目覚めの繰り返し
初めて君に出会ったときのことを、僕は何度も思い出す。
だけど、「初めて」はとっくに失われた。
君と出会うのは、これで――何度目だったろう。
朝、目を覚ます。
世界はきちんと“前の日の続き”であるはずなのに、時計もカレンダーも、そして君さえも、それを裏切る。
知ってるんだ、この教室の景色も、窓の外の曇り空も。
そのドアが開いて、君がそこに立っていることも。
「皆さんに紹介します。今日からこのクラスに転校してくる――」
担任が名前を口にする前に、僕はもう知っている。
一ノ瀬紗月。
何度も、何度も、同じ瞬間に立ち会った。
君の声を聞き、笑い合い、そして――そのすべてを、君に忘れられてきた。
君に出会うたび、僕は君を失う。
それでも僕は、また君を好きになる。
忘れられても、僕は君を思い出す。
この終わらないループの中で、きっと“何か”を見つけ出すために。
「また…だ」
目を覚ました瞬間、僕――瀬川遼は、また同じことを呟いていた。何度も経験した感覚。周囲の景色も、空気の匂いも、何もかもがあの日と同じだ。毎朝、目を覚ますたびに、時空は巻き戻り、全てが「数週間前のある日」に戻ってしまう。そして、何故か僕だけは、全ての記憶を保持したままでいられる。
今日もまた、世界が初めから始まったように思えて仕方ない。それでも、僕の中には確かに記憶がある――昨日の出来事、先週のこと、そして一ヶ月前のこと。全てが、まるで何度も繰り返した日常のように、鮮明に思い出せる。
「これが…また、始まったんだ」
もう慣れてしまったとは言え、心の中で繰り返されるこのフレーズ。毎日が同じ日を何度も繰り返すループの中で、唯一変わることがあるとすれば、それは僕の記憶だけだ。
「あれから、どれくらい経ったんだろう…」
それは、僕が何度も目覚めてはやり過ごした日々の中で、最も気になることの一つだった。ループを繰り返すたびに、僕は同じ場所で目を覚まし、同じ人々と出会う。でも、ただ一つ違うのは、僕が記憶を保持していること。
その中で、ただ一人、どうしても忘れてしまうことがある。いや、正確に言えば、忘れさせられているのだ。
「一ノ瀬紗月……」
紗月。転校生として僕の前に現れたあの少女は、いつも僕を「初対面」のように接してくる。でも、彼女との出会いだけは、何度繰り返しても、どんなに記憶を失っても、決して忘れたくない。
紗月の目に浮かぶ不思議な懐かしさ。その一瞬一瞬が、僕の中でいつまでも残っている。それなのに、彼女は、毎回、僕を「知らない人」として接してくるのだ。
僕がそのことを考えている間に、もうすぐ学校が始まる時間だ。時計をちらりと見ると、遅刻はしていない。昨日と同じ時間に、僕は家を出て、学校へと向かう。
その途中、何気なく目にした景色。ふと、目の前に現れたのは――
「おはようございます、瀬川さん」
転校生、一ノ瀬紗月だった。彼女の存在は、あの日と全く変わらない。長い黒髪が風になびき、その瞳はどこか不思議な光を放っている。
「おはよう」
僕は少し驚きながらも、無理に平静を装って返事をする。彼女の記憶には僕が存在しないという事実を、頭の中で反芻しながら。心の中で何度も呟く。
「今日も、君は僕を知らない」
それが、いつものループの始まりだ。
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放課後、僕はついに決意を固める。
「どうして、彼女だけ僕を忘れてしまうんだ?」
それが、僕の中で解けない謎だ。記憶を保持し続ける僕が何度も繰り返す中で、唯一、毎回消えてしまうのは彼女の記憶だけ。紗月が抱える秘密、そしてその背後に隠された「何か」が、僕を突き動かしている。
その夜、僕は紗月のことを考えながら、夜空を見上げていた。
「絶対に、君を忘れさせない」
何度でも、このループを抜け出すために。どんな方法でも、僕は諦めない。
そして、次の朝、再び同じように目を覚ます。
「おはよう、紗月」
いつもと変わらない彼女の笑顔。その笑顔を見ながら、僕は心の中で誓った。