第62話 他領への援軍 ※グスタフ視点
※ グスタフ視点
あのダクマー嬢ちゃんの衝撃的な告白から1年と少しが経過した。
今日は領主の命でシュテイン領に来ていた。この領で魔物が出たらしく、近隣の領地に援軍を要請された。オレは領主様の命を受けて出陣したのだった。
シュテルン領地に着くと、さっそく騎士が魔物の場所に案内してくれるようだった。
「すみません。ロレーヌのご子息だけでなく、ビューロウ領からも戦士を派遣してくれるなんて。うちは魔法使いばっかりで近づいて戦える者は少数なんです。高名な『灰の剣豪』に来ていただけて光栄です」
「いえ。領主もご子息たちも忙しく走り回っていて、こちらに来られないのを申し訳ないと言っておりました。私と数名の配下だけしか派遣できず申し訳ない」
オレが返事をすると、隣にいたロレーヌ家の子息が嬉しそうに語った。
「いやあ、名高いビューロウの狼とご一緒できるとは。心強いです。今回の討伐では期待していますよ」
公爵というかなり上の爵位を持つ貴族なのに、俺のような下っ端にも丁寧に話してくれる。まだ学園の一年生らしいが、こうして他領の援軍に来てくれるのはさすがロレーヌと言うほかない。
ロレーヌ家はこの東側に領地を持つ貴族を束ねているんだが、救援要請を受けて後継がわざわざ援軍にくるとは思わなかった。俺達と違って、護衛の兵も大量に引き連れている。
「いえいえ。こちらは貴族の方もちょっと都合がつかなくて、私が来ることになりました。こう見えても、領主様直属の兵ですから、接近戦なら期待してください」
オレが丁寧な言葉を心掛けて返事をするが、それを鼻で笑う貴族もいた。たしか、カステル家の貴族だったか? ベンヤミンと名乗るこの男は、ことあるごとにビューロウ家に突っかかってきた。
「わずかな戦士が援軍とは呆れかえる。我がカステル家は、魔道兵を連れてこさせてもらった。どこぞの狼もどきとは違い、必ず魔物を倒して見せますぞ」
学園を卒業したてのヒヨッコが偉そうに、と思わないでもない。確かに大勢の兵を連れてきたそうだが、その補給のことを考えているのか? ロレーヌ家と違って、補給をシュテルン領に頼ってるんだろう? 多分うちの領主はそのあたりのことを考えて最低限の人員しか送らなかっただろうに、そのあたりも経験不足感が否めない。
「まあまあ。ベンヤミン様。ビューロウ家はシュテルン領のことを考えて人数を決めたんだと思いますよ。それに、『武の三大貴族』と名高いビューロウ家のバルトルド様のことです。優秀な人員を出してくれたんだと思います」
エーレンフリート様がさりげなく庇ってくれた。こういう、下の人間をさりげなく守ってくれるところも、ロレーヌ家が支持されている理由だよなぁ。まあ、ロレーヌ家とビューロウ家は歴史的に見ても仲がいいみたいだしな。平民のオレは守ってもらえると助かるけどな。
だがベンヤミン様は小ばかにしたような目でエーレンフリート様を見ている。
「まあ、エーレンフリート様はまだお若い。兵の強弱なんぞ分からんでしょう。ビューロウは武の三大貴族に数えられてきたとはいえ、今は落ち目です。その点、我が魔道兵は精強です。必ず力を御覧に入れて見せましょう」
ベンヤミンは後ろの魔道兵を見せながら自信ありげに答えた。
魔道兵とは、俺たち平民の中から魔力の強い人間を徴集して組織された兵隊だと聞いている。単純に魔力の高い者もいれば、中には魔力過多の者が集められることもあるそうだ。まあ、貴族の中には魔道兵を使い捨てにするヤツもいるそうだけどな。
「兵の強弱はともあれ、まずはこの領に現れたという魔物の討伐です。聞くところによると、かなりの数のゴブリンが集まっているとか。決して油断していい相手ではありません。ベンヤミン様もグスタフ殿も、その力には期待しておりますよ」
◆◆◆◆
なんとなく気まずい空気を感じたまま、俺達はシュテイン領を進む。しばらく進軍した時、ロレーヌ家の斥候が報告してきた。
「若様! 大変です! 魔物の群れが前方で陣を敷いています! ゴブリンだけじゃない! オーガもいます!」
おいおい、陣を敷いているってどういうことだ? 普通の魔物は群れで襲ってくることは少ない。集団を作ることがあっても、組織的な動きをすることはないはずだ。統率者――闇魔に率いられているとでもいうのか!
