第361話 シュテファーニの違和感
私たちは、執事の案内でアウグスト様の部屋に連れられた。部屋の中は意外と広く、私たちは待合室みたいなところに通されてアウグスト様の到着を待つ感じになったんだけど・・・。中はソファーがいくつかあって、結構広くてゆったりとできるんだよね。
アウグスト様はまだいない。戦後処理とかいろいろしているらしいけど、詳しい状況は分からない。まあ、私たちは卒業して間もないという若手ばかりだから、こんな時にできることはあんまりないんだけどね。
「オティーリエ。大丈夫かな。マリウスが診ているからその点は安心だけれど・・・」
「彼女が使った魔術って、たぶん先代聖女が使ったとされるあれよね? 魔王との戦いでも使ってたけど、あれで亡くなった人もいるんだからちょっと心配だわ」
倒れたオティーリエはマリウスが介抱しているらしい。じきに目を覚ますだろうって言われてるけど、どうなることやら・・・。
「あれだろ? ヘリングの麒麟児がついてるなら大丈夫じゃねえか? 光魔法のことはよく分かんねえけど、案外ケロッとして戻ってくるんじゃね」
マンフレートさんがあっけらかんと答えた。まあ、一般の魔法使いなら、光魔法に着い手の知識がないのは仕方のないことなんだけどね。
ちなみに、この場に呼ばれたのは私とラーレ、そしてエレオノーラとホルストに加え、ハイデマリーとギルベルト、ヴァンダ先輩とオリヴァーなんかもいたりする。貴族だけだけど結構大人数だ。学生時代の友人以外はマンフリートさんだけだったりするんだよね。
◆◆◆◆
しばらく、時間だけが過ぎていった。
私たちは執事さんの指示に従い、ソファーに座って待ってたりすんだけど・・・。
「嬢ちゃんたちも大変だな。卒業前か、その直後に出征が決まっちまうなんてよ。まあ、お前たちも生き残ることを第一に考えるんだぞ。俺の孫よりかなり若いんだからな」
心配そうに語るマンフレートさんに、私は浮かない顔で頷いた。この人も私たちを心配してくれるようだけど、戦いで犠牲になってるのは私たち世代だけじゃない。ラーレと同世代の人の戦死も聞いたことがあるし、何よりおじい様も負傷中だ。まだ意識を戻したという報告は届いていないのだ。
「ああ。そうか。バルトルドの奴はまだ負傷してるんだったな。心配すんなよ。俺たち世代はしぶといんで有名なんだ。戦いが落ち着くころには元気な面を拝ませてくれるはずさ」
マンフレートさんがつまみを食べながら答えてくれた。私も出されたお茶請けを突きながら頷いた。
そうやって雑談に興じていると、執事の人が恭しく一礼してきた。
「失礼いたします。私共の主人。アウグストの準備ができました」
その声を聴いて私たちは慌てて立ち上がった。マンフレートさんはなぜか余裕の表情でよっこらせとゆったりと体を起こしている。
部屋に入ってきたのはアウグスト様だけじゃなかった。その後ろにはマリウスと、青い顔をしたオティーリエが従っていたのだ。彼らの護衛をしているのは、ディーターさんか。この人もアウグスト様の後ろを歩いているためか、なんか緊張しているような顔をしている。
「待たせたな。意外と事後処理でやることが多くてな。まあ、ちょっと楽にしてくれ」
アウグスト様は私たちに声をかけると、自身もゆったりとソファーに座った。
私たちはどうしていいか戸惑っていると、マンフレートさんが遠慮なく座りだした。
こういうとき、先輩がいるとやりやすいよね。私たちも彼に続く感じで席に着いた。マリウスたちも私たちのそばに座り込んでいる。
「さて、襲撃はあったが我々のやることは変わらない。むしろ、一刻も早く闇魔を殲滅せねばと気を改めたよ。やつらは土の闇魔でも地脈を飛ぶ術を考え付いたらしいからな。今はまだ近くの地脈にしか飛べぬようだが、火の闇魔の例を見ると、王国の地脈に飛べるようになる日も遠いことではないやもしれぬ」
そういやそうだよね。ちょっと前まで転送手段は炎渡りしかなかったはずなのに、いつの間にか土の闇魔も転移できるようになっている。それに思い返すと、炎の闇魔でも最初は遠くまで飛べなかったはずなのに、最近では王都まで転移した闇魔も少なくなかったよね。
「今ならまだ、遠くに飛ぶことはできんはずだ。今回の襲撃も、公都のここから個々の地脈に飛んだのではないかと思う。ここの地脈に闇魔が接触した跡があったからな。王都への強襲を防ぐためにも、我々は奴らを一刻でも早く打たねばならぬ」
力強く語るアウグスト様に応えたのはマンフレート様だった。
「まあ、王国が危機感を覚えるのは分かります。我々も一刻も早く闇魔を討伐せねばと思ってますがね。しかし、世界樹を焼くってのは尋常ではありません。今はともかく、昔はあの木からかなりの薬が作られたって話じゃないですか。世界樹を解放してその利権を手にしたいと考える貴族は少なくないんじゃないですか?」
どこか面白がるように言うマンフレートさんに、アウグスト様は鋭い目を向けてきた。
「これは秘中の話だが、我らの調べでは世界樹こそが闇魔を生み出したことが判明している。過去の話などを総合すると、世界樹を倒さぬ限りは闇魔を仕留めることはできぬ。この暴挙を止めるためには、一刻も早く世界樹を破壊せねばならぬのだ」
マンフレートさんは驚いて思わずエレオノーラを見た。エレオノーラは悲しそうにそっと頷いた。
「我らロレーヌ家の調べでも同じ結論に達しましたわ。この島を解放するには、世界樹を破壊するしかない。我々東の貴族は、世界時を破壊するという王家に従う所存です」
