第35話 近隣領地とのお茶会
屋敷から戻るとちょっとした騒ぎになった。護衛の2人が倒した魔物が見つかり、この領に魔物が現れたことが明らかになったのだ。
私も事情を聞かれたが、「護衛の2人が頑張ってくれました! すごいです!」で誤魔化した。アメリーはちょっと納得していない顔をしていたけど、私に合わせてくれた。ごめんね、また裏山に行くときはついていってあげるからね!
ホルストは勝手に私たちの護衛を減らしたのがばれて、おじい様に叱責されていた。ざまぁ。
そして今までメイド一人しかいなかった私に専属の使用人が付くことになった。
私たちを護衛したエゴンの娘、コルドゥラだ。
彼女はうちの領ではちょっとした有名人で、剣の天才少女と言われている。おじい様は側近のいない私に娘を付けてくれたことに喜んだのか、やたらと彼と彼の娘を誉めていた。
「ダクマーお嬢様、よろしくお願いします」
頭を下げる彼女だが、目は笑っていない。時折鋭い目で私を睨んでくるのが分かる。私は何もしてないよ! かわいい顔が台無しだよ!
彼女は側近としても有能で、メイドのカリーナと協力して私のスケジュールをしっかり管理してくれている。
「今日は、アメリーお嬢様のご友人が当家にいらっしゃいます。ダクマー様もこのお茶会にきっちり参加してほしいと、アメリー様から頼まれているのです」
ええ~、めんどくさい。
こうしたお茶会は定期的に開かれていたけど、おじい様に私は参加しなくてもいいと言われているから、今まで参加したことはなかった。だけど今回は、珍しいことにアメリーが強く主張したことで私も参加することになったらしい。
「私たちが定期的にお茶会を開いているのはご存じですよね? 近隣の領で身分の近い年頃の近い娘たちが定期的に集まって交流することで、学園でそれとなく協力し合えるようにしているんです。今日集まってくれたのは私と特に仲の良い3人ですので、お姉さまの社交の練習にはぴったりですよ」
そう言って、ちょっと強引に私の参加を決めたのだった。
「お昼の後に、3名の貴族令嬢がいらっしゃいます。ダクマー様もしっかり挨拶してください」
コルドゥラの言葉に、私は憮然とした表情で頷く。こんなことしている暇があったらしっかり修行したいのに!
◆◆◆◆
屋敷の談話室に3名の貴族令嬢が来ていた。アメリーは3人に微笑みかけると、優雅に一礼した。
「デリア様、エルナ様、マーヤ様。今日はお越しいただきましてありがとうございます。さあ、おかけになって」
アメリーが3人に呼びかけると、令嬢たちはお礼を言って席に着く。執事が3人に紅茶をいれたあとで、アメリーが私を紹介した。
「皆様。こちらが姉のダクマーです。剣術が強くて優しくて頼りになる姉なので、皆様も仲良くしていただけるとうれしいわ」
「ダクマーと言います。皆さま、よろしくお願いいたします」
そしてお茶会が始まった。皆さん優しくて、私にも時々質問されたけど、うまく答えられたかは分からない。しかし、私が返答に困るとアメリーがすぐに助けてくれた。
笑顔でお茶会が進む中、ついにあの質問が私に飛んできた。
「ところでダクマー様はどんな魔法がつかえますの? やっぱり、水魔法? アメリー様は火が得意だそうですが、ダクマー様もそうなんです?」
貴族なら女でも前線に立つことが多い。魔法を扱えるのは当たり前なのだ。
「い、いえ、私は4大魔法は苦手で・・・」
精いっぱい答えようとする私をアメリーがフォローしてくれた。
「姉は身体強化の魔法が得意で、ついこの間も魔物に襲われた私を助けてくれましたの」
その言葉に、3人とも納得した様子だった。
「まあ、そうですの。私は風の魔法が得意で、学園では専門コースに入りたいと思っていますわ」
「私は土。学園には土魔法で作物を育てる方法を研究しているそうで、ぜひ学んで領地に持ち帰りたいわ」
