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転生少女は色のない魔法で無双する  作者: 小谷草
第6章 色のない魔法使いとヨルン・ロレーヌの回顧録
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第352話 ヨルン・ロレーヌの追憶28

ヨルン・ロレーヌの追憶28


 隠し通路を抜け、外に出た私たちは港町へと向かった、そこで、アル殿下たちと合流する手はずになっているのだが・・・。


「ラルスの奴、遅いな。ダーヴィドが迎えに行ったというのに。そろそろ戻ってきてくれると嬉しいのだが」

「うむむ。やはり私は殿下のそばに侍るべきだったか。何と命じられても、あの場に残るべきだったのやもしれぬ」


 私の隣でバル侯爵が懊悩している。やはりある殿下の安否が気になるのか、しきりに心配事を漏らしているのだ。


「こ、侯爵様! あれを! 殿下たちとダーヴィド様ではないでしょうか!」


 バル侯爵の側近が叫んだ。私も慌ててそちらを見ると、アル殿下がエデルガルドと一緒にこちらに歩み寄ってきているのが見えた。


 ん? アル殿下の隣にいるのはラルスとダーヴィドか? やはり無事だったようだが、どこか元気がなさそうなように見える。 


 バル侯爵が年に見合わぬ素早さで殿下たちに駆け寄った。私はあっけにとられつつも、慌てて侯爵の後を追った。


「殿下! ご無事ですか!? お怪我はありませぬか?」


 バル侯爵が叫び出した。


「ええ。ランドルフ様やエデルガルド様のおかげでなんとか。ですが・・・」


 力なく答える殿下に、私は思わず周りを見渡した。隣を歩くエデルガルド様はどこか消沈している様子だった。一緒にこちらに向かったはずのランドルフ様の姿も見えない。


 私は嫌な予感がして、おずおずとラルスに尋ねた。


「ラルス。ランドルフ様は・・・」


 ラルスは静かに首を振った。そして何かをこらえるかのように下を向き、拳を握り締めながら報告してくれた。


「ランドルフ様は、追手を振り切るためにおとりになって・・・。『どうせ自分は長くはない。一人でも多くの人を救うためだ』と言って・・・。護衛のナターナエルはついさっき、世界樹の魔物から我らを逃がすために・・・。ダーヴィドが駆けつけてくれたが間に合わなかったようなのだ」


 珍しいことに、ラルスが落ち込みながら答えた。私も2人の最後を知って、下を向いて唇をかみしめた。


「二人とも、無事で何よりです。アマ―リア様は?」

「彼女は、町の宿で休んでおります。公王や護衛たちの死を知ってかなり落ち込んでいるようで・・・。生き残りの護衛が守ってくれていますが、世界樹の苗木を持って消沈しています」


 町に戻ったアマ―リアは、すっかり落ち込んでしまっていた。ハイノ少年が持ち出してくれた苗木を持ち、何やらぶつぶつとつぶやいている。私も何度か声を掛けたが、返事は何もないようだった。


「殿下! 殿下ー!!」


 私たちがお互いに現状を報告し合っていると、東のほうから声が掛けられた。そこには、王国の兵たちの一団が急いで駆け寄ってきたところだった。


「殿下!! ご無事でしたか! このツェーザルが参りましたからにはご安心を! 王国に戻るまで、万全の状態にいたしますからな!」


 馬を走らせた将官――ツェーザルが下馬して素早く一礼した。


 アル殿下は私たちを手で制すると、ツェーザルに近寄っていく。


「ツェーザル。ご苦労だったな」

「はっ! 殿下が襲われたと聞いて慌てて駆けつけてきた次第です! 東にはユリアン・ロレーヌめも来ていたようですが、何やらもたもたしている様子で・・・。まったく! 公爵家ともあろうものが聞いてあきれますなぁ」