「統率者の・・・、闇魔の存在はありましたか」
エーレンフリート様はオレと同じことを考えたのだろう。斥候に闇魔を見たかを聞いていた。
「いえ。風魔法で確認しましたが、こちらにはいないようです。ですが、隠れている可能性だってあります。どうか、気を抜かぬよう」
そう言って、斥候は深々と頭を下げた。
エーレンフリート様は考え込んでいる。単純な討伐任務かと思ったら、まさか闇魔と相まみえる可能性があるとは思わなかったのだろう。
「闇魔が潜んでいた? 何のために? まさか、おびき出されたとでもいうのですか」
エーレンフリート様は悔し気に爪を噛む。そんな彼を見て勢いづいたのはベンヤミン様だった。
「ロレーヌの旦那! 悩んでいる暇はないぞ! 我が魔道兵の力を見せてやるさ! ビューロウの狼もどきは黙ってみているといい!」
そういうと、俺達の前に魔道兵を展開させた。結構きびきびと動いていてしっかり訓練されているのがうかがえる。
でも大丈夫なのか? 魔道兵とはいえ、貴族ほどの魔力はない。それに、闇魔に率いられた魔物は、それ以外と一線を画すると言われている。特に魔力障壁持ちの魔物は貴族の魔法でも簡単には倒せなくなるというし、いくら数を集めたからと言って、簡単に倒せるとは思えない。
「待ってください! 闇魔が潜んでいるかもしれません! 魔物は私たちが連携して着実に数を減らしていくべきです! 魔道兵と歩兵が連携して確実に倒していきましょう!」
エーレンフリート様が慌てて止めるが、そんな彼をベンヤミン様は鼻で笑った。
「はっ! 実戦経験のない学生は、大人しく私に任せておけばよい! いくぞ!」
そういうと、ベンヤミン様と魔道兵は敵に向かって突撃していった。
「ああ、もう! 勝手なことを! 十分注意しなければならないのに!」
エーレンフリート様が頭を掻く。そして前方を睨みつけると、周りの兵に指示を出した。
「このままではカステル家の兵が孤立してしまいます! ロレーヌ兵は前へ! ビューロウの皆さんも付いてきてください!」
こうして俺達は魔物たちの前方に布陣したんだが・・・。
◆◆◆◆
カステル家の軍が魔物の前で停した。その少し前方には森がある。あそこに魔物が伏せていなければいいのだが・・・。
ベンヤミン様は俺を見て小ばかにしたように笑うと、魔道兵に向かって指示を出した。
「ほら! 魔物どもが押し寄せてきているぞ! 魔道兵! 杖を構えろ!」
ベンヤミンの言葉に、魔道兵が一斉に短杖を構えた。
「うてぇぇぇ!」
号令とともに、魔道兵の杖から魔法が一斉に発射された。あれは、水の魔力が籠った短杖だな。まあ、火の魔力を持つゴブリンに水の魔法で対抗するのはセオリーなんだが・・・。
水の弾が一斉に魔物に降り注ぐ。
「がああああああああ!」
魔物たちが雄たけびを上げると、前方に魔力障壁が現われた。水に弱い火の魔力障壁だが、それでも魔道兵たちの水弾をあっさりとかき消していった。
「な、なんだと!?」
ベンヤミン様が信じられないものを見たように呻いた。
「なんだこの強さは。火の障壁で、水の弾を防いだとでもいうのか・・・。まさか!」
通常、水に弱い火の魔力障壁では攻撃を防ぐことはできない。
だが、闇魔がいるのなら別だ。闇魔は存在するだけで、魔物を強化してしまう。一体いるだけで、魔物の強さが段違いになるのだ。
「いやがるっていうのか。この場に闇魔が!」
オレのつぶやきは、周りに静かに響いていった。




