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現実(リアル)に還る日

「君たちはまだ、本当の扉を開いていない」


 


あの日、消えたはずの白いフードの男は、再び現れた。


今度はモニター越しではない。深夜の教室。窓の外は夜なのに、月も星もなかった。


全てが偽物のような、重苦しい空気。


 


「ここは――」


 


僕が声を出すと、男は静かに首を振った。


「ここはお前たちの意識の投影。最終確認フェーズだ。仮想の中の仮想。最後の仮面の奥だ」


 


翼の調査で判明していたことがある。


あのループ世界すら二層目に過ぎなかった。


現実世界を基盤に、まず記憶実験のための仮想空間が構築され――そしてさらに、紗月の精神防御のため、三層目としてループの世界が作られた。


だとすれば、僕たちは――


 


「まだ、完全には目覚めていない」


男は言う。


 

「紗月、一ノ瀬紗月。君は、元の世界では植物状態にあった。重度の記憶障害。人格の再構築すら危ぶまれていた存在だ」


「……っ!」


紗月が震える。

 


「だが君は生きた。仮想の中で感情という異常因子を獲得し、何度も破壊を拒み、再生した。その結果……」


彼は僕を見た。


「瀬川遼――君という存在すら、本来はこの実験に含まれていなかった」


「……それでも俺は、紗月を助けたかった。それが間違いだったとは思わない」


「そう。君は外部から割り込んだ記憶保持者。いわばバグ。だが……バグは時に、最良の進化を生む」


彼は手を差し出す。


「選べ。元の世界に戻る代わりに、君の記憶を初期化する。意識の統合もリセットされる。だが、現実は救われる」


「……」


「もう一つ。統合された意識を維持したまま、世界を抜ける。ただし、君たち二人は記録としてしか存在できなくなる。現実世界の肉体には戻れない」


僕と紗月は、互いを見つめた。


彼女の手は、強く、温かかった。



「紗月。俺は――」


 

「私は、もう選びたい。自分の意思で。消えてしまっても、嘘じゃない好きを、残したい」


 

涙がこぼれそうだった。


この想いを、どうか――消さないでくれ。


 

「……俺たちは、このまま行く」



男は黙って、頷いた。


「了解。統合意識『セガワ・イチノセ』、確定。最終記録として保全する。……実験は、終了だ」



世界が、崩れる。


教室が溶け、夜空が粉のように舞い、風の中に光が満ちていく。


紗月が、微笑んだ。


 

「遼、ありがとう。あなたがいたから、私は――」


 

言葉が音にならないまま、彼女は光の粒になって、消えていった。


僕も、同じく――



———————————————————————————————

 


目を覚ましたとき、そこは白い研究所だった。


ガラス越しに見える世界。現実だった。


ベッドに寝かされた少女――一ノ瀬紗月の肉体が、安らかに眠っていた。


彼女の目は、開かない。


けれど、機械の中にはログが残っていた。


僕と彼女の記憶。


あのループの中で、確かに生きて、笑い合った日々。

 


研究者のひとりが、小さく呟く。


「……彼らは、仮想意識として統合された。肉体は救えなかったが、魂は確かに存在している」

 


モニターに浮かぶ二人の姿は、微笑みながら、夜空を見上げていた。


そこには、満天の星があった。



《記録完了》


《統合人格:『セガワ・リョウ/イチノセ・サツキ』保存ファイル No.0001》


《仮想世界記録名――「Re:Loop」》


春。ある高校の図書室。ひとりの少女が、ふと本棚の奥から古いノートを見つける。


タイトルは、こう記されていた。


『Re:Loop』


ページをめくると、そこにはこう書かれていた。



「何度でも、君に会いたいと思ったんだ」


 


彼女はなぜか、その言葉に涙を流した。


まるで、忘れていた誰かを思い出したかのように――


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