シンデレラは今、ガラスの靴を持った王子さまに困惑している
シンデレラのもとにガラスの靴をもった王子さまが現れます。シンデレラが足を入れれば「めでたしめでたし」のハズですが、物語通りにはいかない事情があるようで。アルファポリス様など、他のサイトにも投稿させていただいております。※こちらの短編は長編の「私、イジメられてたんですか?継母の策略を華麗にスルーするシンデレラと、2人の拗らせ姉さんの物語」とはまったく別の物語です。単独のコントとしてお楽しみください。
私は今、ものすごく戸惑っている。
いきなり家におしかけてきた王子さまに、ガラスの靴を履いてみろと迫られているのだ。
つーか、これ私の靴じゃん。
持って歩いてないで返せよと思ったが、王子さまに言えるはずもない。
あの晩、宮殿で開かれた舞踏会に出かけたとき、帰りを急ぐあまり靴を落としてしまったのだ。久々に楽しくてもっと踊っていたかったけど、魔法でドレスや馬車を出してくれた魔法使いに、「12時までに帰らないと魔法が解ける」と言われていたから仕方ない。
だけど、このガラスの靴だけは自前だった。それが災いしたのだ。
魔法で変身させた自分の靴ならたぶん落とさなかったろうし、たとえ落としたとしても元のボロ靴に戻るだけだから「ゴミ」として認識されただろう。お父さまが亡くなってからは、ゴミみたいなボロ靴しか持っていないから。
でもあのとき、私は少し欲を出してしまった。
せっかくお城に行くのだから、実母の家に代々伝わるガラスの靴を履いてみたいと思ってしまった。それは母の形見でもあり、ガラスなのに履いても割れない不思議な靴で、履くと幸運に恵まれるという言い伝えがある。だから「ちょっとアレだな~」と思いつつも、自分の幸運を願って履いてしまったの。
だって私の人生、ついてないことばっかりなんだもの・・・。
実母とは物心ついた頃に死に別れてしまった。父親も思ったより早く亡くなってしまったが、最悪なのはそれがあんな女と再婚した後だったということ。後妻にしても、もう少し常識のある温かい人柄の女性はいなかったのだろうか。しかも、あの性格の悪い連れ子付きとか、マジで最悪。
「殿下、その娘にその靴が合うわけがありません。このような汚いなりでいるのが好きな変わり者で、舞踏会にだって行っていないのですから。試すだけ無駄ですわ!」
クソバ・・・こほん、お義母さまが王子さまにそんなことを言う。こちらを見る義母の目は、汚いものを見るような嫌悪の色で満ちていた。その側に立つふたりの義姉も、黙ってこちらをにらんでいる。
ちなみに、ヒョロヒョロと痩せて背が高いのが長女で、ぼってりと縦にも横にも大きいのが次女である。義母は中肉中背なので、なんで娘たちばっかりこんなに大きいのか謎だ。
汚いなりって、アンタたちがさせてるんでしょうが。誰が好き好んでこんな格好するのよ!
お父さまが亡くなってからというもの、この母娘3人ばかりが贅沢をして、私のドレスやアクセサリーは盗られたり売られたりしてしまった。図々しいことに、義母などは私の実母の遺したものにまで手をつけているのだ。
「サイズがちょうど良いから使ってあげる」なんて言って、本当に悔しくて腹が立つ。
私は負けずに彼女たちをにらみ返した。義姉たちはすでにガラスの靴にトライしていたが、どちらも足が大きいのでもちろん入るわけがない。
この人たちはきっと、万が一にも私にピッタリだったら困ると思って焦っているのだろう。
なんせ王子さまは、この靴がピッタリ合う女性と結婚すると公言しているのだ。私が妃になったら、今までの復讐をされるとでも思っているに違いない。まあ、するけど。
「黙れ!無駄かどうかは私が決める!」
「ひっ!も、申し訳ございません」
王子さまに怒られて、義母が身を縮めて謝った。いい気味だ。
だけど、こうして日常のなかで再会した王子さまは、なんだか横柄で威張りんぼうでちょっと嫌な感じなのよね。
整った顔立ちでカッコイイのには間違いないけど、一緒に踊ったときはもっと優しくて素敵な人だと思ったんだけどなあ。あの晩は王子さまもキラッキラに着飾っていたし、舞踏会の華やかな雰囲気に私も舞い上がっていたのかもしれない。
舞踏会で会ったとき、王子さまは私を一目で気に入ったようだった。だけど私を探してるなら、なんで顔見て分かんないのかな?そりゃあ、あの日は確かにバッチリメイクだったけど、別人って言うほど厚化粧じゃなかったよ?
私はガラスの靴を手にした王子さまに目をやる。彼は靴を高級そうなシルクの布に包み、愛おしそうに胸に抱いていた。
なんと言うか・・・私というより、このガラスの靴が好きなような・・・?
「あの、殿下、発言をお許しいただけますか?」
「なんだ、申してみよ」
「なぜこの靴が合う女性を探しておられるのか、お聞きしても?」
「うむ、よい質問だ!」
怒られるかもしれないと思って恐る恐る聞いたのだが、王子さまは目を輝かせて答えた。しかしその瞬間、おつきの従僕が「あちゃ~」みたいな顔をし、後ろにひかえていた護衛の騎士たちがいっせいに視線を床に落とした。
あれ、私なんか悪いこと聞いちゃった?