おお、デリア様は土属性の資質が高いのか。土属性と言うと前世では地味な印象があるけど、こっちの世界では逆でかなり重宝されているんだよね。「嫁を取るなら土属性」なんて言われているくらいだ。
デリア様の言う通り、作物を育てるのに便利だし、それに何より地脈を操作できる。地脈からあふれる魔力を最も利用できるのは土属性なのだ。
「土属性の資質が強いと引く手あまたですわよね。領地経営に欠かせない属性魔法ですし」
一つ年下のエルナ様が言った。町には必ず地脈があって、貴族がそれを管理している。そして、その操作ができるのが土属性なのだ。魔力を籠めるだけならほかの属性でもできるけど、地脈からの魔力を分配したりできるのは、土属性がかなり有利なんだよね。
土の素養が高ければ、地脈の魔力を多く利用できる。それこそ、地脈から離れた場所でも魔力を引き出すことができるそうだ。まあ、あんまり遠いならそれ相応の資質が要求されるんだけどね。
「私も土属性はそれほど得意ではないので、デリア様のことを尊敬しますわ。火なら自信があるんですけどね。母の素質が遺伝すればよかったんですけど」
アメリーが落ち込んでいる。母のコリンナは土魔法が得意なんだけど、その素養はデニスにしか受け継がれなかった。アメリーが得意な火魔法は魔道具を動かす燃料になるだけど、魔道具って高級であんまり手に入んないんだよね。
でも私なんて、素質ゼロだよ! 多分ラーレも土属性はゼロだけどね!
素質ゼロと言うのは貴族ではかなり珍しいらしい。たいていは、レベル1くらいはあるものだ。ちょっとすごい人でレベル2。レベル3にもなるとエリートだ。
レベル4? もう天才の域に入ってる。学園全体でもほとんどいないみたいだし。アメリーの火は、このレベルに該当するんじゃないかと思ってるんだよね。貴族ともなると自分の素質は明確にしないものだから、正確なところは分からないけどね。
◆◆◆◆
彼女たちの話題は、学園のことや領地のこと、刺繍のことやドレスのことなど多岐にわたった。2時間ほどのお茶会は私をぐったりさせるのに十分だった。
「ダクマー様は私と同い年なのですね。学園ではよろしくお願いします。ダクマー様はどんなことを学ばれる予定ですの?」
マーヤ様から質問が飛んできた。私はたじたじになりながら答えた。
「え、えっと・・・・、他領の強い剣士や魔法使いと交流できればと思っています」
「まあ! 私たちの同学年には、騎士団長のご子息や魔術団長のご子息がおられるみたいですね。どんな方なのか、今から楽しみですわ」
え、そうなの? お茶会では知らない情報が多く、私は驚きを隠せない。だが、アメリーたちは知ってて当然という体で話を進めていく。
「ダクマー様は剣術が得意なのね。一つ上の上級生には槍のメレンドルフ家のご子息が在籍されているそうなので、話が合うかもですね」
令嬢たちは様々な情報を教えてくれた。私は聞き入るばかりで、あいづちを打つことしかできなかった。
「でもやっぱり気になるのは王子のライムント様よ! お顔がとても整っているらしく、学業も優秀みたい。公爵令嬢が婚約者候補みたいだけど、私たちにもワンチャンスあるかもですわ」
こちらは一つ年上のデリア様が顔を赤くしながら言った。ちなみに王子が生まれたとき、子供を側近にしようとする貴族の間でベビーブームが起こったらしい。私たち兄妹の年が近いのはそのためだったりする。
「デリア様、私たちと王子殿下たちとはクラスが違うので仲良くなるのは難しいかもでしてよ。それより、私たち東の貴族は団結しませんと。西や中央の貴族たちが何を仕掛けてくるかは分かりませんから。学園ではしっかり団結して身を守っていきましょうね」
一つ年下なのにしっかり者ののエルナ様がそう言って、みんながその言葉に頷いた。
