神代記篇
〈『続スーパーヒロインズ!』と『拾遺スーパーヒロインズ!』の裏話〉
当シリーズ第一章から第六章まで、第一話から第八話までを「神代記篇」と私は呼んでおります。由来は、話の鍵となる、弓と文学の神・アヅサユミの子ども達「神代の戦士」からです。
ふみか達が晴れて「スーパーヒロイン」になった後に、もっと日本文学国語学科の先生方とつながるところが見たくて、筆を執りました。
「神代の戦士」とキーボード入力をしていると、なぜか手が滑って「神代の先生」に変換されてしまいます。間違っているわけではないのですが、造語ですので責任を持ってですね……。
神様だって、子育てに悩んでいるのです。アヅサユミは「障り」を祓うことに関しては一流でしたが、子ども達との向き合い方は三流以下でした(現代なら、ネグレクト案件でしょうね)。ですが、アヅサユミを一方的に責めるのはいかがなものかと思います。人間だって、仕事と育児をどちらも百点満点にできる親はなかなかいないのですから。
「神代の戦士」の寄りましであります先生方と、ヒロインズのつながりについて、簡単にまとめますと、以下の通りです。
ビブーリオの寄りまし(どの先生に憑いたかは、本篇にて)とふみか→本が大好き、二人ともある人物と関わりがある(ビブーリオの寄りましにとっては息子、ふみかにとっては仲の良い異性)
キミックの寄りましと唯音→家庭に何らかの事情を抱えている(キミックの寄りましは妻がひどい味音痴、子ども達が自由奔放、唯音は両親と兄からの愛が薄い)
シュトルムの寄りましと華火→頭で考えるよりも体を動かして解決する派(シュトルムの寄りましは意外と体育会系、華火は若さゆえに突っ走る)
ナレッジの寄りましと夕陽→深く慕っている人がいる(ナレッジの寄りましは初恋の女性、夕陽はナレッジの寄りまし)
ローザヸタの寄りましと明子→寂しがり屋と、自己犠牲的な性格(ローザヸタの寄りましは、常に異性の温もりを求めている、自分の命に代えても守りたい・癒したい人がいる、明子はひとりぼっちがつらく、空満神道への信仰が篤く、常に誰かを助けるために全力を尽くしている)
前作・梓弓抄でも何度かこれらの組み合わせが出ています。どの話のどの場面か、確かめるために読み直すのも、またひとつの楽しみです。