たおやかに答えるエレオノーラに、マンフレートさんは絶句した。マンフレートさんは溜息を吐くと鋭い目でアウグスト様を見返した。
「本気、なんですね? 世界樹教徒は数を減らしたとはいえ、まだその加護を信じる者は多い。そう言った人たちを敵に回してでも、王家は事を成そうというのですね」
アウグスト様は決意を込めたように宣言した。
「ああ。これクローリー王家の総意である。必ず世界樹を破壊し、この地に平穏をもたらすとな。幸いにも世界樹を破壊する方法は存在する。フランメ家が力を尽くしてその方法を探っていたからな。バル家の末裔も、どうやら力を貸してくれるとのことらしい」
バル家の末裔って・・・? と考えて、思い出した! 確かお菓子の叔母さんってバル家から嫁いできたんじゃなかったっけ? バル家は今は元分家だったランケル家に吸収されたらしいけど、一応その秘術はラーレやホルストにも伝わっている。だってラーレのあの魔法って、明らかに闇魔法を使っている痕跡があるからね。
「星持ちたるヴォイルシュ家のマンフレートにはビューロウ家への援護を頼みたい。おそらく、そこのダクマー・ビューロウの力なくしては世界樹に辿り着けぬ。我々が闇魔と戦い、その間にビューロウを中心とした戦士たちが世界樹を攻撃する。この連携で、世界樹を何としても破壊するのだ」
言葉に力を籠めるアウグスト様に、マンフレートさんは思いっきり頭を掻いた。
「いや、そうは言うが、ちょっと難しいと思います。最大の問題は、我々にはビューロウの英雄の援護は難しいってことです。殿下もシュテファーニエとこの娘の戦いは見たでしょう? すさまじいスピードで、誰も付いていけないほどだった。俺たちはロクな援護を行えませんでした。付け焼刃でビューロウの英雄を援護することはできない。特に相手が優秀なら、むしろ足を引っ張ってしまうんです」
マンフレートさんは悔しげに言うとエレオノーラを見つめ返した。
「嬢ちゃんの援護をするなら、学生時代からこの娘を知ってる人間じゃないと難しい。幸いなことに、こっちにはロレーヌ家の娘を始め、ビューロウの英雄と一緒に戦ってきた貴族も多いのでしょう? そいつらと組ませたほうが、その娘たちの生存率を高められると思いますぜ」
アウグスト様は溜息を吐いた。
「他の者が同じことを言ったら怯懦にまみれたと思っただろうが、ほかならぬマンフレートの言葉なのだな。父上から貴公の助言は素直に聞く方がいいと言われている。うむ。どうすべきか。貴公らとビューロウの英雄がともに戦っても力を発揮できんとは・・・」
沈黙が落ちた。さすがにここに来て、マンフレートさんらの援護がないのは厳しい。
そうした中で沈黙を破ったのは、エレオノーラだった。
「あの・・・。こんな時に言うのは何ですが、私が気になったのはシュテファーニエの動向です。彼女はなぜ、この地に来たのでしょうか。彼女がアウグスト様の命を狙ってきただけとはどうしても思えないのです」
うん。私も分かるよ。私たちの調べでは、シュテファーニエは世界樹の支配を逃れるためにもがいているはずだ。それなのに、単にアウグスト様の命を狙ったというのには違和感がある。
それに、気になったのは途中のセリフだ。彼女はアマ―リアに対する不満を口にしたけど、あれって嫉妬ではないだろうか。
七つの大罪の一つ、嫉妬。
そのことを発現することで支配を逃れようとしたのなら・・・。
「彼女は歌にこだわっている気がしました。もちろん、あの歌が呪歌で、オークたちを強化していたのは間違いないでしょう。ですが彼女の狙いがそれだけとはどうしても思えないのです」
アウグスト様は顎に手を当てて考え込んだ。その反応に確信する。やっぱり王家って、過去のことがかなり正確に伝わってるね。一笑に付すようなエレオノーラの言葉を、アウグスト様は真剣に考えこんでいるんだから。
「? 闇魔はこちらを害するもんだろう? シュテファーニエがこちらに敵対するのは不思議でも何でもないと思うが?」
マンフレートさんは困惑した様子だった。まあそうだよね。普通の貴族にとって、闇魔は人間に仇成す凶悪な敵なのだから。
「あ、あの! よく分からないですが、シュテファーニエの歌で、確かに気になったことがあるのです」
そう言って挙手したのはオリヴァーだった。
「私は両親世代が帝国に住んでいた亡命民です。おそらくですが、シュテファーニエが歌っていたのは帝国の庶民の間で歌われていた曲だと思います。私の母が、よく口ずさんでいた歌にそっくりですから。ですが、歌詞に少し違和感がありました。私が知っている曲とは明らかに違うのです」
そうなの? でも、歌詞の内容が違うのは、よくあることなんじゃないかな。シュテファーニエが活躍していたのは100年も昔のことなんだから。
「歌詞の違いがかなり微妙なことでして・・・。夏というべきところを秋といったり、3時というはずのところを8時と言ったりで・・・」
「え!?」
オリヴァーの言葉に反応したのが我らが姉貴分のラーレだった。ラーレは注目されて焦った様子だったが、おずおずと自分の考えを言い出した。
「あ、あの・・・。もしかしたら、歌詞が違うところに何か意味があるのかもしれません。支配の影響下にあるシュテファーニは、自由な発言もできないのかもしれない。私たちに与するような発言にはブレーキがかかるのかも。だから、歌の内容を暗号にしたとしたら! もしかしたら、私たちが世界樹を攻撃するためのヒントが隠されているかもしれないのです!」




