第5話 デニスとの模擬戦
すみません。
ホルストのところが義兄となっていましたが、
正しくは従兄でした。
あと、ラーレの髪も濃紺から漆黒に変えております。
大変失礼しました。
そしてその翌日のことだった。私とラーレはおじい様に呼び出された。
「やばいな。あのことだよね?」
ラーレは、びくつきながら答える。
「おおおお、落ち着きなさい。アンタが自由に剣を振れるように、私も頑張るから」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、声が震えているよ。私は「ありがとう」と答えると、道場に入った。
道場にはおじい様が座って待っていた。そして道場には、デニスやアメリー、ホルストまでがいる。え? どういうこと?
私たちが一礼して座ると、静かな声で尋ねてきた。
「さて、ダクマー。昨日の剣はあきらかにワシらの剣とは違っていたな。どうしてあんな剣を振ったのか説明しなさい」
やっぱり聞かれたか。厳しく問い詰めるおじい様に、私はしどろもどろになって答えた。
「いやちょっと、思いついて」
おじい様の表情は厳しいままだった。
「そんなことはないだろう。あの剣は、腕だけじゃなく、体全体で剣を振っているように見えた。一朝一夕で考えられるものではない。まるで、一撃にすべてを込めているようにも見える。確かに威力はすさまじいが、あれでは外したらそこで終わりだな。それは分かっているのか?」
くそっ、おじい様め。さすが剣術に長年携わっているだけあって、よく見ている。
「えっと、あの、その」
私は動揺する。隣でラーレがはらはらしながら見つけているのが分かった。何か言わなくてはと焦った私は、思わず叫んだ。
「私は魔法が使えません。剣だけで戦わなくてはならないのです。だから、両手で剣を持った方が効率的だと思うのです」
今の時代、武家とはいえ片手で剣を、片手で短杖を持つのが一般的だ。両手で武器を持つと、とっさに魔法を使うことができないからね。短杖を使えば簡単に魔法が撃てるらしいし、手の平以外から魔法を発動させるには相当の魔力操作技術が必要と聞いている。まあ、魔法の使えない私には関係ないのだけど。
必死に言い訳したが、おじい様は諭すように話してくれた。
「お前が焦るのも分かる。近い将来、闇魔との戦いが再開されるだろう。その時に、魔法の使えない貴族は生き残ることができんかもしれん。じゃが、焦ってもしょうがないだろう。ビューロウの剣には両手剣の型もある。いずれちゃんと、ワシが教えてやる。今は、ビューロウの剣の基礎をしっかり学ぶときなのだ」
当然のことだけど、おじい様は私の剣を認めていなかった。元のビューロウの剣から基本を習得するよう言い聞かせてくる。
まあ、分からないでもない。今は、基本を固める時期ということも。ビューロウ家には片手剣の他、棒術や格闘技なんかの型もある。それを治めるためにも、片手剣の使い方を覚えて動きの基本を身につけろとのことだろう。この辺りが、「身体強化のビューロウ」と言われる所以になっているんだけど・・・。
でも、それは前世の剣技とは違う。似たような動きはあるけど、根本的に違うものなんだ。
示巌流の剣は前世の私のすべてだ。何を言われても、やめることなんてできない。
「今のままでは、私は強くなれません! 強くなるには、もっと別の剣が必要です! それに、外したら終りなら、一撃で確実に仕留めれば問題ないんです!」
私の暴言ともいえる一言に、おじい様が目を見開く。しばらく固まっていたが、私を見つめながらつぶやいた。
「その言葉・・・・、まさか、思い出したとでもいうのか?」
おじい様の言葉に、私はドキリとする。え? 前世の記憶があることがばれたの? こっちだと、前世の記憶があるのは一般的なの?
