風景に名前をつける仕事
【山口県・周防大島町役場 観光課|午後】
「……で、これは何?」
日良居遥は、陽真が差し出した紙束を手に取り、眉をひとつ跳ね上げた。
その表紙には、手書きでこう書かれていた。
『新・観光名所案:風景に名前をつける仕事』
「タイトルからしてもう嫌な予感しかしないんだけど」
「今回は、わりと真面目にやりました。たぶん」
「“たぶん”って言った時点で真面目じゃないのよ」
「“真面目”にもグラデーションがあると思うんです。
僕の中では、これはかなり“真面目寄り”の“ふざけ”です」
「つまり、ふざけてるってことね」
「……はい」
日良居は無言でページをめくる。
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> ■ さよなら岬
> 島の端にある、誰も来ない小さな突端。
> 「夕方に立つと、何かが終わった気がする。別に何も始まってないのに」
「観光客に“終わり”を感じさせてどうすんのよ。
来てほしいの、帰ってほしいの、どっち?」
「“来て、終わって、帰ってほしい”ですかね」
「最低か」
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> ■ 無為の特等席
> 錆びた自販機の前にあるベンチ。
> 「何も起きないことを、ちゃんと味わえる場所。退屈のプロが座る椅子」
「退屈のプロって、あんたのこと?」
「はい。国家資格はないですが、実務経験は豊富です」
「履歴書に書くなよ」
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■ 未完通り
みかん畑の脇道。誰も通らない。
「たぶん誰かが、ここで何かを言いかけてやめた。
あるいは、何かを始めようとして、やめた。
そういう“途中”の気配が、ずっと残ってる」
「“未完通り”って、観光客に“人生の途中感”を味わわせたいの?」
「完成されたものより、途中の方が、記憶に残る気がして」
「それ、観光じゃなくて文学だから」
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> ■ ため息坂
> ゆるやかな上り坂。海が見えない。
> 「登っても何も見えない。だからこそ、登る意味がある。たぶん」
「“たぶん”って言うな。“意味がある”って言い切れ」
「言い切ったら、嘘になる気がして」
「じゃあ観光案にするな」
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> ■ 記憶のバス停
> 廃線になったバス停跡。
> 「誰も来ないのに、誰かを待ってる。俺みたいだなって思った」
「自己投影やめなさい。観光案で病みポエム書かないで」
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> ■ 片想い灯台
> 使われていない古い灯台。
> 「光は届くけど、返事は来ない。ずっとそういう役割をしてる」
「“片想い灯台”って、観光客に失恋させたいの?」
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> ■ 空白神社
> 無人の小さな祠。由来不明。
> 「何を祀ってるのか誰も知らない。でも、何かを祀りたくなる空気がある」
「“空白神社”って、逆に怖いからやめて」
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日良居は書類を閉じ、深いため息をついた。
「……陽真比で言えば、今回は奇跡的にマシ」
「つまり、陽真史上最高評価?」
「偏差値52。前回がマイナスだったから、相対的に高く見えるだけ」
「……それでも、ちょっと嬉しいです」
「調子に乗るな。あと“人生っぽい”とか“返事は来ない”とか、
観光案に詩的な余白を持たせすぎ。観光客はポエムを読みに来るんじゃないの」
「でも、風景に名前をつけるって、ちょっとロマンありません?」
「あるけど、それを観光課で言うな。詩人か」
「……詩人、目指してた時期もありました」
「知らん。で、これからどうするつもり? この案、誰が実現すんの?」
「……誰か、感性の合う人がいれば」
「いないわよ。そんな“片想い灯台”みたいなこと言ってないで、
ちゃんと現場に出て、自分の言葉が通じるか試してきなさい」
「現場って……俺、そういうの苦手なんですよ。人と関わると、
言葉がうまく使えなくなるっていうか、逆にこじれるっていうか」
「それ、あんたの言葉が“自分のため”にしか使われてないからよ」
「……え?」
「誰かに届かせる気がない言葉なんて、ただの独り言。
それを“詩的”って言い換えてるだけでしょ」
陽真は、言い返せなかった。
「だから、これ書いて」
日良居は引き出しから一枚の紙を取り出し、陽真の前に差し出した。
「……何ですか、これ」
「“地域資源活用型観光振興プロジェクト”――略して島プロ。
その参加申込書。あんた、地元代表ってことでよろしく」
「いやいやいや、待ってください。俺、代表より傍観者の方が性に合ってるんですけど」
「傍観者ってのは、責任から逃げてるだけの言い訳よ」
「でも俺、責任とか向いてないんです。
“責任感”って言葉にアレルギーがあって、聞くとちょっと痒くなるというか」
「……」
「あと、集団行動も苦手で、初対面の人と話すときは胃がキュッてなるし、
あと、そもそも“島の魅力”って言われても、俺自身がまだ見つけてないというか――」
「――うるさい!!」
日良居が机をバンと叩いた。
「いいから書け。今すぐ。
あんたの“言葉”がどこまで通じるか、現場で試してこい。
それが嫌なら、“空白神社”の由来を住民に一軒ずつ聞いて回ってもらう。
“未遂通り”の命名理由も、ちゃんと説明してこい。
“片想い灯台”の片想いの相手が誰か、町議会で発表してもらう」
「……それはもう、罰ゲームでは?」
「そうよ。だから書きなさい」
陽真はしぶしぶペンを取り、名前を書き込んだ。
「……で、いつからですか」
「今日。夕方7時、“八幡生涯学習むら”集合。初回ミーティング」
「今日!? いや、心の準備とか――」
「いらない。あんたの心、準備してもどうせ拗れるだけだから」
「……ぐうの音も出ませんね」
「出すな。あと、ちゃんと名札つけて行きなさい。“安下庄陽真”って。
“片想い灯台”とか書いたら、即帰らせるから」