第41話 ホルストとの戦い
おじい様の道場で、朝の訓練を終えたときだった。ホルストから、いきなり白い手袋を投げつけられたのは。
ホルストとは出会えばいつも口喧嘩をしていた。そのきっかけはご飯の食べ方だったり、勉強についてだったりいろいろだったけど、暴力に訴えられることはなかった。
「受け取りたまえ。君に決闘を申し込む。おじい様の道場で決着を付けようじゃないか。最近調子に乗っているようだが、君の剣がどの程度のものか、僕が確認してあげよう」
ホルストの顔はいつもと違って真剣だ。
え、こいつ、なにいってるの? 少なくとも私には、ホルストと試合をする理由なんてないんだけど・・・。
「いや意味わかんないし。何でアンタと試合しなきゃならないのよ」
私が戸惑いながら返事をすると、珍しく道場にいたおじい様も慌ててホルストをなだめる。
「そ、そうじゃ。試合をする理由がないじゃろう。お前は両手剣の修行を始めてまだ日が浅い。今は基礎を固める時で、試合をする時ではない。とりあえず、その気を収めるのじゃ」
ホルストはきっとおじい様を見つめ、すぐに私を睨みつけた。
「おじい様! 男にはやらねばならない時があるのです! 我が家が恥をかかされたからには、例え同じビューロウでも戦わなければなりません! ダクマー! 覚悟を決めて勝負をしろ!」
う~む。最近ホルストには絡んでなかったと思うし、なんか怒らせることでもあったのかな。
私が逡巡いると、ホルストが苛立つように地団駄を踏んだ。
「あれだけ姉の世話になっていながら、その恩を仇で返すなんて! 見損なったぞ! いいから剣を取り給え! 君の思い上がりを正してあげようではないか!」
◆◆◆◆
なんだかんだで、私たちはおじい様の道場で対峙した。
観客は、おじい様の孫とその護衛、そしてグスタフだった。おじい様は例のごとく、水魔法の防御を私たちに処置した後、審判に回るらしい。
なんか、すんごい大事になっているんだけど!
ホルストはあれだけ愚姉とか言ってたくせに、ちょっともめたらすぐに決闘を挑んでくるなんて・・・。こいつ、さては隠れシスコンだな!
後ろのほうではデニスがホルストを応援している。くっ、こいつも敵か!
「やめなさい! ダクマーとはちょっと言い合いになっただけよ! どっちが悪いとかじゃないんだから!」
「すみません! 私の不用意な一言が原因で! ホルスト様の家族を貶める意思はなかったのです!」
ラーレとコルドゥラが必死で留めるが、ホルストは聞く耳を持たない。コイツ、思い込んだら突っ走るところがあるからなぁ。
「いいよ。こうなったらもう戦うまでは収まりがつかない。それに、ホルストがどんな戦いをするのか、興味があるからね」
「ふっ。僕には君にない素質がある。僕だけの戦法がどれだけ凄まじいか、後悔しながら体感するといいさ!」
おじい様はちょっと戸惑った様子だが、あきらめたようにため息を吐く。
「まあ、よく分からんが真剣に戦いたいというならやってみるがよい。はじめ!」
おじい様はちょっとやる気がなさそうだ。おじい様自身もここまでホルストが怒るのは想定外だったらしい。
「はあああああああ!」
ホルストが黄色い魔力を纏う。これは土の魔力!? 確かに水魔法ほどじゃないけど、土の魔力も身体強化には向いてるって聞いたことがあるけど・・・。あいつ! 水魔法が得意なんじゃなかったっけ? それに身体強化の魔法陣も使わなかったようだし・・・。
「いくぞ! ビューロウに伝わる大剣技! 身をもって知るがいい!」
ホルストは大型の木刀を両手に構えて突進してくる。
「くっ、速い!」
私は慌ててその剣技を受け止めるけど、かなりの重さだった。両手を使っていることを加味しても、デニスの一撃とは比べ物にならない。身体強化の魔法陣なしに、ここまで強い一撃を振るうなんて!
私は思わず下がってしまう。
「ふっ。我が剣擊を見たか! さすがの君も受け止めるのがやっとのようだね」
ホルストは自慢げに言う。いや、剣技は正直それほどではない。まだ両手剣の技を学んで間もないことがうかがえる。
でも、凄まじいのは身体強化だ。土の魔力はかなり薄いはずなのに、前回のデニスとは段違いの威力だ! これは自分で魔力を操作することで、体の表面だけでなく内部も強化しているのか! いつの間にこんなに高度な技術を!
「毎日修行しているのは君だけじゃない。僕も、この前見せてもらった両手剣の技を毎日鍛えてるんだ。君も強くなっているのと同じで、僕だって剣技が上達しているのさ!」
いやそうじゃねえよ。すごいのは魔力の扱いであって、剣術じゃない。でも、一撃を見切れなかったのは事実だ。コルドゥラすらもまだ一撃も当たってないのに、簡単に剣で防御させられたのは踏み込みのスピードがあってこそだ。
「ふふふ。剣術だけじゃない。僕ならこんな魔法の使い方だってできるのさ!」
ホルストの頭上に、黒い魔力の塊が浮かぶ。
おい! お前! それどうやった!? 魔法は手のひらとかからしか発動できないんじゃなかったの!?
「愚姉の魔法を見て僕は気づいた。闇魔法と四大属性を併用するほうが四大属性のなかから2属性を切り替えたりするほど難しくないってね。だから、土魔法の身体強化を使いながら闇魔法を使うことだってできるのさ!」
ホルストは相変わらず、私がすごいと思ったこと以外を自慢してくる。いやすごいよ? それもすごいけど、でもさぁ!