 ツェーザルは私をいやらしい目で見てきた。


「まあ、ロレーヌ家にはロレーヌ家の要件というものがあるのだろう。それよりも・・・」


 アル殿下が何か命じようとしたその時だった。一瞬の間にツェーザルの部下らしき男がある殿下に近づいて、その首に剣を突きつけたのだ。


「動くなよ! 殿下の命がどうなってもいいのか! おっと、殿下はこのまま来てもらおうか! 命が惜しくばこちらの言うことを聞くのだな!」


 ツェーザルは嬉しそうに笑っている。


「ふふふ! 王家の者が情けない! ロレーヌもバルもなんということはないな! こんなに簡単に、殿下のお命を狙えるとはな! 動くな! 動くんじゃないぞ!」


 溜息を吐いたのは、アル殿下だった。


「愚かな。王国は魔法使いの国ぞ? この程度で、私の首を取れると本当に思っているのか」


 ツェーザルが驚いた一瞬のスキだった。アル殿下は男の懐に素早く移動すると、掌底を放って打撃を与え、男の武器を奪い取った。そして奪った剣を、ツェーザルののどに突き付けた。


「鍛え方が足りぬな。そもそも、世界樹どもとの会話から王国側に裏切者がいる可能性は考えていたよ。ロレーヌもバルもフランメも、裏切った様子は見られなかった。彼らが裏切っていたのなら、もっと私に大打撃を与えられていたはずだからな。とすれば、ということよ」


 冷静に話すアル殿下に、ツェーザルは驚愕の表情のまま固まった。


「お、おい! このままじゃあ、俺たちは反逆者として始末されちまうぞ! なに、あいつらは少数なんだ! このまま襲い掛かっちまったら・・・」


 ツェーザルの部下はそれ以上言葉を続けられなかった。ラルスが放った炎に、簡単に撃ち抜かれてしまったのだから。


「ふむ。若いのは燃やし甲斐があってよろしい。あの老婆、枯れ木のようだったくせに燃やしても燃やしても復活してきおったからなぁ。まあ、しまいには終わりにしてくれと頼んでくる始末だったが。ふん! 死にたいのならさっさと消滅すればよいものを!」


 ラルスがひげをいじりながら言い捨てた。


「それよりも逃げなくてもいいのか? 吾輩たちの援軍が、近づいてきているようだが?」


 ラルスの言葉に男たちは慌てて後ろを振り向くと、騎馬に乗った多くの兵士たちがこちらに向かって駆け寄ってくるところだった。


「兄貴ー! 無事っすかー!! 敵を逃がすなよ! ロレーヌに逆らう愚かさを、見せつけてやるっす!」


 一団を率いていたのはユリアンだった。兵士たちはユリアンの命令に従って一団に一斉に襲い掛かった。

 

 こうして、ツェーザルの一団の反乱ともいえぬ戦いは、あっけなく幕を下ろしたのだった。


◆◆◆◆


「さてツェーザルよ。何か申し開きがあるか?」


 アル殿下が聞くと、ツェーザルはあからさまに動揺した顔になった。


「ふん! 情報を言わんというならそれでもいい。殿下。少数でいいので吾輩に捕虜を任せてくださいませぬか。ちょっと試してみたい尋問方法があるのです」


 ラルスがニヤリと笑うと、ツェーザルの部下はあからさまに動揺した顔になった。


「ま、待ってくれ! フランメ家の拷問ってまじでヤバイ奴じゃないか! 何人も壊されたって聞いたぞ! お、オレはマジでカンベンだからな! い、言うから! お、オレ達が帝国の奴らに抜け道があることを話したんだ! 寺院から、城に抜ける隠し通路もあるってな!」

「てめえ! 抜け駆けしてんじゃねえ! オレもアレクシスって奴に言われたんだ! 王国のクーデターに合わせて動けってな! 王国の中央が混乱しているタイミングなら逃げることも難しくないだろうってな。これだけ話したんだ! 俺だけは助けてくれよ!」


 うん? クーデター? 何のことだ?


