「おめでとう、美咲。徒然さんの妻になったのね」


 美咲が耳まで赤く染めて小さく頷く。


「あなた達って別荘に行っても寝室は別だし、イタリアにまで行ったのにそんな気配も見えないし。やきもきしてたのよ? 徒然さんていい年して意外とヘタレよね。そんなところも松延さんにそっくりだなんて」


 美咲が志乃の顔を見上げた。


「今日は出版社にお出かけでしょ? お見送りをしなくちゃね」


「はい」


「美咲。徒然さんを……あの子をどうぞよろしくお願いします」


 美咲は泣きそうになるのを必死でこらえながら、志乃に抱きついた。

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