記憶の鍵
「おはよう、紗月」
僕の挨拶に、彼女はいつものようににっこりと笑い返す。だが、その笑顔の裏に隠されたものを、僕は知っている。彼女が僕を覚えていないことも、何度も繰り返すこのループの中で、何が起きているのかを。
今日は、何かが違う。いつも通りの朝の始まりなのに、僕の中で何かがひっかかっている。その違和感を感じ取る間もなく、学校が始まり、いつもの一日が流れていく。
放課後、僕は結城翼と再び会うことになる。彼とは何度も一緒に過ごしてきた。結城翼――彼もまた、このループに巻き込まれている人物だ。そして、僕と同じように、記憶を保持し続けている。
「どうだった?」
結城が声をかけてきた。彼の目は真剣そのもので、何かを探し続けているようだ。
「今日も紗月は、僕を知らない」
僕は答える。そう、彼女は毎回僕を「初対面」のように接してくる。そして、それが僕を苦しめる。
「うん、でも、あの感じ、少しだけ違った気がするんだ」
結城が静かに言う。僕は彼を見つめる。
「違った、どういう意味だ?」
僕が尋ねると、結城は少し黙ってから答えた。
「実は、今朝、紗月にちょっと変わった反応を見たんだ。いつもより、少しだけ目を逸らしたような気がした」
結城が目を細めながら言う。僕はその言葉に思わず反応した。
「目を逸らした? それはどういうことだ?」
「わからない。ただ、何か気づいているような……いや、もしかしたら、何か隠しているのかもしれない」
結城の言葉に、僕の心が跳ねる。
「隠している?」その言葉が引っかかる。
紗月が隠しているもの。彼女が僕を忘れてしまう理由。もしそれが、僕が思っているようなものだとしたら――。
「試してみる価値はあるかもしれない」
結城が続けて言う。
「でも、今はあまり無理をしない方がいい。何か大きな秘密が隠されているのかもしれないから」
僕は結城の言葉を胸に、学校を後にした。その夜、再び一人で考える。
紗月が隠しているもの。それが何であれ、彼女が僕を忘れてしまう理由と深く関わっていることは間違いない。
次の日、僕は決心した。今日こそは、紗月に何かを問いただす時が来た。
朝、学校へ向かう途中で彼女と再び出会う。普段通りの笑顔で、僕に挨拶をしてくる紗月。しかし、今日は違う。僕は心を決めて、思い切って言葉を紡ぐ。
「紗月、君は本当に僕を覚えていないのか?」
その言葉を発した瞬間、彼女の表情がわずかに固まった。ほんの一瞬だけ、目が泳ぐ。それに気づいた僕は、さらに踏み込んだ。
「君は、何かを隠しているんだろう?」僕の問いに、紗月は言葉を詰まらせた。しばらくの沈黙が流れる。
そして、彼女はようやく口を開く。
「……ごめんなさい」
その一言だけが、僕の胸に刺さるように響いた。
「ごめんなさい、瀬川さん。でも、私には言えない理由があるの」
その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中で何かがひらめいた。何か大きな秘密、そしてそれが僕たちのループにどう関係しているのか。
「紗月、君を忘れさせる理由って、もしかして――」
僕が言いかけた瞬間、紗月の表情が急に暗くなる。
「もう、言わないで……お願い」
彼女は目を逸らし、ゆっくりとその場を立ち去った。
その瞬間、僕は確信した。彼女が隠していること、それがループの核心に関わっている。彼女の過去、そして僕の記憶が繋がるその先に、すべての答えがあるはずだ。
その夜、僕は再び結城翼に会う。彼にもすべてを話し、二人で調べることを決意する。
「今度こそ、真実にたどり着く」
僕は強く誓った。
そして、次の日。また同じ朝が始まる。
「おはよう、紗月」
彼女はいつも通り、笑顔で僕に返事をしてくれる。しかし、今回はもう、以前のように無関心でいられない。僕は、彼女が隠している「真実」を解き明かすために、再び動き出すのだった。