「あ、兄貴! エーミールさんから連絡があったんっす! やばいっすよ! 王国で大変なことが起こったんっす!」


 ユリアンが詰め寄ってきた。


「なんだと? エーミールは無事なのか? こっちでも大変なことがあったのに、それと連動するようなことがあったとでもいうのか?」

「そ、そうっす! 王都でクーデターが起こったらしいっす! エーミールさんも今は隠れて過ごしてるって・・・。え? やっぱりこっちでもやばいことが起こったんっす?」


 ユリアンの疑問に、私は簡単に情報を伝えることにした。


「ああ。儀式に帝国兵が乱入してきてな。そのせいで世界樹が、我々の敵になって、死霊のようなものを使って襲ってきたのだ。あれを燃やそうとしたラルスが狙われてしまっていて・・・。世界樹の魔力障壁を破らねばと思うのだが・・・。やはり色か? もっと色が濃くなければ燃やせないのか? 諸刃の剣やもしれぬが、色を濃くするための研究を続ける必要があるということか・・・」

「いや、そんなこと健闘している暇はないっすよ! くっ! 帝国の奴ら、まさか王国での動きも掴んでたってことっすか? そして邪魔されないようにこっちでも動きだしたとか? え? やばくない? 王国も公国も、これかなりまずいんじゃないっすか?」


 ユリアンが激しく動揺し出した。


 動揺したのは彼だけではなかった。


「な、何を言っておる! 王都でクーデターだと!? 陛下は!? 国王陛下はご無事なのか!?」


 ユリアンに詰め寄ったのはバル侯爵だった。肩をゆすられたユリアンは、彼のあまりの剣幕に目を見開いている。


「え? あ・・・。おれっちも詳しいことは分からないんすけど、エーミールさんからの便りによると、反乱軍は王都に攻めよってきたみたいなんす。国王陛下や王太子を含む王族は何人もやられてしまったようで・・・。いや、詳しいことは知らないんすけどね!」


 バル侯爵は茫然とすると、ゆっくりとユリアンの方から手を離した。そして一礼すると、すぐに人影がないところに駆け寄っていく。おそらく、何らかの魔法で王都の知り合いから情報を得るつもりみたいだった。


「王都で、クーデター!? そ、そんなことが!? そんなことがあっていいはずがないでしょう!」


 アル殿下が茫然とつぶやいた。


 驚きを隠せない私に、ユリアンがそっとささやいた。


「おれっち、やっちゃったかも・・・。エーミール様の報告によれば、王弟ロタールによって王族はかなりやられちゃったらしいんすよ。王太子を守っていたバル家の子息たちは軒並み・・・。これってまずくないっすか? バル侯爵、大丈夫かな?」


 私は唇をかみしめた。


「ねえ、アル。王国で、クーデターが起きたって本当なの? アルも、王都に戻んなきゃいけないってこと?」


 エデルガルド様が不安そうな顔でアル殿下に尋ねた。


「い、いや・・・。わ、私は・・・」


 戸惑う殿下に、悲しそうな顔でエデルガルド様が語り掛けた。


「もし、クーデターが起こって、アルがその混乱を治められるなら、私たちのことは気にしないで、戦いに行かなきゃいけないと思う」


 驚愕するアル殿下に、エデルガルド様は言葉を続けた。


「私たちは王族なのよ。不自由せず、きれいな服で着飾って、おいしいものを毎日食べられるのはこういう時に何とかするためだと思うの。そして、私たちの力は自国の民のために使わなきゃいけない。だからアルは、すぐに戻って混乱を治めなきゃいけないと思う」


 エルデガルド様はそっと微笑んだ。


「私も、頑張る。正直、世界樹様が私たち人間と敵対してどうしていいかは分からないけど、一生懸命考えて、頑張って抵抗するわ! 私はこの国の王族だから! ランドルフ兄様も、それを望んでいると思うから!」


