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第4話


数日後、エレボスは特殊衛兵隊の牢獄に収監されているはずの殺人鬼について調べていた。衛兵隊の記録を隅々まで読み込み、逮捕時の詳細な状況報告書、そして何度か行われた取り調べの記録に目を凝らした。しかし、そこに記されていたのは、狂気に満ちた言葉の羅列ばかり。具体的な犯行の手口や動機、ましてや脱獄の可能性を示唆するような記述は一切見当たらなかった。ただ、エレボスとの戦闘中に、ふと漏らした「逃げたい者を殺してきた」という言葉だけが、彼の心に深く突き刺さっていた。


「逃げたい者……一体、何から逃げたかったというのだ?」


その疑問を抱えながら、エレボスは夜の街を再び歩き始めた。街の喧騒から離れ、静まり返った裏路地を一人、彷徨うように歩きながら、新たな事件の兆候を探し、あの狂人の言葉の真意を探ろうとしていた。


そして、数週間が過ぎた。エレボスは、依然として連続殺人事件の真相を追い続けていた。昼間は図書館や記録保管所を巡り、過去の類似事件や精神異常者の記録を洗いざらい調べ、夜になると街の暗闇に目を凝らし、微かな異変も見逃さないように神経を研ぎ澄ませていた。そんな中、街の噂話として、奇妙な情報がエレボスの耳に入るようになった。「最近、自殺者が増えているらしい」と。最初は、よくある陰鬱な噂だと聞き流していたエレボスだったが、その自殺者たちの状況を聞くうちに、彼の眉が険しくなった。皆、まるで何かに取り憑かれたように、恐怖と絶望に歪んだ表情で自ら命を絶っているというのだ。そして、信じられないことに、どの自殺現場にも、不自然なほどに大きく、禍々しい雰囲気を漂わせる黒い羽根が落ちていたという。


「黒い羽根……あの狂人の異様なメイク……」


エレボスの脳裏に、逮捕した殺人鬼の奇妙な姿が鮮明に蘇った。黒く塗りつぶされた顔、その中で異様に白く浮かび上がる目元、そして、まるで羽根飾りのように跳ね上がった隈取。偶然の一致とは考えにくい。


「まさか……あの男が、これらの自殺に関わっているのか?」


エレボスは、最近の自殺事件の現場の一つへと急いだ。月明かりの下、薄暗い路地裏に広がる異様な静けさ。乾いた血痕がアスファルトに染み付き、数枚の黒い羽根が風に舞っている。羽根は、まるで生き物のように脈打ち、周囲の空気を淀ませているようだった。


「やはり……」


エレボスは確信した。あの狂人は、単なる猟奇的な殺人犯ではない。これらの自殺は、彼が何らかの形で関与している可能性が高い。自殺に見せかけているのか、あるいは、死に至らしめる特殊な能力を持っているのか。いずれにしても、放置すれば更なる犠牲者が出るだろう。


その夜。エレボスは、再びあの狂人が収監されているはずの特殊衛兵隊の牢獄へと向かった。夜の帳が下り、衛兵隊の詰所も静まり返っている。エレボスは、物音一つ立てずに監視の目を掻い潜り、地下深くにある牢獄へと足を進めた。冷たい石壁が続く廊下を抜け、鉄格子の重々しい扉が並ぶ一角に辿り着く。目的の牢の前で足を止めたエレボスは、息を潜めて中を覗き込んだ。


承知いたしました。さらに文字数を増やして、狂人の脱獄劇を描写します。


夜の帳が深く垂れ込めた、静寂に包まれた特殊衛兵隊の地下牢獄。冷たい石壁が連なる廊下には、微かな湿気と鉄錆の匂いが漂い、重々しい鉄格子の扉が、囚人たちの絶望を閉じ込めているようだった。エレボスは、息を潜め、慎重な足取りで監視の目を掻い潜り、目的の牢へと近づいた。月明かりが僅かに差し込む窓から、内部の様子を窺う。