おじい様が怯んだのを見て、デニスが話しかけてきた。
「私も見ましたが、ダクマーの剣はそれほど理がないようには見えませんでした。本人が納得するまで、自由にさせていただけないでしょうか」
デニスは私をかばうように言うと、静かに頭を下げた。おじい様は不機嫌そうに歯を噛みしめると、腕を組んでデニスを睨みつけた。
そして溜息を吐くと吐き捨てるように言った。
「そこまで言うなら、お前の考える剣がどの程度か見せてもらおう。デニスとダクマーで模擬戦を行いなさい。デニス、手を抜くなよ。お前が手を抜けば、ダクマーの剣が有効だと認められぬ。全力でぶつかって、ダクマーの剣が有効だと証明するのだ」
◆◆◆◆
私とデニスは、木刀を持って向かい合った。
「よいか。この勝負は剣術の優位を決めるものだ。属性魔法は禁止だ。身体強化と剣術のみで戦うのだ。いいな」
まあそう言われても、私には属性魔法は使えないんだけどね。
事前におじい様が防御魔法を使ってくれたおかげで、怪我をする心配はない。防具の代わりに防御魔法を使うのがこの世界での試合の標準らしい。かさばる防具を付けなくていいので、それは効果的だと思うんだけど。
「ダクマー。私も全力で行くから、お前も力を振り絞れ。望みがあるなら、全力で戦って勝ち取るんだ!」
デニスの言葉に私は頷く。そして両手で木刀を構えると、おじい様の開始の合図を待った。
「よいな。では、いざ尋常に、勝負!」
おじい様の合図と同時に、デニスが黄色い目を細めて魔法陣を展開した。
「ウァッシ・スターク!」
デニスの体が、青い魔力で覆われていく。
「水の魔力で体の動きにあった強化をオートで行ってくれる魔法か!」
本来、身体強化は詳細な魔力操作が必要なんだけど、この魔法を使えば体の動きにあった強化をオートで行える。この魔法が広まったことで、魔術を使える者なら誰でも簡単に身体強化を行えるようになったって話だ。まあ、魔法陣が使えない私には縁のない魔法だけど。
「ダクマー! いくぞ!」
デニスが素早く接近して右手で木刀を振るってきた。私は両手に構えた木刀でなんとか受け止めたけど。
「くっ! なんて重さ!」
その威力に耐えられず、私は大きく下がってしまう。
「まだまだ!」
デニスが続けて木刀を振り回した。私は両手の剣で何とか捌くが、確実に押されていく。
身体強化と相性のいい水の魔力だと、こんなに強化されるのか・・・。私は何とかデニスの剣を捌きながら驚愕していた。
デニスはまだ子供で、しかも片手で木刀を振るっているのに、前世の大人以上の威力になっている。今のデニスでこれなら、一流の魔法使いならどれだけ強いのだろうか。
「くっ・・・・・・、このままじゃあ」
デニスの猛攻は終わらない。魔力量の多い貴族なら、試合中は常に身体強化を行うのも不可能ではないのだ。正直、剣の腕はそこまでではないけど、強化された腕力は脅威だ。私は防御するのがやっとで、一歩一歩下がってしまう。
ふがいない。私は唇をかみしめるが、そう感じていたのは私だけではなかったようだ。
「ダクマー! なにを怯えているんだ! やりたいことがあるんだろう! 他人は何もしてくれないぞ! お前が自分で勝ち取らなければ、やりたいことなんてできやしないんだ!」
ホルストが叫ぶ。口げんかしているときのふざけた口調とは違い、本気で怒りを感じているようだった。
でもそんなこと、言われなくても分かってる! このまま終わるなんて、できるはずないじゃない!
私はデニスの動きに目を向けた。デニスの体は色の濃い青の魔力で覆われている。そしてデニスの動きを先回りするかのように魔力が動いていることが分かった。
「そうか。魔力の動きを読めば、デニスの動きを把握できるかも!」
私は魔力の動きに目を凝らした。前世の示巌流には“見”という技術があった。これは相手の動きを目で見て先を読むものだが、魔力の流れを見れば、未熟な私でもデニスの狙いが分かる! これなら、剣を避けるのだって難しくない!
私はデニスの動きを予測し、最小限の動きで躱していった。
「くっ! 動きが急に良くなった?」
デニスの剣を避けながら、私は余裕を取り戻した。次に来る技が分かるなら、示巌流の秘剣だって当てられるはずだ!
「はああああああああ!」
私は体中に魔力が流れるようイメージした。よく分からないけど、これで全身に魔力が通ったはずだ!
木刀を下段に構えた。次の一撃は、前世で私が一番得意だった秘剣だ。これなら、身体強化の魔法だって打ち破れるに違いない!
「くっ! この一撃で!」
デニスは一歩下がると、全身に纏った魔力をさらに強めた。そして大きく振りかぶると、私目掛けて木刀を振り下ろそうとした!
私は集中力を高めた。デニスがスローモーションのようにゆっくりと動いているように見えた。
「! 今!」
私はデニスの動きに合わせるように、木刀目掛けて斬り上げた!
「秘剣! 鷹落とし!」
私とデニスの木刀が激突した。
デニスは相当量の魔力を込めただろうに、抵抗はなかった。デニスの木刀の先が、放物線を描いて天井に飛んでいく。
私の秘剣は、デニスの木刀をあっさりと斬り飛ばしたのだ。