第68話 公爵令嬢として生きてきて ※エレオノーラ視点
※ エレオノーラ視点
私が前世の記憶を取り戻したのは、10歳のころのことだった。
王都に近い領地を治める公爵家の長女として生を受けた私は、歴史や社交のやり方、魔術の秘儀など、高等な教育を受けてすくすくと育っていた。
「なんか耳がとがってるね。まるでヴァルト族みたい」
なんともなしにつぶやくと、使用人は笑顔で答えてくれた。
「お嬢様はご先祖様の血が濃いんですね。ご先祖様の中にはヴァルト族から嫁入りされた方もいるんです。なんでも当時のご当主様が情熱的にプロポーズなさったそうですよ」
ヴァルト族とは、王国に住む種族の一つだ。闇魔の巣窟となっているアルプトラオム島に住んでいるとされているが、今は大半が王国の東側に里を作って住んでいる。魔法と薬草の生成に長け、回復魔法の使い手がほとんど育たない東部に霊薬を流通させることで、領の発展に大きく貢献しているらしい。
私たちが住む東側では良き隣人として暮らしていているが、他の場所では迫害されることもあるらしい。特に先代聖女の出身地で回復魔法の使い手が育ちやすい西側や中央の領では嫌われているようだ。私も中央や西側の貴族から「混じりもの」なんて呼ばれてるしね。
視察で領内を見回っているときだった。山道を通っていると、前方で石が転がり落ちていく様子を見た。そのとき、私は思い出した。日本と言う国で女子高生として暮らしていたこと、そして父の運転する車が落石に巻き込まれ、親友とともに死んでしまったことを。
剣術のイベントに出ることが決まった親友を、会場まで送ろうと提案したのは父だった。落石事故は防ぎようのないものだったが、父の運転する車で事故に遭い、親友の命を奪ってしまったことに本当に申し訳ない気持ちになった。
◆◆◆◆
「王太子の長男がお前の婚約者候補になる。王家からごり押しされたが、なんとか候補で済ませた。あの小僧が王位にふさわしくない行動をしたら、すぐに言うんだぞ」
お父様は私を溺愛していて、王子が婚約者候補になったというのに浮かない表情だった。
王都で何度か王子に会ったことがあるが、正直私も良い印象は持たなかった。たしかに彼は王子様と言われるのにふさわしく、アイドルみたいに整った顔立ちをしていたが、私を見る目は冷たく、傲慢な印象があった。
「ふん! ロレーヌ家の娘か。まじりもののくせに着飾って生意気な。せいぜい私の役に立つんだな」
件の王子であるライムント様は私を見るなりそう言ってきた。まさに俺様!な一言に、残念な気持ちになるとともに、何か記憶に引っかかるものがあった。
その場の社交は何とかやり過ごし、寝室で彼のことと記憶をたどってみた。エレオノーラ・ロレーヌという名前やライムントという名前に、聞き覚えがあるような気がしたのだ。
今世ではなく、前世でその名前を聞いた? どこで?
