目覚めた世界と、見えざる監視者
「君は……記憶を保ってるのか?」
病室の窓から差し込む朝日が、まだ眠たげな紗月の顔を淡く照らす。
僕は呼吸を整えながら、静かに問いかけた。
「……わからない。夢みたいだった気もするし……でも、名前も、君の顔も、全部……前よりずっと近く感じる」
紗月はそう言って、僕の手を取った。
その表情は、あの崩れゆく空間の中で見せた笑顔と、まったく同じだった。
「紗月……」
思わず僕は彼女を抱きしめる。涙が出そうになるのを必死で堪えた。
「……よかった。戻ってこれたんだ」
だけど、その安堵も束の間だった。
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退院後、僕は翼と再会した。
彼は以前と変わらず理詰めで、でもどこか気だるげに笑っていた。
「意識回収は成功。紗月も目覚めた。……だが、話はそれだけじゃ終わらない」
彼は、ポケットから小型のデータチップを取り出して言った。
「これ、あの空間の最後のログファイル。正常終了じゃない。監視者側からのログアウトじゃなく、遮断されてる」
「遮断?」
「つまり、あの男――白いフードは、システム外のさらに外に存在していた。俺たちはあいつの本体にすら辿り着いていなかったってことだ」
僕は凍りついた。
「じゃあ……まだ、終わってない?」
「むしろ始まったばかりだよ。俺たちは、やっと、観測される側から見る側になった。……けど、その代償もある」
翼はデータチップをモニターに挿し込む。
すると、画面に映し出されたのは――病室で眠る僕と紗月。外部カメラによる映像。
「……これ、どこから……?」
「わからない。でも間違いなく彼らの技術だ。つまり――」
翼はモニターを消し、言った。
「俺たちはまだ、見られてる。違う名前で、違う空間で。監視は終わっていない」
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その夜、僕は紗月とふたり、河川敷を歩いていた。
「ねえ、遼。これから、どうするの?」
彼女の問いに、僕は空を仰いだ。
あの虚構の空とは違う、確かな星が瞬いている。
「わからない。でも、少なくとも……もう、同じ時間を繰り返すことはない」
「うん」
彼女は微笑む。その笑顔が、僕の心に火を灯す。
「ただ、忘れない。何度ループしても、何度すれ違っても、俺たちは……ちゃんと、選べたから」
「うん。今度は、自分の意思で生きていく。誰かのプログラムじゃなくて、自分の感情で」
僕たちは、そっと手を繋いだ。
見上げた夜空の中、ひときわ明るい星が流れた――その瞬間、僕は気づいた。
あの空間と、同じ光の揺らぎ。
背筋に冷たい感覚が走る。
――まだ、繋がっている。
けれど、それでも。
「紗月。どんな現実が待っていても、俺は君の隣にいる」
「……私も」
僕たちはもう、虚構の中の亡霊じゃない。
世界がどうあろうと、自分で選び、進んでいく。
それが、本当の目覚めなんだと思った。




