みっつの推理
「これまでの情報のなかで私が推理できることは……みっつ、あります」
「ほう、みっつも。ぜひお聞かせ願いたいものですねえ!」
またしても、警部の大声が館内の隅々にまで響いていく。展示されている駄瓶先生の風景画の中にまで届いてしまいそうな声だ。
「戸玉さん、バシッと言っちゃってください」
一方で理愛は私の後ろに隠れ、小さな声を発している。真希さんはそのさらに後ろへ回って、申し訳なさそうな表情をしていた。
私は襟元を正して、静かに語り始めた。
「では……まずひとつめ。メッセージが隠されている絵は、駄瓶先生が晩年のころの作品に絞られるということです。おそらくは5年前ぐらいの作品がもっとも可能性として高いのではないでしょうか。先ほど警部から説明があった通り、駄瓶先生が自らの死期を意識するようになったのは10年ほど前。さすがにそれより以前の段階で遺言とメッセージを用意していた可能性は低い。それに風景画という芸術作品の中へ、それと気付かれないようにメッセージを残さなくてはならないから、準備や仕込みにも相当な時間がかかっているはず。ですから5年前までの作品の中に仕込まれているのが妥当だと推理しました」
警部はひとつめの推理を聞いて、にやりと口角をあげた。後ろの方ではひそひそ声で感心するふたりの声が聞こえる。理愛よ、これぐらいで感心していてはまだまだだぞ。
「次にふたつめですが、メッセージはひとつの絵の中に、ひとつだけ仕込まれているはずだということです。例えば、複数の絵の中にそれぞれ別のメッセージが隠されていたり、それらを組み合わせてメッセージの謎を解くというようなことはないと思います。駄瓶先生は世界的に有名で、あれほど緻密で繊細な作風でありながら、実に多くの作品を残していますからね。もし複数の絵にメッセージを残していたら、解読の難易度が跳ね上がって、永久にメッセージが見つからない危険性があります。第一、先生自身にそれほどのものを仕込む時間的余裕もなかったはずです」
館内に乾いた拍手の音が響き渡った。拍手をしていたのは、さっきまで腕を組みながら推理を聞いていた根原警部その人であった。
「いや、素晴らしい。個人の力でここまで推理できるなんて、さすがは戸玉大先生。しかし残念ながら……それらは、我々調査班がすでに検討済みの内容なのですよ!」
胸を張って言う警部とは対照的に、後方に控えている調査班の方々はどこか照れくさそうだ。おそらく私の後ろにいる真希さんも同じ気持ちに違いない。
「私も、そうだと思ってましたよ。警察が調査のために介入している美術館が、この市立美術館だけだと聞いた時からね」
「むっふっふ、相変わらず察しがいい。我々も日本中の美術館を調べましたが、駄瓶先生が晩年に描かれた作品を網羅している美術館はここしかなかった。だから我々は調査対象をこの美術館にしぼったのです!」
「なるほど、では絵についての推理はもう十分ということですな」
「え? ちょっと……戸玉さん、先ほどは、推理できることは、みっつある、とおっしゃったはずですが」
わざとらしく言葉を区切りやがる。まあいい、最後の推理を聞かせれば警部の目の色も変わるだろう。警察の動向を見る限り、この推理は彼らにとって盲点となるはずだ。
「そうです、まだひとつ、推理が残っています」
「おお、待ってましたよ。我々調査班の推理を上回るものだと嬉しいのですが」
「最後の推理は、絵とメッセージには直接関係がないことです」
「へっ?」
「なぜ駄瓶先生がこのような遺言を遺したのか……その理由について、私の考えを述べましょう」
目の前にいる警部をはじめ、私の周りにいる人たちを包み込む空気が、波紋状に揺れ動いていくのを感じる。
「まず大前提として……駄瓶先生は最終的に、メッセージが解読されるのを望んでいるということです。遺言の一部を自らメディアで拡散させるほどですからね。世間の人々と知恵比べがしたいだけなら、生きているうちに行った方が楽しいはず。これは単なる金持ちの余興ではなく、駄瓶先生に何かしらの意図があったと思われます」
「つまり……メッセージを見つけてほしい人がいると?」
警部が食いついてきた。
「そのとおり。騒動の焦点はそこにあると思います。駄瓶先生はメッセージ解読の報酬として、遺産の半分を与えるとおっしゃってました。無論、これはとんでもない金額です。名にしおう風景画の巨匠が残した遺産ですからね、相続税をとられてもビクともしないでしょう。税金逃れが理由ではないとすると、残るは理由は一つ、駄瓶先生には遺産を渡したくても、大っぴらに渡すことができない、ある人物がいたということです」
「遺産の半分を、渡したくても渡せない人物って……戸玉さん、まさか」
いつの間にか私の横に出ていた理愛が、目を丸くして言う。
「そう、駄瓶先生には内縁の女性か、私生児、いわゆる隠し子が存在するのだと、私は推測します」