◆◆◆◆
お茶会の話題は転々とした。
「ビューロウ家の領地は平地が多くてうらやましいわ。まあ、ご当主様が魔物退治や街道の整備をしっかり行っているからでしょうけど、今のご当主様になって、ずいぶん領地が安定し手収穫量が増えたそうよね。温泉もあるし、避暑地として最高よね。私、この屋敷で温泉に入るの、楽しみにしてるんですわ」
デリア様がそう指摘した。そう、おじい様は領主としてはかなり優秀で、土地を開拓し、戦士団を指揮して農民をしっかり守ることで、生産量をかなり上げたそうなのだ。温泉開発にも熱心で、領内には温泉地があり、観光客もたびたび来るとのことだ。なぜか、ラーレが熱く語っていたから間違いないのだろう。
「あ、でもデリア様の領地の山では魔鉄が取れるそうですよね。この国で魔鉄を取れる山は少ないそうですし、デリア様のお父様が山をしっかり開拓した成果がでたといえるんじゃないです?」
私は乏しい知識の中から、デリア様の領地の知識を思い出した。前に、武器のことを兄と話したことがあったんだよね。そこでデニスは「東領でも魔鉄が取れる土地ができたんだ」と喜んでいた。たしか、それがデリア様の領だったはず!
私が思い切って指摘すると、デリア様は嬉しそうな顔をした。
「ええ、そうなんです。山師を雇い、長年調査してやっと鉱山を見つけましたわ。うちで取れた魔鉄は、王都の鍛冶屋なんかでも使ってもらえるようになりましたの。まあ、ヴァルト族が鍛えたとされる神鉄にはかなわないですが、それでもこの国では最高峰の金属ですわ。これからさらに発展させるつもりなんですよ」
「まあ、そうなんですね。長年の労苦が報われて、よかったですわね」
マーヤ様がデリア様をねぎらった。社交場は温かい空気に包まれた。私の話で盛り上がり、デリア様の笑顔が見れたことがうれしかった。
◆◆◆◆
「お姉さま、がんばりましたね。私と仲のいい友達とはいえ、何とかやりきれたじゃないですか」
アメリーが笑顔で言う。でも私にはわかった。アメリーが私をフォローするために今まで以上に必死でやってくれたことが。私は思っていた以上に、社交に関する知識が少ない。出来の悪いのは分かっていたけど、それによってどんな事態が起こるかが、今回のお茶会でよくわかった。たまたまデリア様の領地の魔鉄について知っていたから話に入っていけたけど、それがなかったら空気のような存在になっていただろう。
いつかアメリーが私に言った言葉がリフレインする。「お姉さまがそんなだと私が恥をかくんですからね」。その通りだ。今日は私たちに好意的な令嬢ばかりだったが、私たちを嫌う令嬢が混じっていたら・・・。アメリーがいなければ、家名に傷をつけられたかもしれない。
「私でも、みんなに喜んでもらえることがあるんだね」
茫然とする私をアメリーが励ましてくれた。
「お姉さまは初めてのお茶会だったじゃないですか。デリア様も喜んでいたようですし、いきなりうまくはできませんわ。でも大丈夫。慣れてくればできますわ」
「ありがとう、アメリー」
私は正直なところ、社交なんてできないと思っていた。剣もあるし、いざとなったら出奔すればいいと。でも、私なんかの話でデリア様が喜んでくれたことがうれしかった。私なんかでも、ちゃんとすればデリア様にも喜んでもらえたのだ。
もちろん、アメリーが所々でフォローしてくれたおかげだけど、私でもちゃんと勉強すれば、社交で好印象を持ってもらえるんだと実感できた。
落ちこぼれの私でも、頑張れば領地のために行動できるんだ!
「社交なんてできなくても仕方ないって思ってたけど、違うんだね」
誰よりも社交がうまくなるなんて、私には無理だ。でも、少なくともアメリーに恥をかかせないくらいの知識と礼節を身につけないと――。私は慣れない勉強も頑張ろうと決意したのだった。