「ふむ。さすがだな。上下二属性は、自分の周囲からも発現させられると聞いたことがあるが・・・・。ホルストの奴、いつのまに頭上に発現できるようになったんじゃ?」
おじい様がつぶやく。私が知りたいことを教えてくれるなんて、さすが年の功!
「いけ! サチャーレン!」
ホルストの頭上の魔力の塊がはじけて四方に広がっていく。そして私に当たると、いきなり体が重くなった。
魔力がうまく練られない。これは、私の身体強化が無効化されたってこと?
「ほう。魔力を引きはがす闇魔法か。すばらしいの。イーダが教えたのか。やはり闇魔法は奥が深い」
おじい様がしきりに感心している。いや、感心している場合じゃないんだって!
くっ! 体が重い! 体を強化していた無属性魔法が一瞬で解除された。体の中も外も同時に解除するだなんて。
「はあああああああ!」
私はもう一度、身体強化をしようと試みる。だけど、無属性魔法を一時的に発動させられても、それを定着させることはできなかった。なんで!?
「ふっ。この魔法は魔法を解除するだけじゃない! 一度発動したら、僕の周りでの魔力構築を阻害することはできないのさ! そして次はこれだ! ダンケヘイト!」
ホルストが右手から黒い靄を発射する。私は避けられなかったんだけど・・・。
「?? なんかやった?」
私に特に変化はない。私は首をかしげると、ホルストも同時に戸惑った様子だった。
「あ、あれ? この魔法で視界を奪うはずなんだけど、効果がない?」
おじい様がため息交じりに解説する。
「闇魔法の中には重ねがけ出来ない魔法も存在するんじゃ。魔力の残滓同士が、反発することもあるからの。魔力を解除する魔法と暗闇を与える魔法は、同時には与えられないということじゃな」
あ、そうなのか。闇魔法って奥が深いよね。
「ま、まあ身体強化が使えないなら勝負は決まったな! 一度この魔法を発現したら、僕の周りでは身体強化を使えない! 少しは反省してもらおうか!」
くっ、暗闇の魔法は効かなかったけどどうやらホルストの近くでは、身体強化は使えないみたいらしい。外からの魔法も無力化できるならすごい効果だよね!? 重ねがけできないにしても、他の魔導士と連携できれば相手の守りを確実に削ることができる。
でもホルストはやっぱりホルストだ。自分の周りにしか効果がないなんて、この場で言ったのは失言だったね。
「はあっ!」
私は後方に素早く飛びのく。あまりの素早い動きにホルストは反応できないようだった。
私は魔力を集中する。うん! ホルストから遠ざかれば、身体強化を使うことができる!
「ふっ。確かにその位置なら魔力は練られるだろうね。だけど、遠距離攻撃ができない君に、そこから何かできるのかな。でも僕なら、身体強化を使いながらでも」
そう言うと、左手を木刀から話して土魔法を放つ。身体強化用に魔力濃度を薄くしているから、土礫には硬度がない。まるで泥のような礫だが、これを顔に受けたら目や鼻がふさがってしまう! 私は慌てて横に飛んで土礫を避けた。
「皆の者、今のを見たな。内部の身体強化用に魔力を薄めたら、色の濃い魔法を放つことはできん。属性魔力全体が薄くなってしまうからな。だが、魔力の色が薄いからと言って使えぬわけではない。ホルストが今行ったように、牽制や補助には十分なんじゃ」
おじい様がホルストの戦法を評価した。ホルストがニヤリと笑ったのが見えた。くぅ! 調子に乗ってくれちゃって!
ホルストの実力は本物だ。簡単に倒せるとは思わなかったけど、まさかここまでだなんて!
でも、示巌流にはここからお前を倒す技だってある!
「きええええええええ!」
私は一吠えして魔力を展開する。ホルストの周りに行っても一瞬で魔法が解除されるわけじゃない! 走・攻一体となったあの秘剣なら、ホルストに一撃を与えることだってできる!
私は足に魔力を展開する。そして、ホルストの土礫を避けながら一瞬で間合いを詰めた。
「なっ! 速い!」
ホルストの顔が驚愕に見開かれる。魔力を引っぺがされる前なら、秘剣だって放てるんだ!
私は剣を横凪に振るって、ホルストの木刀を両断する。
「秘剣。鴨流れ」
ホルストの横を通り抜けた私は、残心の構えでそっとつぶやいた。ホルストは茫然と、両断された木刀を見つめる。
「それまでだ。勝者、ダクマー」
おじい様が厳かに戦いの終わりを宣言した。
◆◆◆◆
ホルストは強敵だった。あの闇魔法の謎が分からなかったら、負けていたのは私かもしれない。
茫然と、木刀を見つめるホルスト。次第に目を潤ませる。
「うううう、うわああああああ」
ホルストはいきなり大声をあげて泣き出し、そして道場の外へと走り去っていった。
「ホ、ホルスト様ぁぁ」
護衛のヤンが慌ててホルストを追いかけていった。
「本来なら、戦いを終わった後の礼があるんじゃが・・・・。今回は許してやってくれ」
おじい様が気まずそうにつぶやいた声が印象的だった。
「で、でもさすがお姉様です! あのホルストお兄さまに一瞬で近づくなんて! 全然見えなかったです」
アメリーが残念な空気を振り払うかのように私をほめてくれた。
「う、うん。これは迅速に相手に近づいて胴を払う秘剣なんだ。居合なんかにも応用できるんだよね」
私が照れながら答えると、アメリーは興味を持った様子だった。
「居合・・、ですか。それはどんなものなんでしょうか」
あ、こっちの世界には居合抜きなんてないんだった。私はしどろもどろになりながら、アメリーに居合抜きについて説明するのだった。




