第80話 失格の烙印と側近への任命と
無属性魔法の授業はあたりだった。四大属性や上下2属性の素質がない私でも魔法が使えることが分かって、ちょっと嬉しかったんだよね。
調子に乗った私は、召喚魔法の授業も受けてみることにした。四大属性とは違う系統だから、私でも魔法を使えるかもしれない。
おじい様に相談したときはなんか渋い顔をしていたけどね。でもペットを飼えるなら、試してみる価値はあるはずだ!
「地脈に魔法陣を描くことで魔物を呼び出す。これが召喚魔法だ。この学園に来るときに竜車を使った者もおるだろう。あれを引く地竜は召喚魔法で呼び出されたものだ。あれを呼び出せるようになれば、将来は安定と言っても過言ではないぞ」
召喚魔法を担当しているのは、白髪で長いひげを蓄えたテオフィル先生だ。北のほうの名家出身らしいけど、ちょっと近づきがたい雰囲気があるんだよね。
「召喚できる魔物は、地脈と魔法使いによって変わる。例えば学園のこの地脈は、騎獣を呼び出すのに適しておる。相性のいい魔法使いなら、地竜を呼び出せる。そうなれば、移動手段としてかなり重宝されるからな」
テオフィル先生の説明に、私の傍にいた生徒が大きく頷いている。この授業を取っているのは、北の生徒が多い。メレンドルフ家の槍には、騎乗した状態から戦う槍術を学んでいるからね。北の貴族って、騎獣に乗りながら戦う人が多い気がする。
「召喚魔法には大別して2種類ある。一時的に魔物を呼び出す簡易召喚と、その魔物を半永久的に傍に置く永続召喚だ。君たちの学園の生徒で小型の魔物を連れている者を見たことがあるだろう。あれは、永続魔法で召喚した魔物を護衛として連れておるのだよ」
おおう。確かに学園に通う先生や生徒の中には犬や猫みたいな魔物を連れている人もいるけど、あれはそう言うことなのか。私が感心していると、テオフィル先生の説明は続いた。
「永続召喚は強力な分、厄介だ。召喚した魔物から常に魔力が奪われるし、元に帰すことができない。最悪、持ち主が死んだ場合でも魔物はそのままだ。召喚した魔物が災厄になったという話も、君たちなら聞いたことがあるだろう」
そ、そうなのか。永続召喚は、召喚したら最後まで面倒を見るのがルールなんだね。前世で動物を飼いたかったけど、お母さんに「責任もって飼えないでしょ!」って反対されたのを思い出す。
「でも、召喚者が予期せず死んでしまうこともあるんじゃないですか? その時はどうするんです?」
たしか、同じクラスのホルガーだったかな? 彼が、手を挙げて質問していた。西出身の子爵家の出身で、なんかジークたちと仲がいい印象があって苦手なんだよね。
テオフィル先生がひげを撫でつける。
「その場合は、町や領地の財産として引き取られることが多いな。地脈の魔力を利用すれば、そうした魔物も生きていくことができる。他の者が魔物を引き継ぐこともある。まあ、召喚者した当人よりも魔力効率が悪いから、引き継いだものは苦労すると聞いたことがあるがね」
そうなのか。結構大変なんだなぁ。テオフィル先生は言葉を濁すけど、引き継ぐ人がいなかったらその召喚魔物は・・・。野良になったり、最悪殺しちゃうこともあるのかもしれない。
私が密かに震えていると、ホルガーがさらに質問を続けていた。
「召喚した魔物をどうやって従えるんですか? やっぱりどうにかして従える感じでしょうか。俺は、闇魔法なんか使えないんですけど」
確かに闇魔法には相手を支配する魔法も存在するって聞いたことがあるけど、かなり高度だし、そんなの使える人って限られていると思うけどなぁ。
予想通り、テオフィル先生は首を振る。
「召喚した魔物を無理やり支配するのは王国では禁止されておるよ。昔、かの帝国がそれをやって甚大な被害を出したとされておるからな。魔物を魔法で改造したりすることも王国では禁止されておる。忌々しいことにな」
あのおじいさん、なんか不穏なことを言った気がする。
でも確かにそうなんだよね。帝国は魔物を労働力として酷使していたらしいけど、闇魔にその支配を解除されて大きな被害が出たらしいんだよね。その混乱に乗じられたことが、帝国が滅んだ一因とされているんだ。
「召喚した魔物とは契約魔法を使って主従関係を結ぶのだ。契約魔法は、魔法紙に魔法陣を描くことで使うことができるが、相手が同意しないと使えぬからの。召喚主と魔物とは念で会話できるから、それで相手を説得して契約するのだよ」
テオフィル先生は再びひげを撫でつけた。
「ここで同意できなければ、魔物は地脈を通して帰ってしまう。召喚した魔物には、召喚主だどれだけの魔物を食わせておるか分かるらしい。消費魔力が多すぎて、魔物の同意ができないこともあるようだ。お前たちが使うときは、自分の魔力と相談して召喚の有無を決めるべきだな」
そういうと、テオフィル先生は宙に指で魔法陣を描く。先生の魔力はそこそこ濃さがある黄色で、土属性に高い適正を持っていることが分かる。
「この魔法陣を描いて魔力を籠めれば、地脈から小さな魔物を一時的に召喚できる。それを見れば、その者がどんな魔物を召喚できるかが分かるのだよ」
テオフィル先生が魔法陣に魔力を籠め、地脈に向かって放つと、地脈が輝き、小さなリスが現れた。これが召喚魔法なんだね!
