第391話 世界樹の精 エルメンヒルデ ※ エレオノーラ視点
全輪を少し修正しました。狢化かしの説明を少し追加しています。
※ エレオノーラ視点
「アマ―リア! ねえ速く! 世界樹が! 王国の魔法使いに!」
「あなた、何を言っているの? 私はアマ―リアじゃない! 世界樹を破壊しに来たのよ!」
私の手を引こうとする少女に、私は抵抗した。
「エレオノーラ様! 世界樹がついに!」
オリヴァー様が窓の外を指さした。少女のことは見えないようだったが、異常事態を見つけてすぐに知らせてくれた。
外を見ると世界樹が燃え上がっていた。おそらく、ラーレ先輩とハイデマリー様がやってくれたのだろう。
「ああ! そんな! あの炎の巫女のせいなの!? 私は、間に合わなかったというの?」
燃え盛る世界樹を見て少女が泣き崩れた。ちょっと、いやかなり痛ましかったけど私は思い切って彼女の名を呼んだ。
「ヨーク公国7代国王リチャードの姪、オットーの第4女、エルメンヒルデ」
少女は弾かれたように私を見た。その顔は、驚きと恐怖に彩られていた。
「私もあなたのことを調べたのよ。顔立ちがヨーク家の王族のそれだったからね。7代公王、リチャード王の時代のこと。当時起きたとされる簒奪劇。反乱に失敗した王弟のオットーの一族は皆殺しの憂き目にあった。その中には1人の少女が含まれていた。当時まだ10歳だったエルメンヒルデ王女もね」
王位の簒奪を試みたオットーの連座となったエルメンヒルデは、聖剣によって斬首されたと聞く。その魂を世界樹が吸収し、世界樹と親和性が高かった彼女が、世界樹の精として働くことになったのではないかというのが私の予測よ。
彼女は土の資質が高い人にしか見えない。歴代の土の巫女といえど、彼女を見られる人は一握りだったのではないか。だから正体が露見しなかった。私はアマ―リアの血が濃いから見えたようだけど、それだってかなりのレアケースだろう。
「貴女は死の瞬間、こう願ったんじゃなくて? こんな世界なんて滅んだほうがいいって。人間なんて、一人残らず死んだほうがいいって」
わずか10歳の少女が理不尽に殺されるときにそう思ったからと言って、誰が攻められるというのだろうか。人間の勝手な理屈で幼い命を消されてしまった彼女に、何を言えるというだろうか。
「疑問だったのよ。以前からずっと公国と歩み続けてきた世界樹が、なんで急に人間を滅ぼそうとしたかをね。きっと世界樹は、聖剣を通じてあなたのような絶望の声を聞き続けてきた。そして自らが人間に滅ぼされそうになった時、人間と決別することを選んだのではないかなって」
世界樹は人の魂を吸収してきた。経験も知識も、その今際の声も全部。反乱を犯した人や犯罪者、理不尽に処刑された人の最後を受け止めるということは、憎悪や慟哭を全て受け止めるということでもある。だから聖剣によって魂を吸収するたびに、世界樹は少しずつ歪んでいったのかもしれない。
「だったらどうなの! 私だって、友達と笑いあいたかった! いろんなことを勉強して、いろんな人と会いたかった! 恋だってしてみたかった! でも現実は、ずっと暗い牢屋に囚われたままだった! そして牢から出されたかと思ったら、最後は斬首よ! そんな状況で、あなたは誰も恨むなというの!」
少女は、エルメンヒルデは涙ながらに叫んでいだ。おそらくこの子の最後の叫びは世界樹と人間を敵対させる一因になったのだろうけど、私にはそのことを責めることなんてできない。
「ねえ。あなた、うちの領で仕事をしてみる気はない?」
エルメンヒルデが目を見開いた。
「私の領にも世界樹はある。知ってるでしょう? あなたと初めて会った、あの場所のことよ。そこであなたが世界樹の精として働いてくれるなら、あなたをここから連れ出してあげるわ。あなたは長いこと世界樹の精として動いてきた。世界樹からくするを作り出す術は持ってもっているんでしょう?」
私はそっと土星の杖を突き出した。
「ずっと疑問だったのよ。フューリーさんはバルトルド様を世界樹のポーションを使って癒したけど、それってどうやって手に入れたのかなって。世界樹産のポーションが出回ったのはもう100年も昔のこと。いくら強力な薬だからって、100年も性能を維持する薬なんてありえない。おそらくあれは、オスカーたちこの島の人間が独自に作り出したものだと思うわ」
エルメンヒルデが戸惑ったような顔で私を見ていた。
「このままだと、世界樹の薬を作れるアルプトラウム島の人間たちに、私たち東の貴族はとってかわられてしまうかもしれない。なにしろ私たち東の貴族は、薬を作ることでのし上がってきたのだからね。同じ分野で、さらに高性能な薬を作れるこの島に、権威を奪われてしまうかもしれないの」
エルメンヒルデが私をにらみつけてきた。
「私を使って、世界樹の薬を再現させようというの? なによ! あんたたちも一緒じゃない! 私をまた利用しようとするつもりでしょう!」
指を突き付けてくるエルメンヒルデに私は朗らかに笑いかけた。
「違うわ。これは正当な取引。あなたは世界樹が滅んだ後も生き続けられる。私たちはあなたの力を使って霊薬の性能をさらに高められる。私たちも、世界樹に死者の魂を吸わせたり地脈と融合させたりというリスクは負いたくないからね」
エルメンヒルデは悔しそうな顔で私をにらみ続けた。
「どうする? 私は正直どちらでもいい。あなたが力を貸してくれないのなら別の手を探すまでのこと。私たちがオスカーたちにとってかわられるとは限らないからね。決断するのはあなたよ」
私は再度、土星の杖を彼女に突き付けた。この杖の力を使えば、エルメンヒルデの魂を東の桜まで運ぶことは可能なはずだ。そこで研究を進めれば、さらに効能が高い霊薬を作ることだって不可能ではない。
ゲームでは、私は最後に闇魔のもとへと向かう裏切り者になっていた。もしかしたら、この行動はほかの貴族たちにとって裏切り者ととられるかもしれない。でもダクマーなら「エレオノーラらしいね」と言ってくれるだろう。それどころか、きっと私の味方をしてくれるに違いない。
「あなた・・・。やっぱりアマ―リアじゃない。アマ―リアはそんなこと言わなかった。彼女は、ずっと私にやさしかったんだから」
懊悩するエルメンヒルデに、私は杖を突き付けながら微笑みかけるのだった。




