第70話 子爵令嬢と公爵令嬢
宿の食堂に向かうと、ウエイターがすぐに一礼して声をかけてきた。カリーナが公爵家から呼ばれていることを伝えると、個室に案内された。豪勢な部屋にはアキちゃんが優雅に座って待っていた。
「ダクマー様、お待ちしておりました。ラーレ様はもういらしていますよ。どうぞお掛けください」
私を見つけると、アキちゃんは立ってお辞儀をしてくれた。私は一礼して応えると、ウエイターの案内に従って席に着く。ラーレはガチガチになりながら待っていた。
アキちゃんはラーレや私の連れ、そして私や自分の侍女と護衛に声をかけた。
「皆様の分も食事を用意いたしました。私たちのことは気にせず、隣の部屋でゆっくりお食事してくださいね」
アキちゃんは私と2人きりで話したいようだ。暗に2人になりたい旨を伝えた。コルドゥラやカリーナ、そして公爵家の護衛は一瞬ためらったものの、一礼して部屋を出ていく。ラーレはああ見えて空気が読める。「私も向こうで食べようかな」と言って、部屋を出ていった。逃げたな。
私はアキちゃんを見つめると、勢いよく頭を下げる。
「「ごめんなさい」」
驚いたことに、アキちゃんも同時に謝罪していた。
「ごめんなさい。父が運転する車で事故になっちゃうなんて。謝っても謝り切れないわ」
そう言って深く頭を下げるアキちゃんに私は慌てて言う。
「なにいってるの? アキちゃんもおじさんも、私に付き合ったせいで事故に巻き込まれたんだから! 謝るのは私の方だよ。付き合わせてしまって本当にごめんなさい」
私たちはお互いに謝罪し合った。でもきりがなくなりそうだったので、私は途中で彼女の謝罪を遮った。
「なんかお互いに自分たちが悪かったと思ってるようね。でも私は私の事情にアキちゃんたちを巻き込んじゃったと思う。日本の家族にはもう会えないけど、それはここでの生活で克服したから大丈夫だよ」
「私こそ、本当にごめんね。父が運転する車で事故になるなんて、恨まれたって仕方ないと思うわ」
お互いに謝り合って、それでこの件はおしまいと言うことにした。お互いに申し訳なさは残ったようだけどね。
「アキちゃんもこっちに来てたんだね」
私が言うと、アキちゃんも嬉しそうに答えてくれた。
「うん、せっちゃんとまた会えるとは思わなかった。でもまさか主人公に転生しているなんてね。私は悪役令嬢だけど、せっちゃんが主人公なら安心できるわ。まあ、このゲームの主人公ならせっちゃんにぴったりかな。なにしろ鍛えた能力で危機を乗り越えていくんだからね」
そういうと、「こっちではエレオノーラと呼んでね」と話す。あ、そっか。ここなら立ち聞きはされないだろうけど、それでも誰に聞かれるか分からないからね。
「じゃあ私のこともダクマーって呼んでね。てか、私にぴったりってどういうこと? 私、登場人物の感情を読んだり、トラウマを解消したりなんてできないんだけど」
正直登場人物と仲良くすることなんてできそうにない。そんな私に、アキちゃん――エレオノーラは真剣な表情で答える。
「このゲーム、恋人を作るよりストーリーを進めることがきついと思うの。主人公は敵の総大将を倒したり、敵の不意打ちを防いだりと、大活躍して闇魔を倒すからね。ダクマーはかなり剣を鍛えているみたいだけど、難しいこともあると思うわ」
いや敵の奇襲を防いだりとかできないから。でも恋愛しなくてもいいってどういうこと?
