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第1話

夜。

歓楽街から一歩裏路地に入ると、治安は一気に悪化する。

表向きは男と部下達の取り締まりの結果だが、全ての範囲をカバーする事は出来ない。

それゆえ、犯罪発生率は歓楽街の20倍程になるだろうか。

少なくとも女子供が迷い込んでしまえば、2度と見かけなくなる程度に治安が悪い。


「……ふっ。私が直接犯罪を取り締まるのは何年ぶりだろうな」


黒い仮面に黒いマント、そして声を変える魔法を掛けられている上に防御魔法まで緻密に重ね掛けされている。

グッと手を握ればスーツは動きの邪魔をせず、より一層強い力となって返ってきた。

身なりも随分軽くなり、昔の身体だったとしても屋根から屋根へ移動するのは叶わなかっただろう。

それが今、現実として感じ取っている男。

路地裏の犯罪を少しでも減らすべく、飛び回る。

暫くしない内に悲鳴が聞こえた。


「何をするの!? 止めてちょうだい!」

「へっ! そんな高そうなもん、お前には似合わねーよ」

「ぎゃははっ。俺達が金に換えてちゃんと使い果たしてやるから安心しな」

「酒に変えてやるよ!」


屋根の上から見下ろしてみると、汚れている少女を3人で囲み、何かを奪おうとしている様子。

十中八九、孤児だろう子供に大人が3人も詰め寄って情けない。

孤児は持っている物を必死に守り、チンピラが奪い取ろうとしても手の中を掻い潜る。

流石は裏路地で生活しているだけの事はあるのだろう。

俊敏さは同じ年代よりも、圧倒的に上だ。

普段なら何もなかったように消える犯罪だが、こうした小さな事件が続けば大きなものになるものと理解している男は、躊躇なく屋根から飛び降りた。

ドンッと重い音と同時に着地すると、少女を後ろに移動させて男達へ向き合う。


「な、何だ?」

「てめぇ、邪魔する気か!?」

「変な服着やがって! 殺すぞ!!」


着地した直後こそ目を白黒させていたチンピラ達も直ぐに立て直して、男へ武器を突き出す。

脅し文句は聞き慣れたもので、他のチンピラどもと大差ない。

内心で溜息を付くと、気を取り直して対峙する。

相手が持っているのはショートソードにナイフだけ。

この際、スーツがどの程度耐えられるか試してみるのも良いと思い、挑発する事にした。


「随分ちんけな武器だな。それで脅せるのも女子供ぐらいか。男に絡む勇気も無いのだろう?」


変声機を通して出される声は、上手い具合に正体を隠してくれる。

少なくとも声で誰かと特定するのは無理だろう。


「何だ!? 変な声出しやがって!」

「俺達を舐めてんじゃねーー!!!」

「相手が男でも容赦しねーよ!!」

「ふっ、ならば掛かって来い」


挑発の最後には手をクイッと動かして、チンピラ達の怒りを更に刺激する。

簡単に思惑通りに動く最初のチンピラは、持っているナイフを自分の腹部へ突き刺そうとしてきた。


「死ね!」


突撃してくる男に防御の姿勢も取らず、ただ堂々と立つだけの男。

腹部に何か当たったと思った瞬間、パキンと情けない音が響く。

視線を下にやると、チンピラの持ったナイフが完全に折れ、持ち手だけになっていた。


「へっ!?」


チンピラの間抜けな声に、仲間のチンピラが吠える。


「何だ!? 何をした!!」

「早く殺せよ!」

「いや、ナ、ナイフが……」

「はっ!?」


最初に掛かってきたチンピラがゆっくりと振り返り、仲間へ持っていた獲物を見せた。

手入れは碌にされていなさそうだった代物は、完全に武器としての意義を失っている。

そんな情けない様子にリーダー格の様な男が、ショートソードで切り掛ってきた。


「死ね!」


元ナイフを持っていたチンピラは早々に仲間の元へ戻り、振りかざされるのは先程よりも殺傷能力の高い物。

十分に手入れはされておらず、刃の部分はボロボロだ。

さっきのナイフと言い、道具には余り気を配らないらしい。

だからこそ、チンピラ止まりであるとも言える。

そんな事を考えていると、振り下ろされたショートソートが身体に当たった。

その瞬間、相手の獲物は粉々に砕け散る。


「なっ!?」


チンピラは驚いている様だが、男は対して驚いてはいない。

当たった感触はあるものの、防御魔法の効果か、デーモンベヒーモス製であるからか、微かに当たった感触が在るだけでダメージは一切無い。

先程のナイフの感触と同じだ。

どうやら不審者の言う事は正しかったようだった。


「さて、気は済んだか? 貴様らを衛兵へ渡してやろう」

「ちっ! 逃げるぞ!」

「おぉ!」

「だよな!」


持っている武器が効かない以上、チンピラ達に出来るのは逃走だけ。

しかし、肉体強化を施されたスーツを着ている男の速さには敵わず、一瞬で制圧された。

気絶しているチンピラ達を縛り上げると、少女の方へ近寄る。


「ひっ!?」

「心配する事は無い。危害を加えるつもりは無いからな」

「あ、あんた誰だ!?」


まぁ、少女の反応も納得できる範囲だ。

突然現れた全身黒のスーツに身を包み、仮面を付けた謎の男を怪しまない奴など居ない。

しかも、刃物を特に何もしないで砕いたのだ。

少女にとって、チンピラ以上の脅威かもしれない。

そんな存在を目の前にして、気丈に振舞う少女も伊達に路地裏の生活をしていないと言う事か。

治安を守る者としてみれば、実に悲しい現実だ。


「私は……」


と、言い淀む。

果たして、何と名乗れば良いのだろうか?

