第353話 世界樹の影 ※ レインカネル視点
レインカネル視点
城の寝台の上で、ワシはそっと目覚めた。
「起きたか? まだ寝ててもいいのに・・・。疲れただろう? なんでも、ビューロウの狼たちと戦ったとか。あいつら、こっちの魔力障壁を突き破ってくれるからな。お前も苦戦したんじゃないか?」
ワシに優しく語りかけたのはファニーーシュテファーニエだった。
「ああ。ナターナエルたちを倒したという剣士に会ってきたよ。あのダーヴィドの子孫というが、それよりも・・・。フフフ。まさかワシが作った剣術が、何百年もあとにも続いているとは思わなんだ。ワシの流派があんなに長く続いておるとは、剣士として冥利に尽きるわ」
ファニがきょとんとした顔になった。
「え? お前、ダーヴィドの末と会ってきたんじゃねえのかよ? あいつの血を引く子孫がここまで攻め入ってきたと聞いてるぜ? 親父もそいつに倒されたって話だし」
ファニの問いにワシは喜び勇んで答えた。
「まあ、サーヴィ度の子孫でもあるようだがな。どうやら王国にはワシと同じ示巌流の使い手がいてな。その娘が、かなり奮闘してくれておるのよ。その娘がランドルフ様たちを解放し、ワシらの首をも狙っておる。フフフフ。上手くいけば、ワシらを解放してくれるやもしれぬ」
上機嫌で報告すると、ファニは困ったような、それでも嬉しそうな顔になった。
「なんか、ダーヴィドの子孫とはいえ他人に頼るしかないのは情けない気もするけどな。こんだけ長く生きても、あいつらの支配を解く手段なんてほとんどないし。あたしらも抵抗したけど、結局操られてしまっちまったし・・・」
肩を落とすファニをそっと抱きしめた。
「すまぬな。ワシがふがいないばかりに、お前には苦労ばかりかけてしまった。だが奴らもかなり追い詰められている。天敵ともいえるアレクシスたちを蘇らせるまでにな。ふっふっふ。あいつがスクラム・エッセンを呼び出したときの奴の顔は見ものだったわい」
愉快気に語るワシに、ファニは苦笑したような顔になる。
「でも、あれだろう? 確か、アマ―リアの子孫もこっちに来ているとか。その子が手に入ればあいつらが必ず勝てるとか言ってたぜ?」
「ああ。それはワシも聞いた。それに、奴らがアレクシスを復活させたことも、何やら大きな意味があったとも。ヨルンの代わりをできる人材が見つかったとか・・・」
ワシの言葉に、ファニが苦笑した。
「ヨルンか・・・。懐かしい名だよな。あいつ、普段は飄々としていたくせに、いざとなったらあたしたちに味方してくれたりな。なんだかんだでアイツと話すのは楽しかった。アマ―リアが少しずつ惹かれていったのも分かる気がするよ」
「無属性魔法を教えてくれるときに契約書を渡されたのには面食らったがな。だが、あいつのおかげで強くなれたのには本当に感謝しているよ。なんだかんだで約束をきちんと守る男でもあった。奴をこの島から逃がすことができたのは、ワシの数少ない功績だったと思っているよ」
ふと、あの夜のことを思い出した。
王国の料理に舌鼓を打ちながら、いろんなことを語り合った。
ラルスが夜空に花火を上げてくれ、ワシらはみんなでその花を見つめていた。
あの夜のことは忘れられぬ。あの日があったからこそ、ワシらは自分を見失わずに今日まで生きてこられたのだ。
ワシらが思い出話に花を咲かせていると、誰かが部屋に入ってきたのに気づいた。
とっさに振り替えると、あの忌まわしき世界樹の精が微笑みながらワシらを見上げていた。
「楽しそうな話をしているのね。私も混ぜてくれない?」
親し気に語り掛けてくる少女を睨みつける。ファニなど、今にも飛び掛からんばかりに棒を構えている。
「ちょっと疲れたのよね。せっかく手先にした帝国の将軍様も、誰かさんに簡単に斬られちゃうし。復活の儀式だって楽じゃないのよ? 魂の器があったって、楽じゃないんだから。しかもあいつは生前に神鉄の武具を使ってたわけじゃないから、魂を繋ぎ止めるのも難しかったのよ?」
少女はワシのベッドに勝手に身を投げ出した。
でも次の瞬間には上体を起こすと、はじけるような笑顔で私たちに笑いかけてきた。
「でもね。うれしいこともあった! あのアマ―リアのそっくりさん、絶対確保しなきゃと思ったんだけど、それも必要ないかもしれない! アレクシスの阿呆、あいつをうまく使えばヨルンの代わりだってできる! ヨルンやアマ―リアなしでも、私たちを育てることができるのよ!」
少女の笑顔に、ワシは不安を感じた。
こやつ! 何を考えておる! アレクシスを使って何をしようとするのか!
「でも、王国はちょっと厄介なのよね。なんか手勢を率いてこっちに攻めてきているし。あいつら、本当に調子に乗ってるんだから。一度、きちんと釘を刺さないといけないかもね」
そう言うと、暗い笑みを浮かべてファニを見た。
「ねえ。土の四天王のシュテファーニエ。あなたの出番よ。四天王と呼ばれた者たちの中で最強と言われたあなたに働いてもらうわ。ああ。もちろん拒否なんてさせない。あなたの力を持って、王国に目にものを見せてあげてね」
怪しく光る目で見つめてくる少女を、ワシらは睨むことしかできなかった。




