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駄瓶チ・コード


 美術館に帰ってきた時は、すでに正面入り口の明かりが消えていた。


「理愛……怒ってるだろうな」


 裏口に回って、警備員の方に軽く一礼をしながら、急ぎ足で美術館の展示室へと向かう。


「戸玉さん、一体何してたんですか! LINEもスタンプだけでろくに返信もしないで!」


 理愛はいつも集合している場所のど真ん中で、腰に両手を当てて仁王立ちしていた。


「すまなかった、理愛。夢中になり過ぎてLINEの通知にも気がつかなかったよ」

「戸玉さんのことだから、決して逃げたりはしないと思ってましたが……いくら家族との会話が久しぶりだといっても、午後の仕事をほっぽり出してまで――」

「理愛、違うんだ。午後の美術館警備に付き合えなかったのは、ビデオ通話が理由じゃない」

「えっ」

「自信ありげな顔つきだ。期待していいんですね、戸玉さん」


 展示室の隅から、根原警部が神妙な面もちで現れた。その後ろには、真希さんをはじめ、調査班の方々も全員が集合している。


「根原さん! 聞き込み調査をしていたんじゃ……」

「夕方、このお方から電話で連絡が来たのさ。鍵が見つかったかもしれない、って」

「鍵……? 戸玉さん、もしかして!」


 私は持ち込んできた画集を開きながら、期待の眼差しを向ける理愛と、軽く笑みを浮かべている警部、そして後ろに控えている南雲館長たちに告げた。


「ああ、直感では、これで間違いないと思っている。正確に言うなら、私たちはみんな、鍵をすでに持っていたんだ。ただ、その鍵の使い方がわからなかっただけなのだよ」

「えっ、みんなが持っている……?」

「今、見せてあげよう。南雲館長! この画集で付箋ふせんが貼ってある作品に、順番に案内していただけますか」

「あっ、はい。まかせてください!」




「……一番怪しいのはこれかと思っていたが、どうも違うようだ」


 みんなの注目を一身に集めながら、私は絵の前にスマホを掲げてあちらこちらにかざしていた。目の前にあるのは、大きなキャンバスに広大な雪景色を描いた風景画。広い雪原と、雪をかぶった木々の様子が繊細に描かれている。


「館長、申し訳ないがこれではなかったようだ。次は2の番号がふられた付箋が貼ってある作品に案内してもらえるだろうか」

「は、はい」

「戸玉さん、一体どういうことか説明してもらえませんか。それじゃあまるで、スマホでパシャパシャと写真を撮っている迷惑な来館者と変わりありませんよ」


 理愛が不満そうな声で言う。午後の業務でもそういう来館者に手を焼かされたのがひしひしと伝わってくる。


「けっこう大掛かりなものですか、戸玉さん。我々も協力しましょうか?」

「いや、大丈夫だ。それに、そんなに時間はかからないはず。口で説明するより実際に結果を見てもらった方が早いと思う」


 一方で、警部は協力的なようだ。無理もない。夕方の電話で、候補に挙がっていた怪しい人物を、とうとう調べ尽くしてしまったと言っていた。ここで何も出なければ八方塞がり、それは警部も痛いほどわかっているはずだ。確実に、見つけなければ。


 次に調べる作品は、これも雪景色の作品。前のものと負けず劣らずのサイズがある。絵の中の世界は吹雪が舞っていて、白と黒が縦横無尽に散りばめられている。


「よし、上のほうからいくか」


 脚立を持ってきてもらい、それにまたがりながら、今度もスマホを手に持ってあちこちを調べ回る。脚立の上からでも、後ろにいるみんなの視線は痛いほど感じていた。


「上には無し……下はどうだ」


 絵の上半分にはなんの反応も無かった。脚立から降りて、今度は下半分も同じように繰り返す。焦りを感じてないわけではない。私もみんなと同じ思いだった。この不毛なメッセージ探しを、いい加減、終わらせたかった。