本名は論外として、この姿での名前が必要に思う。

さて、名前は何にしようかと考えていると、1つの伝説を思い出した。


「私はエレボスだ」

「エレ……ボス……?」


エレボスとは暗黒を司る邪神である。

かつて世界を闇で覆わんとし、勇者によって打倒された神。

勇者に負けたエレボスは身に纏う暗黒と共に時空の彼方へ封印され、残った力が夜と影になったという伝説だ。

確認するすべは無いし、既に知っている物も居ないだろう。

大体が本に載っている事だが、当然ながら無料ではない。

書店などで買う必要がある上に、他では中央図書館を利用すれば読める。

しかし、少女のような路地裏での生活をしている者達にとって、重要なのはまず生きる事。

本など読んでいる暇もないだろう。

その点に関して男は、自分の不甲斐無さに深く嘆いた。

外見からでは少し俯いた程度にしか見えないだろうが、路地裏の治安を回復させようと改めて誓う。


「で、あんた、エレボス? は何であたしを助けたんだ」


先程まで脅えていた少女は切り替えが早く、安全だと分かったら声を男へ掛ける。


「なに、ちょっとした掃除の一貫だ。気にしなくていい」

「そうかい。あたしはてっきり利用する為に助けられたと思ってけどね」

「利用も何もない。路地裏の治安の悪さは誰もが知っている。そこの住人を利用しよう等とは思わないだろう」


言い方を変えれば、路地裏の住人は大抵薄汚い姿に素行も悪いし手癖も悪い。

環境がそういう風に育てたとも言える。

ただ、犯罪の加担をさせる場合には、路地裏の住人は良い道具だ。

何せ使い捨て出来る。

自分の貴重な人材を使うまでもないとなれば、最初に目を付ける。

路地裏の住人もそんな事情を知っているから犯罪に加担し、悪事を働く。

雇い主が満足する結果が出せれば、次の仕事も来るかもしれない。

それが例え犯罪でも、簡単に手を染められる。


「助けて貰っていてあれだけど、あんた変わってるな」

「あんた、ではなくエレボスだ」

「はいはい。エレボスさん、助けてくれてありがとうございましたっと」


生意気な口調で軽く礼を言うと、少女は立ち上がって砂埃を掃う。


「念の為聞くが、それは盗んではいないだろうな?」

「これは今日あたしが働いた報酬だよ。変に犯罪まがいな事をして捕まりたくないからね」

「そうか」


どうやら少女はエレボスが思っている以上に、荒んでいないようだ。

犯罪に手を染めていないのなら少女に用は無い。

捕まえた小悪党共を衛兵に渡せば、今日の仕事は終わりだ。

最初としては上々の滑り出しだろう。

スーツの防御性も確認出来、犯罪の芽も摘んだ。

声も変っている事だし、エレボス本人が誰かも知られていない。

男は犯罪を取り締まる業務上、悪人に目を付けられやすいのだ。

小悪党共も少女も仮面の下を見れば、エレボスが誰か分かる程度には有名人だった。

責務とはそういうものである。

特に正義感の強い男は常に身体を鍛え、魔力も研鑽して鋭くして万事に整えていた。

現場にも顔を出し、悪党の捜索や捕縛も積極的に行っている。

その分、部下からの信頼は厚いが、悪党からすれば不倶戴天の敵であるのも事実。

仮面と魔防具が在れば、普段より自由に動けるだろう。


「ではな。その心を大事にするんだぞ」

「犯罪に手を染めるなって事? 将来はどうなってるかまでは知らないわね」

「それもそうか」

「とりあえずは感謝しとくよ」

「あぁ」


そう言って少女は路地裏の闇に消えていった。

明日をも知れない生活を送っているのに、将来の話をしても無意味かと考える男。


「さて、私も行くとしようか」


縛り上げたチンピラ共を引きずりながら、衛兵の待機所へ向かう。

道すがらスーツを着た状態での力を改めて実感する。

完全に気を失った人間を運ぶのは実に困難であるのは知る所だが、エレボスが運ぶのは大人三人。

