第9話 魔力を無属性に近づける
「ねえ、まだ帰んないの?」
私はグスタフに問いかける。あの戦いの後、当然のごとくグスタフは拘束され、3カ月ほど牢屋に入れられたらしい。この辺りはおじい様の公平さが出た感じだよね。
だけど驚いたことに、牢屋から出たグスタフはこの道場を使うことが許されたのだ。なんかおじい様の護衛として正式に雇うという話があったらしい。これって大出世だ。
「いや、あんなのを見せられたら、ここで修業するしかないだろう。貴族だろうと何だろうと負けない自信があったのに、手も足も出なかったんだぜ? 正直魔導士とは何度か立ち会ったことがあるが、倒せると思ってた。けど、あの戦いは明らかに俺の負けだ。これがビューロウの魔法剣士のすさまじさか」
がっくりと肩を落とすグスタフだが、私の修行の邪魔なんだよね。それにビューロウが有名なのはあくまで剣士であって、魔法剣士なのはおじい様だけだ。
「まあグスタフが今のままならあと10年修行してもおじい様には及ばないと思うよ。魔力を正面からつぶそうという戦い方なら、おじい様にかなうはずがないからね」
グスタフは悔しそうに私を睨むが、そんな顔されてもね。
「ちきしょう。あの魔力をどう攻略したらいいか分かんねえよ! メレンドルフの当主やクルーゲの騎士をみたときも絶望感があったけど、ここまでじゃあなかったぜ」
グスタフが頭を掻く。私たちの修行をなんとなく見ながら頭を悩ませているが、正直じゃまだ。道場は広いが、大の大人がうじうじしているとやる気が削がれる。
しょうがない。グスタフがやる気を取り戻せるか分からないけど、ちょっと話をしてみますか。
「あの試合で、グスタフはなんでおじい様に負けたと思う?」
グスタフはぼうっとした顔で私を見る。そして馬鹿にしたような顔で言い返してきた。
「そりゃあ、魔法の威力と構築の速さだろう。短杖なしであれだけの威力を一瞬で構築したんだぜ。木刀から手を放して前にかざしたら、一瞬で魔法が発動したよな? 貴族が魔法の使い方に長けてるからって、とんでもねぇ。あんな使い手、2人としていないよな」
でも私の意見は違う。確かに、おじい様の魔力構築の速さと正確さは尋常ではない。それに使っているのは単体の魔字ではなく魔法陣だった。貴族にはスタンプみたいに魔法陣を瞬時に生み出す術があるそうだけど、それにしたって速すぎた。
でもあの試合のおじい様は、それだけじゃあなかったのだ。
「おじい様が魔法を使う前も、グスタフは押されてたじゃん。おじい様の重い剣で、確実に魔力が削られてたの、私見てたよ」
渋い顔で、顎に手を当てるグスタフ。
「そりゃあ・・・、確かにそうだな。ああ。不思議だったんだ。当主は火で、俺は水だった。相性的にこっちが有利なはずなのに、なぜかこっちが一方的に打ち負けてた。魔力ではじかれて、得意の拳を出す暇もなかったぜ。魔力の質が違うのか? いや質が違うにしろ、ここまで差があるわけじゃあないはずだ。なんでだ? あれがビューロウの秘術ってやつなのか」
しょうがない。このダクマー先生が教えてあげますか。おじい様から「グスタフのことで気づいたことがあったら助言してやれ」って言ってたからいいよね。9歳の子供に何言ってるんだと思ったけど。
「多分ね、おじい様は魔力の2段階強化ってやつをやってると思うよ。外側を強力な火属性の魔法で体を覆い、そして水魔法を無属性に近づけて体の中を強化する。だから、一段階だけのグスタフだと簡単に負けちゃうんだ」
グスタフは驚きを隠せない。
「体の中の強化って、めちゃくちゃやべえ技じゃないか! 普通の魔導士だと、魔力を通そうとするだけで激痛が走るはずだ! 体に親和性が高い水の魔力でも無理だ。でもあの当主様の魔力ならなんとかなる、のか?」
グスタフは首をかしげる。でもおじい様が体の中で使っているのはただの水属性じゃない。
「だから言ったじゃん! 体の中の魔力を無属性に近づけてるって。外に出ている火属性の魔法より量は少なくて質も悪いけど、でもその強化が実戦では大きな差になる。まあ、あのすんごい魔力コントロールがあればこそなんだけどね」
魔力の色は濃くすることができない。けど、薄くして透明に近づけることならできる。おそらくおじい様は、無属性に近づけた魔力を内部に通しているのだ。
私の指摘に、グスタフは絶望にも似た表情を浮かべた。
