見つからない人、見つからないメッセージ
駄瓶先生の遺言が公開されてから、3日が経過した。
今現在、我々は絵の中に隠されているメッセージも、メッセージを解読する鍵を持っているはずの人物も、どちらも見つけられずにいる。
「すいませーん、押さないでください! 無理に進もうとしないでください! 危険でーす!」
「写真の撮影は許可されていません! 撮影は止めてください!」
「絵に触らないで……あっ、駄目です! 額縁の裏側には何もありませんから!」
「機器類の持ち込みも禁止です! パソコンもダメです! 使用するなら館外でお願いします!」
「こちらの! ゆみかちゃんの! ご家族の方はいらっしゃいますかー!」
来館者の勢いは収まるどころかますます加速していって、館内の様子はまさしく混沌の渦中である。とうとう私と理愛も、一緒になって来館者の整理や絵の保護に回らなければいけない事態となってしまった。
今日もやっとのことで閉館の時間をむかえて、少し休憩をはさんだ後で私は根原警部に連絡を取った。
「根原……根原警部、そっちの状況はどうだ。それらしい人物はみつかったか」
「戸玉さん、お疲れさまです。いやー、ダメっすわ。今日までで訪問した駄瓶先生の愛人さんは35人になるんですが、肉体関係を持ってたりとか、ましてや隠し子がいるなんて方はいなかったですね。しかもそのほとんどが、駄瓶先生の遺言で少なくない金銭を受け取っているみたいで。念のため、戸籍も調べてみますか」
「いや、そこまでしなくていい。それにしても、愛人の方々にまで遺産の分配をしていたとは……変なところで律儀だな、先生は。まだ可能性のありそうな人はいるか」
「部下が入手した情報によると、あと20人ほどいるようです」
「そうか、難儀かもしれんが、引き続き調査は継続してくれるか」
「お安い御用です。戸玉さんも、あまり睡眠時間削ったらだめですよ」
「誰から聞いたんだ、それ」
「あなたの助手から、うちの真希を通してね」
「ああ、もう。わかったよ。それじゃ、お疲れさま」
スマホを管理室のテーブルに置くと、私は顔を上に向けて、大きく伸びをした。その拍子に、天井の模様がぐらりと歪んでしまう。確かにこの3日間はほとんどが仮眠程度で、熟睡した記憶がなかった。
「戸玉さん、どうでしたか、警部さんたちの様子は」
コーヒーの入った紙コップをふたつ持って、理愛が管理室に入ってきた。
「ありがとう、理愛。どうやら向こうも苦労しているようだ。愛人とみられる女性が……50人を超えてるんだと」
「ひえー、世界レベルの画家となると格が違いますね。まるで何かのカモフラージュみたいに、愛人を作っているようなもんですよ」
「確かにな」
理愛が半分冗談のつもりで放ったであろう言葉を、私は笑い飛ばすことができなかった。カモフラージュ。そんな感じがしてしまうぐらいの愛人の数。
「失礼します。戸玉さん、不審人物や……複数回来館している人などを集計してみましたが、そろそろ200人に到達しそうな勢いです……」
「ああ、真希さん、ご苦労様です。集計したリストはテーブルの上に置いてください」
館内も、遺言が拡散された影響で人の森が出来上がりつつあった。海外からの訪問者も、日を追うごとに増えてきている。
「戸玉さん、もう今日は早めに帰って休んだ方がいいんじゃないんですか? 館内で絵を調べて、事務所で画集の絵も調べるなんてことをしたら体力が持ちませんよ」
さらに絵の中にも……鮮やかな色彩の中にカモフラージュされたメッセージが、今もまだ潜んでいるのだ。そして、未だに手がかりすら見つかっていない。
「理愛……わかってる。今日のところは一時間ほどして帰るつもりだ、明日姪っ子に疲れ切った顔を見せるわけにいかないしな」
「姪って、叶美ちゃんですか? 明日尋ねてくるんですか!」
「いや、弟が久しぶりに日本に帰ってくるんだ。故郷である東北の山奥にだけどな。その日のうちにまた出発しないといけないみたいで、明日の昼、ビデオ通話でちょこっと弟の家族に顔を出すだけだよ」
「なんだー、久しぶりに叶美ちゃんに会えると思ったのに」
「だから私は明日の昼、いったん事務所に戻ることにするよ。理愛、明日のランチは、真希さんと一緒に仲良く食べに行っていいぞ」
真希さんは管理室の隅っこにサッと目線を移して、恥ずかしそうにしていた。
「もう戸玉さん。余計なことは言わないでください!」
「ああ、すまん」
理愛の声をかわすように、首を左右にかたむけ、固まった筋肉をほぐした。とにかく、このままでは八方塞がりになるかもしれない。私の推理に重大な見落としがあった可能性もある。とりあえず一晩ぐっすり眠れば、何かいい考えでも浮かんでくるかな……。