通常であれば先に衛兵を呼びに行って、戻ってくるのが常だ。

引きずる形で重さが増えても、軽々と運べる。

簡単に運べているのは増した筋肉と、スーツに掛けられた魔法のおかげだろう。

これは不審者に感謝をするべきだろうかと、悩む程に上手く事を運べた。

衛兵の待機所を遠目で確認できる距離に来るとエレボスは止まり、チンピラ共をぶん投げる。


「ぬん!!!」


土埃を巻き上げながら飛んでいくチンピラ共は、狙い通りに待機所の目の前へ大きな音を立てて落ちた。

当然ながら音を聞いた衛兵は即座に出てくる。


「こ、こいつらは!?」

「路地裏のチンピラ共じゃないか!? しかも縛り上げられてる」

「誰がやったんだ!? 完全に気を失ってるぞ!?」


眩影に身を潜めて見張っていると、衛兵達はテキパキとチンピラ共を連れて牢が在る方角へ行く。


「ふむ、ちゃんと規則は守られているようだな。これなら後を任せても大丈夫だろう」


エレボスは夜で濃くなった影に溶け込むようにして、その場を離れた。

衛兵達もちゃんと鍛えているようであったし、腐敗している気配もない。

これはひとえに男が日頃から厳しく、時には融通を利かせながら鍛えた結果である。

厳しいだけでは誰も付いて来ないのだ。

密かな満足感が男の心に染み渡る。



「まさか、自分の部屋へ不審者のように帰ってくる日が来るとはな」


予め鍵を開けておいた窓から自室へ戻ると、やっと一息つけた。

仮面を外そうとすれば自然とスーツとマントが収納され、後に残るは両手で持った仮面のみ。


「……今度こそ捕まりたいようだな?」

「あら、私のおかげで治安は守られたんでしょ?」

「見てたのか」

「当然よ。楽しみの一つだもの、見逃す理由が無いわね」


いつの間にか不審者が部屋の影から姿を現した。

相変わらず胡散臭い仮面を被っているので、正体を明かす気はないようだ。


「それにしても、滑り出しとしては上々じゃないの? スーツの性能も満足行くものでしょ」

「……」


男は確信を突かれても表情を変えない。

確かにスーツの性能は予想以上に良かった。

だからこそ、不審者が自分でやらない理由も分からない。


「何故、私に力を渡した? 犯罪を取り締まるのを見るのが楽しいなら自分で捕まえれば良いだろう?」

「分かってないわね。私は観客として貴方の活躍を見たいのよ」

「観客?」


どうやら不審者は男が動く事を娯楽として捉えているらしい。

不謹慎極まりないが、不審者が動けば衛兵達の仕事も増える。

今現在も仮面を被っている以上、正体を明かすのは嫌なようだ。

そうすると、罪人を持ってくる謎の人物を探す手間が衛兵達に掛かる。

要は仕事が増えるのだ。

ただでさえ、路地裏の住人が大通りや繁華街に出てきて騒動を犯さないように目を光らせている。

正直に言って、現状に戦力でやっと犯罪者を少なく出来ているのだ。

仕事を増やさせるのは男としても本意ではない。

勿論、突発的に発生するスリや強盗、万引きなど毎日のように起きてはいる。

それでも昼間は安全で女子供も1人で出歩ける環境だ。

夜は流石に大人、特に男が付いていれば犯罪に合うリスクは格段に下がる。

他の街と比べれば、圧倒的に平和を維持できていると言えた。


「まるで犯罪が起きて欲しいと言いたそうな言葉だな」

「楽しみは他にもあるから、犯罪自体は無くなって欲しいと思うわよ? ただ起きてしまった犯罪を楽しむのは自由でしょう?」

「ふん、楽しむと言わずに犯罪者を捕まえれば良いものを……」

「言ったでしょ? 私は観客として捕り物を楽しみたいのよ」

「ちっ! 不謹慎な奴め」


あからさまに顔を歪める男。

不快感を全て表した表情を不審者へ向ければ、相手は肩をすくめる程度の反応しかしない。

一先ず手に持った仮面を他の誰にも知られてはならないので、厳重な結解魔法を掛けた引き出しにしまう。

