侵入者のいる世界
「侵入者……?」
屋上に立つ僕たちの前で、翼が通信デバイスの画面を見つめたまま呟いた。ディスプレイには見慣れないプロトコル名と、赤い警告が点滅している。
「このコード、システムの外から……通常のユーザー認証じゃない、まるで開発者の裏口から直接アクセスしてきたみたいだ」
「まさか、実験の主導者……?」
僕の言葉に、斉藤が険しい顔で頷いた。
「いや、それだけじゃない。これは明らかに、観測者側のログじゃない。むしろ、観測者にとっても想定外の存在だ。完全な、外部からの干渉」
「じゃあ、誰かが……このループの外から来た?」
「世界の外……?」
紗月の声がわずかに震えた。
「私たちは、仮想現実の中に閉じ込められていた。ループも記憶の実験も、すべてこの空間の中で完結してた。だけど……」
斉藤が静かに続ける。
「ついに、外の世界がこの存在に気づいた。そして、内部に入り込んで来た――意志を持って」
直後、空間に歪みが走った。
校舎の端がにじみ、建物の輪郭がまるで水面のように揺れ始める。次の瞬間、屋上に彼は現れた。
白いフードをかぶった、長身の人物。顔は隠され、どこか生気のない気配を纏っている。
だが、その目だけは、僕たちを真っ直ぐに見据えていた。
「……ようやく、会えたな」
彼は、そう呟いた。
「君たちは、実験サンプルとして予定されていた存在ではなかった。だが、結果的に最も価値あるデータを生み出してくれた」
「お前は、誰なんだ」
翼が一歩踏み出す。だが、男はそれには答えなかった。ただ、紗月に視線を向けて言った。
「君は、記憶保護プロトコル第13号。本来ならば意識の統合に失敗し、消去されるべき存在だった。だが、君はそれに抗った。何度死んでも、愛着という異常値を育て続けた」
「……愛着?」
「そして君は、彼――瀬川遼という想定外と出会った。すべての計算を狂わせる、単なる一人の少年。記憶保持者という欠陥を持ち、強引にループを突破し続けた。そのデータは……我々にとって、非常に興味深い」
「……データだと?」
僕の胸に、冷たい怒りが芽生える。
「俺たちの記憶も、死も、痛みも、全部……お前たちにとってはただの実験材料かよ」
「当然だ。我々は、より高次の意識統合と再構築を目指す存在。人間の感情も、死の恐怖も、すべて数値化可能な現象にすぎない」
彼の声は感情を持たない。けれど、その無機質な響きが、かえって僕たちの中に強い拒絶を生んだ。
紗月が一歩、前に出る。
「でも、私は現象じゃない。私は……私であって、あなたたちのデータじゃない!」
男の瞳が、わずかに揺れた。
「……面白い。ならば証明してみせろ。自らの意志で、この空間を壊すことができるか。自らの意志で、虚構を超え、現実へたどり着けるか」
そして彼は、手をかざした。
世界が、再び揺らぎ始める。まるで校舎そのものが崩れていくように、空間がざらざらと粒子になって消えていく。
「これが、最終フェーズ。意識融合に成功した今こそ、君たちは、出口にたどり着くことができる」
「だけど――それには、もう一つの鍵がいる」
男は、紗月を見た。
「君の選択が、すべてを決める」
空間が崩れていく中、僕たちは立ち尽くした。
この世界の真実。その外にある現実。そして、僕たちが選ぶべき未来。
紗月は、そっと僕の手を握った。
「遼……信じてくれる?」
「ずっと、信じてる。だから、行こう。君の選んだ未来へ」
彼女が微笑む。
それは、すべてを受け入れた者だけが見せる、強くて優しい表情だった。