「……やはり、いない」


けばけばしいメイクを施した、あの異様な殺人鬼の姿は、そこにはなかった。しかし、鉄製の扉はしっかりと施錠され、頑丈な閂も下ろされている。一見したところ、脱獄など不可能に思われた。だが、エレボスの鍛え抜かれた目は、微細な違和感を捉えていた。鍵穴の周囲の金属に、光の加減でようやく認識できるほどの、微細な擦り傷が無数に刻まれていたのだ。


「信じられない……ピッキングだと?」


エレボスは、冷たい鉄の扉に手を添え、鍵穴の周りを指先で丁寧に撫でた。確かに、熟練した鍵師が用いるような滑らかな痕跡ではない。まるで、素人が焦燥感に駆られ、何度も試行錯誤を繰り返したような、粗く、不規則な傷跡だった。あの逮捕時、狂気に満ちた言動を繰り返していた男が、一体いつ、このような地道で繊細な作業を習得したというのか。エレボスの脳裏には、深い困惑と不信感が渦巻いた。


さらに注意深く観察すると、鉄格子の数本の棒が、ほんの僅かに、しかし確かに、内側に歪んでいることに気づいた。それは、強靭な力で長時間、繰り返し曲げようとした跡だった。そして、その歪んだ鉄格子の足元、冷たい石の床には、微かに光を反射する、極めて細い金属片が落ちていた。エレボスはそれを慎重に拾い上げた。それは、どこかで見たことがある、針金だった。しかし、ただの針金ではない。片方の先端は鋭利に研ぎ澄まされ、もう片方は、何かを掴むためにわずかに曲げられていた。まるで、原始的でありながらも、巧妙な道具のように。


「まさか、この一本の針金で……」


エレボスは、歪んだ鉄格子の隙間に目を凝らした。成人男性が通り抜けるには明らかに狭すぎる。しかし、痩せており、関節が異常なほど柔軟な人間ならば、ありえないほどの執念と時間をかければ、体を何度も捻り、少しずつ隙間を広げていくことで、不可能ではないかもしれない。想像を絶する苦痛と、気が遠くなるような時間を要するだろう。常人ならば、途中で諦めてしまうような、狂気じみた行為だ。


エレボスは、牢獄内をゆっくりと見渡した。簡素な寝台、汚れた毛布、そして隅に置かれた便器。脱獄に使えるような道具は見当たらない。この針金は、一体どこから持ち込んだのか。逮捕時、彼の身につけていたのは、けばけばしいスーツと、血塗られたナイフだけだったはずだ。看守の目を盗み、独房内で何かを削り、研ぎ澄ませたのだろうか。想像するだけでも、背筋が凍るような執念を感じた。


あの狂人は、逮捕されてからというもの、まともな会話すら成立しなかった。取り調べでは、意味不明な言葉を繰り返し、ニヤニヤと笑っているだけだったという。そんな男が、これほどまでに緻密で、根気のいる脱獄計画を実行に移したとは、到底信じがたい。しかし、目の前の状況が、紛れもない事実を突きつけていた。


エレボスの胸には、深い疑念と共に、新たな感情が湧き上がってきた。それは、単なる警戒心や敵意とは異なる、底知れない不気味さだった。まるで、人間の理解を超えた、何か異質な存在が、この街の闇の中で蠢き始めたような、そんな感覚だった。


静かに立ち上がったエレボスは、もう一度、牢獄全体をゆっくりと見渡した。冷たい石壁に染み付いた過去の囚人たちの絶望、微かに聞こえる他の牢にいる者たちの寝息。その全てが、今この瞬間の異常さを際立たせているようだった。常識では考えられない手口で、独力で牢獄を脱出した殺人鬼。その異常な執念と、隠された知性。そして、エレボスの胸にまとわりつく、拭いきれない悪寒。


「あの男……一体、何者なのだ?」


夜は 深く、エレボスの周囲を取り巻く闇も、一層濃密さを増していた。脱獄した狂人の影は、月明かりの届かない路地裏に潜み、新たな жертву を探し求めているのかもしれない。エレボスは、重い足取りで牢獄を後にした。常識を覆す知略と狂気を併せ持つ犯人を追い、この連続する異常な事件の核心に迫るために。彼の瞳には、これまで以上の強い光が宿っていた。この街を覆う深い闇に、決して屈するわけにはいかない。孤独な追跡者の長い夜が、今、始まったばかりだった。


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