召喚した魔物は、しばらくあたりを走り回ると、すぐにふっと消えてしまう。一時召還だから、時間切れで地脈から戻ったのかもしれない。
「ではこの魔法陣を掻いたプリントを配る。これと同じものを描いて魔力を籠めれば、何かしらの魔物を召喚できるはずだ。込める魔力はどの属性でもいい。ここの地脈からは、幅広い種類の魔物が呼び出せるからの。さあ、やってみなさい」
私は配られたプリントを見て顔をしかめた。いや、どうやって魔法陣を描けばいいのか分からないんだけど・・・。
私は周りの生徒を見渡した。生徒は当り前のように指から魔力を展開し、魔法陣を描いていく。その色は生徒によってまちまちだけど、濃い色を出せる人はいないみたいだった。
「どうしたビューロウ。早く魔法陣を描きなさい。何が召喚できるか試して適性を図るのだ」
いや、そんなこと言われても・・・。
私は思い切って指に魔力を展開する。長年しっかりと鍛えてきたから、指から魔力を展開することは難しくないんだよね。
指先に魔力が集まっていく。でも、私の魔力は無色だから、魔法陣を描くことはできなかった。
「おいおい。子爵家出身なのに魔力を展開することもできないのか? ビューロウは子爵なのに、そんなこともできないなんてな。同じ子爵家の出身として恥ずかしいぜ」
ホルガーに嘲笑され、私は顔を赤くした。
みんなが見下してきたのが分かり、私は力いっぱい魔力を込めてみた。生徒たちは相変わらず私を馬鹿にしたような目で見ていたが、驚いたのはテオフィル先生だけだった。
「お前・・・、本当に子爵家の者か!? なんという、凄まじい魔力量だ!」
テオフィル先生は一瞬真顔になって驚くが、やがて冷たい目を私に向けてきた。
「これほどの魔力量を持つ者は王族でも早々いないが・・・。素質がないのは、宝の持ち腐れだな」
そしてテオフィル先生は私に背を向けた。
「去りなさい。貴様に召喚魔法は使えぬ。私が教えられることは何もない。召喚魔法を担当する教員として、貴様の参加は認められぬ」
◆◆◆◆
召喚魔法の授業から追い出されてから、生徒たちの私を見る目が変わってきた。貴族はもちろん、平民の生徒からもあきらかに見下してみられるようになったように感じる。
その扱いは、クラスでも同じだった。特にひどいのはジークとホルガーのグループだった。あからさまにバカにしたようにからかってくるんだよね。
「お前、加護なしのくせに学園に通おうなんて、ちょっと図々しいんじゃないか? 少しでも恥じ入る気持ちがあるなら、とっとと学園を去って地元に帰れよ。まあ地元でも、お前にできることなんてないだろうけどな」
ホルガーたちが笑い声をあげる。私が四大属性の素質がないのは事実だ。私は悔しくて、下を向いて手を握り締めた。
「おら! なんか言ったらどうなんだ! 言い返す気概もないなら、さっさとこの学園から去りな!」
みんな私を馬鹿にするように見ている。意外なことにジークは笑ったりしないみたいだけど、それでも厳しい目で私を見ている。
しかしその時、教室の扉が勢いよく開けられた。生徒たちが一斉に入口の方を振り返った。
入り口に表れたのはエレオノーラだった。
エレオノーラは私を見つけると、笑顔で声をかけてきた。
「ダクマーさん。相談したいことがあるの。ちょっとついて来ていただけるかしら? 学園の教員陣に貴方のことを紹介したいのよ」
まるで古くからの友人のように、親し気に私に声をかけるエレオノーラ。その気さくな様子に、私に絡んでいた生徒たちは絶句したようだった。
「エ、エレオノーラ様・・・、その子は“加護なし”なんですよ? 公爵令嬢が気に掛けるほどの相手とは思えませんが・・・」
同じクラスのフィーネさんが思わずと言った感じで声をかけた。
しかしエレオノーラはそれまでの優しげな表情がうそだったかのように冷たい目でフィーネさんを睨んだ。
「はて? 私はあなたに気安く声を掛けられるほどの関係は築いておりませんが・・・。挨拶もしていない伯爵令嬢が、この私に何の用だというのです」
エレオノーラの冷たい声に、フィーネさんは震えあがった。ジークもホルガーも驚いた表情になっている。
「ダクマーさんの強さは、すぐにあなたたちも理解することになるでしょう。それに、ロレーヌとビューロウの関係を知らぬわけではありませんよね? 我がロレーヌとビューロウはお互いに守り合う関係にある。その関係は、100年前から変わることはないのですよ」
厳しい声でそう言うと、私に向き直る。さっきまでの顔がうそと思うくらい、親しげな表情だった。
「さあ、ダクマーさん。行きましょうか」
そう言うと、エレオノーラは私の手を取って教室を後にしたのだった。
◆◆◆◆
廊下を出て談話室に入ると、エレオノーラは一息ついた。
「これで、あなたが私の側近だと明確になったはずよ。あなたに絡んでくる生徒は少なくなると思うわ。まあ、それでもあなたに文句を言う生徒はいるとは思うけどね」
私は涙目になってエレオノーラを見た。
「エレオノーラ。あの。えっと・・・」
私は何も言えなくなってエレオノーラを見上げた。
「いいのよ。あなたが誰よりも強いことは私が知っている。ロレーヌ公爵家としてあなたを守るのは当然のことなのよ」
そう言ってほほ笑むエレオノーラに、私は思わず抱き着いた。
「ごめんね。私に才能がないせいで、エレオノーラにあんなことさせるなんて・・・。本当にごめんね」
エレオノーラは大人しい性格をしている。本来なら中位クラスの生徒を脅すようなことはしたくないはずだ。でも、彼女は私のために声を上げてくれた。怒ってくれた。
私は謝り続けたつもりだけど、途中から泣き出してしまった。そんな私を、エレオノーラは何も言わずに抱きしめてくれたのだった。