「え!? 登場人物はほっといていいの!?」
驚く私に、エレオノーラは平然と答えた。
「確かに主人公がトラウマを解消する話があったかもしれないけど、世界の平和には代えられない。ダクマーが好きになったなら別だけど、ここはたぶん、『乙女は戦場で桜吹雪に舞い踊る』の世界だと思う。それなら、登場人物との恋愛はあんまり気にしなくてもいいんじゃない? 現実なんだから、無理に恋しなくてもいいはずだし。誰ともくっつかなくても普通に幸せになったはずよ。友情エンド、見たんじゃないの?」
そうだった。私もアキちゃんに言われてクリアしたけど、誰も攻略できずにクリアになっちゃったんだよね。確かヒロインは、自領に戻って頑張る、みたいなエンドだった気がする。
「でも、魔法が使えないのなら学園にいってもあなたの扱いはあんまりよくないかもしれない。そっちの方が私は心配よ。好きな人ができたり、つらくなったりしたら私に言うのよ。私が必ず守ってあげるから」
エレオノーラにそう言われると、これからの学生生活が不安になった。エレオノーラはこれから起こる事件などについていろいろ説明してくれたけど、私の頭には一割も入ってこなかった――。
◆◆◆◆
「お料理、びっくりするほどおいしかったです。公爵家の皆さんもみんな親切で、ここで縁を持ったからには学生生活もちょっと安心ですよね」
コルドゥラは満足げに言った。
「さすが高級宿って感じ。何話したか知らないけど、そっちもおいしいもの食べれて満足なんじゃない? 公爵令嬢のあの子はすんごく美人になってて驚いたけどね」
そういやラーレはおじい様と王都に行った時にエレオノーラと会ったことがあるって言ってたっけ。会話はほとんどしたことないそうだけどね。
2人はエレオノーラが友好的なことを知って安心してるみたいだけど、話を聞いた私はちっとも安心できなかった。エレオノーラ自身も婚約者候補の王子から疎まれているらしいし、あのホルストは悪い意味で目立っているらしい。確かにホルストは顔だけは良くて、使用人にもキャーキャー言われてたみたいだけど、なんであれが人気者なのか本当に分からない。
ちなみに貴族と言うと契約結婚だったり幼いころから婚約者がいたりすることを想像するけど、この世界ではそれはあまりないらしい。まあ、ごくまれに幼馴染が婚約者になることはあるらしいんだけど、王族でもない限りは婚姻関係を結ぶことは少ない。エレオノーラは向こうから婚姻を打診されたけど、公爵様が断ってるらしいのよね。だから今のところ、候補どまりになっているようなんだ。
「でもなんか、ホルストのやつが変な意味で有名らしいよ。学業や魔術の腕は評価されているけど、なんか独特で学園でも目立ってるってさ。まだ入学前の公爵令嬢にも知られてるって、よっぽどだよね」
「ああ、あの弟がいろいろやってるの、私のクラスでも噂になってた。あいつ、剣術や魔法が使えるからって調子に乗ってるのよね。高位貴族にはうまいことやってるみたいだけど、ダクマーも変な影響受けないように気をつけなさいよ」
自分の弟がやったことなのに、ラーレはどこか他人事だ。でもホルストが悪目立ちしてると聞いて、コルドゥラは舌打ちする。カリーナも冷たい目をしている。ちょっと、淑女は優雅にしなきゃいけないって、いつも言ってるのはあなたたちでしょ?
私とずっと過ごしたことで、ホルストの変人っぷりが彼女たちにも伝わっている。今では私たち以上にホルストを苦手にしているのだ。まあ、ホルストには5年ほど前に私たちの護衛を減らしたという前科もあるからね。あの時私たちの護衛してくれたのはコルドゥラの父親だし、嫌悪感があるのは無理のないことかもしれない。
「あの人、優秀なのは知っていましたが、やっぱり学園の生徒の中でも変わっているんですね。子爵家の評判にもかかわってくるのに、ふざけたことをしてくれますね」
憤るコルドゥラに、私は気楽に返事をした。
「まあ、学年もクラスも違うから、会うことはないんじゃない?」
「あまいですよ。上の学年からの指示ってあるみたいですし、ホルスト様の影響が、ダクマー様の教室にも出るかもしれません。私はただの側近ですし、危ないと思ったらすぐにエレオノーラ様に相談してください」
まあ大丈夫なんじゃないかな。コルドゥラたちの心配事を聞きながら、どこか楽観的に考えていた私だった。
「でも明日は公爵令嬢に付き合ってこの地の寺院を見に行くのでしょう? まあロレーヌ家の領地だから大丈夫かとは思いますが、ちょっと気を付けてくださいね」