 アル殿下は、不安そうな顔でエルデガルド様に手を伸ばした。


「行きなさい。第4王子、アルヌルフ・クローリー。あなたの事情は正確なことは分からない。でも、クローリー王国の王族として生きることを選ぶなら、今は戦わなければならないと思う。クーデターが起こった今、あなたがこの地で生きていることにはきっと意味がある。ここには、ロレーヌ家やバル家、フランメ家といった王国でも有数の魔法使いが集っているのだから。彼らの力を借りられるなら、きっとできないことなんてないのだから」


 エルデガルド様の言葉に、アル殿下は伸ばしていた手を留めてしまった。


「エルデガルド・・・。すみません。あなたも大変な時なのに、私にはやらなければならないことがあるようです。こんな状態のあなたを残して王国に戻るのは心苦しいですが・・・」


 そんな彼に太鼓判を押したのはユリアンだった。


「大丈夫っす! エルデガルド様にはおれっちが手を貸します! だから殿下は、兄貴たちと頑張って王都の混乱を治めてほしいっす!」


 力強く語ったユリアンに、アルヌルフ殿下は目を見開いた。


「レク君・・・。アレクシスが作り上げたあのスクラム・エッセンは、公国の東側にたくさん巣くっているんっすよ! おれっちは、元友人の蛮行を止めるためにも、あの新魔法を広めて魔物を駆逐しなきゃいけないんっす。あの魔法で蟻を倒すまで、エルデガルド様をロレーヌ家が支援するっす!」


 ユリアンの言葉に、殿下は下を向く。そして呻くようにユリアンに言葉を掛けた。


「ユリアン・ロレーヌ・・・。エルデガルド様を、頼みます。私たちは、行かねばならんようです」


 そうつぶやくと、アルヌルフ殿下は顔を上げた。そして何かを決意したかのように、空を見上げた。


「ロレーヌ。フランメ。そしてバル。王国に戻りましょう。まずは、ウェルトダウムの地に向かいます。あそこで味方を作り、王都を取り戻すのです!」



◆◆◆◆

 

「兄貴。すまねえっす。でも、おれっちもこの国をほおっておけなくて・・・。世界樹の魔物とやらは分からないっすけど、あの蟻ならおれっちでも戦えるっす。少なくとも、あの蟻の被害が出なくなるまで、この国で戦いたいんっすよ」


 ユリアンが私に頭を下げてきた。こう見えて、正義感の強いユリアンのことだ。スクラム・エッセンに住民たちが襲われる現状に、耐えがたい思いをしていたのかもしれない。


「ユリアン。お前の戦いは私が支援しよう。お前たちが自由に動けるよう、ロレーヌ家として支援したい。私が、公爵位を継いででもな」


 ユリアンが驚いて私を見上げた。


「だが、その代わりに一つ頼みたい。スクラム・エッセンに襲われて家をなくした者や亡命を望む者は、すべてロレーヌ家の名において保護してくれ。特に、”緑の手”と呼ばれる者たちは何としてでも確保して、東に呼び込んでほしいのだ。彼らが研究にいそしめる環境は、私が必ず作るから」


 私は決意を込めてユリアンを見返した。


「世界樹の恵みを支持するものは王国にも多い。王国でも、ポーションなどの素材になる世界樹をあがめる声は大きいのだ。それを打破するには、世界樹なしでも人間たちは生きていけると証明する必要がある。私は東の総力を持ってそれを作り上げてみせる。そのために、この国で”緑の手”と呼ばれる技術者たちの力が必要なのだ」


 私はそっと、王城がある方向を睨んだ。


「見ていろよ、世界樹よ! 人間がお前の力など必要ではいことを証明してやる! そして必ずお前を倒してレインカネルたちを解放してやるからな! 何年たっても、必ずお前を倒してやる! このロレーヌ家が総力を上げてな!」


 私は思わず拳を握り締めていた。


「緑の手の中に栄光があるというのなら、我ら東の貴族がそれを奪ってやる! そして必ず、お前たちから友を救ってみせるからな! 必ず! 必ずだ!」


 澄み渡るような青空の下、私はこぶしを握り締めてそう誓ったのだった。

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