「属性の色を薄めるって、そりゃ聞いたことはあるけど、魔力の威力がかなり下がっちまう方法じゃねえか! 色を薄くしても魔物や闇魔には察知されるって聞いたし! 確か、魔力から色を抜かないと使えないんだろ? そんなの鍛え方も分かんないぜ。くそっ、詰んだか?」
もう、グスタフはホントしょうがないなぁ。私は道場の棚に移動すると、昔使っていた魔力板を取り出す。
「はい、これ」
グスタフは魔力板を怪訝な顔で見つめると、私の顔を見つめてきた。ラーレもよく使っている魔力板という魔術具は、透明な板が2枚重ねられたものだ。底に道が描かれていて、2つの板の中にボールがある。使用者は中のボールを動かすことで魔力の操作と制御を鍛えるのだ。
「おじい様から言われてるから、貸してあげる。これは無属性魔法の制御を学ぶための魔力板だよ。中の玉は魔力が透明に近くないと動かないようになってるんだって。これなら、魔力から色を抜くのと魔力制御の両方が訓練できるよ。私はこの難易度はとっくにクリアしたから、もう使わないんだ」
普通の魔力板はどの属性でも中の玉が動くようになっているんだけど、おじい様自作のこの魔力板は、中の玉が無属性魔法に近くないと動かないようになっているらしい。まあ、私は色を抜かなくても透明な無属性魔法しか使えないんだけどね。
魔力の色は、素質が高い人ほど濃くなる。だからこそ、無属性の魔法は、資質のない人の方が使いやすいらしい。おじい様のような熟練者になると、素質が高くてもある程度なら色を抜くことができるようだけど。
「魔力板を使った訓練なんて、子供のころ以来だぜ。短杖があるから貴族だって制御を学ぶのははじめだけだって聞いてるぞ。しかも属性の資質が低くないと使えない板なんて、聞いたこともねえよ」
グスタフは怪訝な表情で魔力板を受け取ると、ぶつぶつ文句を言いながら、大人しく板を操作しようとした。
「なんだこれ、中の玉が全然動かねえよ。壊れてるんじゃないか?」
文句を言うグスタフから板を取り上げる。グスタフは目を見開いて私を見た。
「失礼な! 壊れてないよ! ちゃんと属性から色を抜かないと動かないんだよ。ちょっと見てなさい」
そう言うと、板に魔力を流し、ボールを操作した。ボールは描かれた道筋通りに動き、簡単にゴールした。
「おお! はええな! さすがだぜ」
グスタフがほめてくれた。どやぁ!
「グスタフって、水魔法の資質があるみたいだけど、他の属性であんまり素質が高くないのもあるでしょ? もしかして土とかあんまり高くないんじゃない? レベル3とかで資質が高い属性には難しいらしいけど、そうじゃないなら扱えるはずだよ。最初は難しいと思うけど、じきに慣れるかもよ」
ちなみにラーレには無属性魔法が使えない。ラーレは魔力の色が濃すぎて、透明な魔力を展開することができないのだ。まあ、同じく高い資質を持つアメリーは無属性魔法が使えるみたいだから、他の魔力の資質で変わってくるらしい。
「体の内側の強化ってのはどれくらいか知らないけど、体の外側の強化とは比べ物にならないらしいんだ。だから2属性を同時に使えなくても、接近戦はかなり強くなるんじゃないかな。魔力操作を極めれば、敵に察知される可能性も低くできると思うしね」
私がそう説明すると、グスタフは嬉しそうに笑った。
「お嬢ちゃんの説明で俺がすべきことが分かったぜ! 確かに俺は土魔法の資質が強くないから、それを利用すれば魔力を無属性に近づけると思う。ありがとな! この魔力板、使ってもいいんだろう?」
無邪気な笑顔で言うグスタフに、私は仕方ないといった表情だ。
「しょうがないから貸してあげる。結構地道な作業だけど、頑張ってね。それより難易度が高いのもあるから、クリアしたら言ってね」
グスタフは「おう!」と答えると、魔力板の練習に集中する。グスタフには難しいらしく、「くそっ」とか「やべえ」とかいう声が聴こえてきた。まあでも訓練に集中しているようだ。ふう、やっと静かになった。
ラーレのところに戻ると、彼女はストレッチを終えて素振りを開始するところだった。彼女も私の真似をするようになったんだよね。まあおじい様がなぜか許可をくれたらしいからいいんだけど。
私とラーレは横並びになって素振りを開始した。
「はあっ、はあっ、はあっ」
道場に、私たちの掛け声とグスタフの苦戦する声だけが響いた。