余り厳重に隠していては、緊急で必要な場合が在った時に現場へ向かいないかもしれない。

そんなミスはしたくない。

なので、適度に出し入れが出来る場所を選んだ結果が、近くにあった棚だった。


「……仕事熱心ね~」


不審者には意図が分かったらしく、皮肉気に言う。


「放っておけ。緊急時にこそ使えなければ意味が無い」

「まぁ、そうね」


本当なら緊急事態にならない事を目指すべきだが、予想もつかない場所で事件が起きるのも防ぐ手立てはない。

表通りなら、まだ良いだろう。

男自身が鍛え上げた衛兵が駆けつけるから。

問題は路地裏で燻ぶる犯罪の根だ。

いくら摘んでも沸いて出てくる上に、表にまで出てきそうな時もある。

やはり危険なのだ。

路地裏に溜まる鬱憤や、普通に働いている者と金持ちへ向けられる羨ましさを抑えられない気持ちが。

現状に不満を持つ者が、いつも表の光景を暗闇から見つめている。

例えそれが自業自得の上に、理不尽で身勝手であっても。


「それにしても貴様。いつまで居るつもりだ?」

「もう帰るわよ。初取り締まりも見た事だしね」

「さっさと消えろ。見世物ではない」

「はいはいっと」


不審者はそう言って窓から飛び降りて姿を消した。

念の為に窓の外や下を見ても、誰も居ない。

落ちた形跡は無く、魔法光を放つ街頭に照らされる住宅街しか見えなくなっていた。


「……一体、何者なのだ?」


今更過ぎる疑問。

自分に力を貸すのは娯楽と言うからには、エレボスとして動く時はどこかから見ているのだろう。

実力の程は分からないが、手練れである事と荒事を楽しむ悪趣味が在るようだ。

所詮は他人事と感じているのか。

普段はさぞや平和な生活を送っているのだろう。

男が作り上げた平和な街の中で。


「しかし、デーモンベヒーモスの素材がどこから来たのだろうか?」


まさか、本当にあの不審者が狩ったのか。

それならば恐るべき実力であるのは確かだ。

だからこそ腹立たしく、治安を守る為に使えばどれほどの犯罪が減るか分からない。

ただ、男が1人で動くよりは、効率的に路地裏の治安を改善できる筈だ。

あわよくば今追っている、連続殺人犯にも届きうるかもしれない。

犯人の逮捕は男の悲願であり、何が何でも捕まえたい……例え、人道を外れても。

仮面の力を持ってすればエレボスとして動ける。

素のままでは権力が在る分、制約も大きい。

ましてや下手に仕事熱心だった所為で、幸か不幸か出世も早くなってしまって現場捜査から離れてしまっているのが現状だった。

部下は育てたが、やはり自分で捕らえたい気持ちの方が大きい。

その為に自信の肉体を鍛え、魔法操作も磨いている。

自分を強化出来る事は全てした。

流石に違法な魔法薬や、一時的な効果しかない薬は使用していないが、犯人に至れるのであれば、喜んで闇に落ちよう。

仮面を付けた状態と、付けていない素の自分。

2つの顔を使い分けて、必ず捕まえる。

これは最早、自分に課せられた宿命とも思えた。


「まぁ、仮面の効果は確認できた。後は裏社会で情報収集か……」


多少、手荒になるかもしれないが、仕方がない。

罪人に組する者も同罪、路地裏でなら犯罪を犯しても良いと思っている輩も居る始末。

その分、相手は見極めないといけないが、私なら問題ない。

長年の職務経験で目は鍛えられている上に、普段の勤務でも僅かな犯罪の芽も見逃さないようにしている。

経験則で絶対に犯罪者だとは言えはしないものの、かなりの確実で現行犯逮捕が可能だろう。

慢心せずに慎重かつ大胆に動けば、最終的な連続殺人犯へも届く筈だ。


「必ず……、必ず捕まえるぞ……!」


決意を新たに、男の戦いは続く。


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