 頼む、見つかってくれ……。


 その時、私のスマホが、ぶるっと震えた。


 私の心臓も、ほとんど同じタイミングで震えていたと思う。


 すぐさま、スマホを手元にたぐり寄せ、画面を確認した。


「あった……」


 一瞬にして、重苦しかった館内の空気がはじけ飛んだ。


「あ、あった? 見つかったんですか、戸玉さん!」


 理愛が歓喜の声をあげる。


「戸玉さん、本当ですか!? いったいどこにメッセージが隠されていたんですか!」


 続いて警部からの大声が、館内に心地よく鳴り響く。


「これを見てくれ」


 そう言って私は、人差し指と中指でほぼ正方形の四角を作り、絵のある部分を囲んだ。


「ここの四角で囲んだ部分が……QRコードになっているんだ」


 集まった人達の間にどよめきが起こった。


「QRコード!? で、でも確かに、囲まれた部分だけ見てみると、あの特徴的な四角が三つある!」

「……ほんとだ!」


 理愛と隣にいる真希さんが笑顔を見せている傍らで、警部はどこか困惑した様子だ。


「と、戸玉さん。僕はそういうものに疎いからわからないんですが……QRコードでメッセージを残すことなんてできるんですか?」

「ああ、QRコードに組み込める情報はインターネットのリンクだけじゃない、テキストそのものを仕込むことだってできるんだ」

「そ、それで……メッセージの内容はどうなんですか!?」

「ちょっと待ってくれ、今テキストを開く」


 水平に傾けたスマホに、群がるようにしてみんなが集まってきた。読み取られたテキストには、このような内容が記されていた。


『よくこのメッセージを見つけてくれた。遺言通り、我が遺産の半分をそなたに進呈しよう』


「やっ、たああああーっ! 見つかりましたー!」


 フライング気味に、理愛が両手をあげて勝利宣言をした。


「で、でも……ちょっと待ってください。遺産の場所については書かれていないんですか? このテキストの後には、大量の数字が並んでいますが……」


 その理愛の横で、真希さんが冷静に疑問を口にする。ああ、見慣れたやりとりが帰ってきたなと私は実感する。


「真希さん、心配はいらない。この数字は緯度と経度を表している。こんなものはスマートフォンのマップに入力してしまえば一発だ」


 ふたつに区切られた数字の羅列を、それぞれ地図アプリにコピーペーストしてみると、案の定、ここから100キロほど離れた山中のある地点が表示された。


「こ、ここが……遺産が隠されている場所……なんですね!」

「ああ、そうだとも警部。今度こそ無駄骨を折らずにすむ」

「よおおおーし! 調査班、すぐに出発の準備をしろ! 遺産が眠る場所へ直行だ!」


 ようやく警部も、その歓喜の声が最大値マックスにまで届いたようだ。


 終わった。ようやくこの騒動に決着がついたのだ。


 思わず安堵の笑みを浮かべながら、私は解読したメッセージが表示されているスマホの画面をしげしげと見つめ直した。


 その時気づいた。長々とした数字の羅列のさらに下に、まだ文字があった。親指で画面を上になぞってみると、このようなメッセージが私の目に飛び込んできた。


『このメッセージを最初に解読した者が、青い瞳を持っていることを切に願う』


 青い瞳。


 瞬間、私の脳にある一人の人物が、浮かび上がってきた。


 絵の前でずっとスマホを掲げていた、青い瞳を持つ男性――。


 気がつくと、私は管理室にむかって走り始めていた。


「戸玉さん? どうしたんですか、どこへ行くんですか!」


 後ろから理愛の声が追いかけてくる。


「管理室へ行く! 調べたいことがあるんだ! 出発の準備は進めておいてくれ!」




 管理室には、私と、理愛、そして根原警部と南雲館長のみが入室していた。


「どうしたんですか戸玉さん。もうメッセージは解読できたでしょう。まだ何か心配事が?」

「ああ、メッセージには関係ないことなんだが」

「まあゆっくりしてください。調査隊のほとんどはすでに出発しましたよ。あとはここにいる4名と、我々を乗せるために駐車場で待機している真希ちゃんだけです」


 警部はいつものような軽い調子に戻っていたが、私の心はざわつきが収まらない。


「あっ、戸玉さん、いましたよ。スマホを掲げている青い瞳の外国人の方です」

「なに、どこだ。時刻は?」

「じ、時刻は、今日の午後三時前後です」


 理愛の言葉に飛びつくようにして、私はその人物が写し出されている監視カメラの映像を見た。


 やはりあの男性だ。相変わらずスマホを目の前に掲げたままで、絵の近くをうろうろしている。


 彼がいたのは、QRコードが隠されていた、あの絵の前だった。


 しばらくして、急にスマホを手元に手繰り寄せたかと思うと、人目を気にするような仕草を見せ、そのままスマホを抱えて出口のほうに急ぎ足で去ってしまった。


 私の顔から、一気に血の気が引いていくのがわかった。


「戸玉さん、どうしたんですか」


 頭を抱える私に、理愛が心配そうな声をかける。


「すまない、理愛……根原警部……南雲館長。鍵を見つけて有頂天になってしまった私のミスだ。不審者のチェックがおろそかになってしまっていた……」

「ミ、ミス? 戸玉さんが何をミスしたって言うんです。その外国人の方がどうかしたんですか」


 警部が私の肩にそっと手を置く。私はさらに申し訳ない気持ちになりながらも、警部に真実を告げた。


「警部……この男性こそが、我々が今まで必死になって探していた『鍵を持っている者』なんだ」

「な、なんですって……!」

「そして、彼は我々よりも一足早く……メッセージを解読してしまっている!」


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