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37 片づける女

「へぇ……そりゃまたすごい話だねぇ」


 玲子の両親が来た時の話を聞いた徒然が、半ば呆れたような声を出した。


「まあ彼女が悪魔に魂を売ったのも、こいつが原因ですからね?」


 山中の声に寂しそうな顔で俯く孝志を見ながら徒然が言った。


「すごい偶然だよね。人生が終わると言われ絶望した時にばったり出会っちゃうなんて」


「俺って神に見放されてるんでしょうね」


 徒然がクスっと笑う。


「つい最近私も同じことを考えてね。取材でイタリアに行った時に、時間を作ってローマの大聖堂を訪れたよ。私があまりにも真剣に祈るものだから、同行していた妻が笑ってねぇ」


「奥さんと一緒に行かれたのですか。そりゃいいや」


 山中が明るい声で言ったその横で、孝志は自分が驚いていることに愕然とした。

 海外旅行に一緒に行くとなると、パスポートを持っているということになる。

 だとすれば、彼女は間違いなく安倍美咲なのだ。

 日本国が彼女の身元を保証しているのだから疑いようはない。

 そのことに衝撃を受けたということは、心のどこかで徒然の妻が裕子であるという可能性を捨てきれていなかったということだ。


「俺……もうマジでクソ野郎ですわ」


「なんだよ、今更。まあでも、確かにお前はクソ野郎だが、もう過去形にして、そろそろその看板を下ろしても良いんじゃないか?」


「ダメでしょ。だって俺、かずとがいなかったらもうとっくに自殺してますもん。玲子は俺に命で償うことさえ許さなかったってことですよ? そこまで恨まれるってどんだけって感じでしょ?」


 ワインを飲んでいた徒然が口を開いた。


「確かに……ちょっと引くほどの熱量だよ。命を賭けて愛するっていうのは、小説でもよく見かけるフレーズだが、命がけで憎まれようとするっていうのはなかなか……今度使わせてもらおうかな」


 山中が自分でワインを注ぎ足しながら笑った。


「でしょ? 引きますよね? 俺もその手紙読ませてもらったのですが、正直言って怖かったですもん。それにしてもこのワイン、旨いですね~」


 男たちの声を波が攫い、遠くの海へと運んでいく。

 消したい思い出もそうでないものも、全てが過去へと流れ去る。

 今この瞬間も瞬きをする間に過去へと変わるのだ。


 徒然の別荘から音が消えたのは、東の空が少しだけ色を薄めた頃だった。



 徒然が二日酔いの頭を持て余していたその日の朝、美咲は志乃と共に玄関の掃除を済ませてから朝食のテーブルについていた。

 本田家の朝はパンと紅茶と決まっている。

 トーストのこともあればクロワッサンの時もあるが、今朝は卵フィリングを挟んだロールパンだった。

 ふわふわのロールパンをちぎりながら、志乃が美咲に話しかける。


「そう言えば徒然さんにいただいたイタリア土産って、美咲のと色違いよね」


「そうなのよ。両方とも私が大好きな色だったわ」


「ええ、私も好きな色よ。あなたのは華やかで、私のはシックで。徒然さんっていつも黒ばかりだから、おしゃれに興味が無いのかと思っていたけれど、そうでもないみたいね」


「そうよね、徒然さんって黒が多いよね。後は白かグレイか良くて茶色でしょ? せっかくあんなにカッコいいんだからもっとおしゃれすれば良いのに」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「お母さん、もう使ってるの?」


「まだよ。なんだか勿体なくて」


「あら、そんなこと言ったら徒然さんに悪いわ。私も今日から使うから、お母さんもそうしない?」


「そうね、そうしようか。あなたっていつもトートバッグばかりでしょ? 今度からちゃんとしたハンドバッグにした方が良いわ」


「うん、本田徒然の妻になるんだもの。身なりにも気を遣わなくちゃね」


「この際だから、古いのは処分しちゃったら?」


「うん、そうする。後で掃除するからその時に整理するよ」


「ええ、それが良いわ」


 美咲は食器を手に立ち上がった。

 あとで一緒に洗うからという志乃の言葉に頷いて、自室へと向かう。

 窓を開けて空気を入れ替えた後、美咲はクローゼットの扉を開けた。


「あら? こんなバッグ持ってたっけ? 随分古いわねぇ」


 美咲が棚の奥でみつけたのは、裕子が家を出る時に持っていたハンドバッグだった。

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