「見よ、このガラスの靴を!私はこれほどまでに美しい靴を見たことがない」
周囲の反応は気にせず、天に捧げるように両手で靴を持ち上げる王子さま。その頬はうっすらと赤く染まり、靴を見つめる目は熱く潤んでいる。まるで恋する乙女のように、王子さまは熱心にガラスの靴を見つめていた。
「たしかに、キラキラしてとても綺麗ですよね」
初めて見たときは私も驚いたんだけど、母の形見のガラスの靴は、精巧にカットされたダイヤモンドのようにキラキラ輝いているのだ。舞踏会ではシャンデリアの灯りをうつして輝いていたし、今は窓から入る日の光を受けてキラキラしている。
「これは芸術品と言って良い。私はこの素晴らしい靴にピッタリ合う足を妃とし、生涯愛したいのだ!」
「は、はあ」
今、「足」を妃にするって言った?王子さまってもしかして足フェチなの?そりゃ王子さまだって好みはあるだろうけど、お妃さまを選ぶ基準が「特定の靴に合う足」って、どうなの?
うちの強欲母娘3人組も、ぽかんとした顔で王子さまを見ている。
「だからシンデレラ嬢、早くこの靴に足を入れてみてくれ」
「かしこまりました」
そういうことならサッサと済ませてしまおう。従僕が床に小さな絨毯を敷き、その上に王子さまから受け取ったガラスの靴をうやうやしく置いた。
私はボロ靴を脱ぎ、ガラスの靴にそっと足を入れる。
「おおお~、ピッタリ!・・・・・・じゃないな」
最初はどよめきが起こったが、私が足を靴のつま先までしっかり入れると、それは落胆の声に変った。靴は私の足より大きく、かかとに少し空間ができてしまうのだ。
「あらヤダ、残念ですわ」
私は両手を頬にあて、眉尻を下げて残念がってみせる。しかし、結果ははじめから分かっていたのだ。今の所有者は私だが、ガラスの靴は代々受け継がれてきたものだから、サイズは私に合わせてあるわけじゃない。
実母にはちょうどピッタリだったらしいが、小柄な私には少しだけ大きかったのよ。「これくらいなら大丈夫かな」と思って履いて行っちゃったんだけど、大きいから逃げるときに脱げてしまったの。
ふと視線を感じて顔をあげると、ニヤニヤと笑う義母と目が合った。私にも靴が合わなかったことが、嬉しかったのだろう。私はその意地悪な顔を見てあることを思いつき、王子さまに声をかけた。
「殿下、この靴がピッタリ合う女性を私は知っております」
「なに?本当か!?」
「はい」
「ど、どこだ、どこにいるのだ?」
「あそこです」
私はそちらを指さす。皆の視線が集まった先には義母が立っている。
「えっ!?おまえ、何を言ってるんだい?」
戸惑う周囲と本人をよそに、私は強引に義母を引っ張っていき、ガラスの靴へと足を入れさせた。
するとあら不思議・・・義母の足はガラスの靴にピッタリと納まったのだ。「お、おう?」という、先ほどとは違う種類のどよめきが周囲からあがる。
実は不思議でも何でもない。義母は私の実母と体型が似ているらしく、ドレスのサイズがほぼ一緒だ。特に靴はピッタリだと言って、母の残した高価な靴を勝手に履かれてしまっていたのだ。だから、このガラスの靴も義母ならピッタリ合うと私は知っていた。
「こっ、こっ、こっ、こここここここここ・・・・!?」
動揺したのか、王子さまがニワトリの鳴き声をあげはじめた。いや、これはニワトリのマネをしているんじゃなくて、「これはどういうことだ!?」とか言いたいのだろう、たぶん。
一方、ガラスの靴に片足を突っ込んだままの義母は、最初の驚きが去ったあと、はにかむような笑顔を浮かべた。
「ま、まあ、恥ずかしいですわ。わたくしなんて、殿下のお母さまと言ってもいい歳ですのに!」
頬を赤らめシナをつくり、パチパチとツケマで重そうな目を王子さまに向けてしばたたかせる。それを見た王子さまの顔から、スーッと血の気が引いた。
「こっ!こっ、こここここここ・・・・!!!」
王子さまがまたニワトリになっているが、恐らく「怖い」と言いたいのだろう。実際、そばにいた従僕に助けを求めるように手を伸ばした。まあ気持ちは分かるわ。
「あ~、その~、どうやら少し手違いがあったようだ。今日のところは撤収いたそう」
王子さまに助けを求められた従僕は、そう言ってガラスの靴と絨毯を素早く回収する。王子さまは騎士たちに囲まれ、義母が引きとめる間もなく去っていった。
******
「どうしましょう、わたくしが殿下の?」
王子さまご一行が帰ったあとも、義母は興奮冷めやらぬ顔でそわそわしていた。なかなかに前向きな人である。ふたりの義姉は複雑そうな顔をしているが。
「でも、殿下はどうしていきなり帰ってしまわれたのかしら!」
恋人の不実を嘆くような調子で、義母がのたまう。そんな彼女に、私は優しく助言した。
「殿下はお若いんですもの、想い人と対面して恥ずかしかったのですわ。お義母さまから会いに行かれたら、きっとお喜びになりますよ」
「そうね、ここは年上のわたくしがリードしないと!」
義母は立ち上がると、ふたりの娘とともに最大限に着飾り、お城へと向かった。なかなかに前向き・・・。
あれから2週間、3人とも帰ってこないし何の便りもない。
「あ~、スッキリした~!!」
静かになった屋敷のなかで、私は心からの声をあげた。いらない義母と義姉たちが全部いなくなって、めでたい限りである。やっぱりあの靴は言い伝え通りのラッキーアイテムだったんだわ。
あ、そう言えば最近、王族に不敬を働いた3人の女性が修道院送りになったと聞いたけど・・・私には関係ないよね?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。ちょっと笑えるハッピーエンドの短編をいくつか公開しています。