私はテレビタレントやスポーツ選手の名前など、前世で知った外国人の名前を一つ一つ思い出してみる。そして気づいた。この世界の人物名が、以前プレイした『乙女は戦場で桜吹雪に舞い踊る』というタイトルのゲームに登場していることを。そして自分の名前が、主人公の邪魔をする悪役令嬢だったことを――。
そのゲームは、闇魔と呼ばれる魔族に侵略された王国を、主人公が軍を率いて救い、剣を振るって敵の大将を倒していくという内容だった。シミュレーション要素が強く、プレイヤーは主人公を自由にカスタムすることができたんだ。魔法中心にしたり、剣で戦える人にしたりね。そして主人公は学園での生活や王国を救う旅の中で登場人物たちと心を通わせ、恋愛に発展させることができる。その中で、私ことエレオノーラは、ことあるごとに主人公の邪魔をして、最終的には闇魔の軍勢に裏切るという役どころだった。
「このままじゃ、私、断罪されちゃう!?」
婚約者候補のライムント様は当然のごとく、ゲームの中心人物の一人だ。他に騎士団長の息子や魔術団長の跡取り、主人公の従兄や王国側の暗殺者、学園長や聖女の子孫なんかいたと思う。あと1人、攻略できる人がいるみたいだが、私はだれが攻略対象なのか見つけられないままに死んでしまった。
ゲームの中で私はライムント様の婚約者として登場する。主人公は子爵家の出だが、祖先は魔族の四天王を倒した“剣鬼”で、主人公はその子孫として強力な魔族を倒していくのだという。剣鬼の子孫だけど、主人公の祖父が魔法を得意としているので、どちらにもカスタムできるんだけどね。盗賊タイプにもできたりするらしいし。
「ゲームだとお父様が太ってたりするけど、現実ではシュっとしてる。細かいところは違うのよね。それにネット小説なんかだと、悪役令嬢が主人公に反撃したりするから、まだ分からないわ。でもこの世界の闇魔って本当に強いみたい。お父様やお兄様でも苦戦するみたいだし。主人公がいないとこの国は闇魔に支配されちゃうかもしれないわ」
転生前の記憶があっても、戦力を強化することは難しい。前世の私はと言うと、剣術を少しかじっていたものの、親友と違って達人と言うにはほど遠い。こっちの騎士たちの方がはるかに強いというありさまだ。
「主人公がどんな子なのか、それ次第ね」
私が生まれたロレーヌ家とビューロウ家は昔からかなり親密な関係を築いている。一時は交流が途切れたこともあったけど、今は盛んにやり取りしている。主人公の従兄をはじめ、私と同い年の長男や一つ年下の次女とは会ったことがあるけど、主人公である長女とは礼儀作法を身に着けていないとかで、会うことができなかった。
次女のアメリーちゃん曰く、
「お姉様はちょっと変わり者で・・・」
と苦笑交じりに答えてくれたけど、実際に会うのは学園生活が始まったらになるらしい。私は不安を感じながら、来るべき闇魔との戦いに向け、自分を鍛えていくのだった。
◆◆◆◆
「私も15歳。この春から学園にいくことになるのね」
5年が経過し、ついにゲームが始まる。婚約者候補のライムントは、私のことが好みではないのだろう。仲良くなろうと色々話しかけてみたが、心の距離は全く縮まらないどころか、「口うるさい奴だ」と叱られてしまう始末。このままだと、ゲーム通りに排除されてしまうかもしれない。
私は護衛と侍女とともに馬車で王都に向かった。まあ領地から王都は近いので、あんまり時間が掛からないんだけどね。
そして王都まであと2日という時だった。
「お嬢様! 決して馬車から出ないでください!」
護衛たちが悲痛な表情で馬車の外に出ていく。馬車が襲われたのだ。こんな展開、ゲームにはなかったはずだ。
「ヒヒィィィィン」
馬の断末魔の声が聞こえてきた。緊張でのどがカラカラになる。
え、ゲームが始まる前に終わっちゃうの?
外で護衛が魔物相手に戦っている音がした。時々、「うわ」とか「くそっ」とか言う声が聞こえてきて、不安は増すばかりだった。
そんな時だった。
「ビューロウ家の者です! 助太刀します!」
少女の叫ぶような声が聞こえてきたのは。
ビューロウ家って、主人公の実家だよね? この声は女の子のものだけど、聞いたことはない。主人公が助けに来たってこと? 私は窓からそっと外を見た。
「秘剣!『羆崩し』!」
聞く人が震えるような声が響いたたかと思うと、私たちを襲った闇魔が袈裟切りに斬られていた。
「いや闇魔の魔力障壁って、魔犬とは比べられないほど強いんだよね? なんで一撃で倒せてるの?」
これが主人公補正と言うやつなのか。私たちを襲った闇魔は、あっさりと主人公に倒されていた。そしてその技名、どこかで聞いたことがある気がする。
「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった」
え? あのセリフって、あの国民的アニメのだよね? なんで彼女が日本のアニメのセリフを言ってるの?
私は彼女の顔を見つめる。貴族とは思えないおかっぱの頭にクリっとした目、美人と言うよりはかわいい印象を受ける顔だった。でもそれ以上に、彼女の顔を見て懐かしさを覚えた。
「せっちゃん?」
私は気が付くとそうつぶやいていた。




