穏やかな春風と混沌の美術館
今日の天気は、穏やかな春の陽気という言葉がぴったりだった。日の光も、風当たりも心地よい。少し離れた場所にある公園から、桜の花びらが風に乗って運ばれてきて、無粋な私でも思わずほほえんでしまう。
「戸玉さん! まっ……警察の方が、美術館の入場整理を手伝ってほしいと言ってます!」
花びらが駐車場のアスファルトへ着地したのとほぼ同時に、理愛の甲高い声が私の脳に突き刺さった。
「入場整理、だって? 理愛、我々が依頼されたのは絵に隠されたメッセージの調査だけだぞ、なんで警察の方々がする仕事まで手伝わないといけないんだ」
「だって真希ちゃん、朝の5時から頑張ってるんですよ! もう開館まで30分も無いんですから、少しぐらい手伝っても――」
やはり真希ちゃん絡みか。
「わかったわかった、列の整理や割り込み防止ぐらいはするよ」
私の助手である理愛は、婦警である真希さんと小学校から高校までの同級生で、自宅も近い大親友だと聞いている。仕事上、二人が顔を合わせることは少なくないのだが、殺人事件の現場でもペチャクチャお喋りをしたり、今回のように依頼外の用事を頼んできたりするのはどうかと思う。
「うーわ、ぐちゃぐちゃすぎて列なんか無いようなものですね」
正面入口はまるで、ディズニーランドの開園直前のようだ。人混みが押し寄せている。客層も実に様々。年配の方がほとんどだが、おおよそ芸術とは縁のなさそうなチャラい風体の若者もいた。
なぜ、片田舎の美術館にこれほどの人が殺到しているのか? それは、先週からこの美術館で追悼展が開かれている世界的な風景画の巨匠、近川駄瓶先生の遺言が、昨日になって一部公開されたことが原因なのだ。
『――以下の内容は、メディアを通じて全世界に発信してもらいたい。わしは、これまでに手がけた作品の中に、ある重要なメッセージを隠しておいた。このメッセージを見つけた者には、わしが持て余していた財産の半分をくれてやろう――』
私は、警察関係者からの要請を受け、探偵としてこの美術館にやってきた。隠されたメッセージを見つけ、一刻も早く混乱を収束させるために。