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転生少女は色のない魔法で無双する  作者: 小谷草
第1章 色のない魔法使いは領地ですくすくと成長する
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第34話 魔犬の襲撃 アメリ―&エゴン視点

※ アメリー視点


 私こと、アメリーはビューロウ家の長男、ブルーノの次女として生まれた。この国の貴族は15歳まで家で教育され、そこから3年、多い者で7年間、首都にある学園で学ぶことになっている。18になって学園の高等部を卒業できた者は、貴族として認められるのだ。といっても、学園の卒業はそこまで難しくないとされている。


 私は外の貴族の子と比べても出来が良かったようで、特に学業においては同年代の子たちよりも優れているそうだ。4属性の魔法については、火がレベル4を記録した。レベル4は魔法使いとして最大の資質で、私はひそかにこれを自慢にしている。土は苦手だけど、それ以外の属性も普通に使えるので、学園に行っても十分にやっていけるだろう。


 最近では領地の外に連れて行ってもらえることも増えた。そこで出会ったロレーヌ家の人々とも親しくさせてもらっている。特に一つ年上のエレオノーラ様には妹のようにかわいがってもらっている。


 ただ、問題はお姉さまだ。


 お姉さまは4属性の魔法の資質がまったくない。また学業の出来も悪く、要領も悪い。そのせいで、両親ではなくおじい様が修行を見ることになった。


 お姉様は何かよく分からない修行ばかりしている。確かに近接戦闘の腕は上がっているみたいだけど、その分学業がおろそかになっているのだ。礼儀作法も全然で、領地の外に連れていかれることもない。おじい様に押し付けられた秘伝書の写本も、間違いばかりで全然進んでいないようだ。


「あの秘伝書、初代様の自慢話ばかりで魔法の練習に全く役に立たなそうですのに。お姉さまは何が面白いのかしら」


 お姉さまは従兄のホルストお兄さまに書き直しを命じられても嬉々として従っている。そんな姉を苦々しい思いで見ているのは私だけではない。使用人は「学園の卒業すらも危うい」と噂しているし、同年代の子たちからは陰口をたたかれていることがある。お兄様は、従姉のラーレお姉様に過剰なくらいフォローをお願いするようになった。


 でも私にとって、彼女は優しい姉だ。「絵を描きに行きたい」とわがままを言えばついてきてくれるし、いつも体を張って守ってくれるのはわかる。


 今回もそうだった。


「ぐおおおおおおおおおお!」


 裏山の茂みから魔物が現れたとき、立ちすくむ私の前に立ってかばってくれたのはお姉さまだった。そればかりか、魔力を少し展開して自分に魔物を引き付けたのが分かった。


 私は恐怖で体がこわばり、一歩も動けなくなった。闇魔と戦った時のようにおじい様も護衛もいない。ここで死ぬのだと思った。でも結果は――。


「てあああああああああ!」


 姉は木刀で一匹目の魔犬の首をへし折ると、続けてもう1匹の脳天をたたき割った。魔犬は決して弱くない。戦いでは少なくない数の兵がその牙や爪によって命を落としている。でも姉は、魔犬をあんな木刀で簡単に仕留めたのだ。


 お姉さまは冷静だった。戻ってきた護衛の無事を確認すると、その場で死骸を燃やすよう頼んできた。


 魔物を魔法で燃やしながら思う。「私がこの土地で評価されることに、意味なんてない――」。お姉さまは確かにそういった。貴族の家に生まれたからには領地の評価は重要だ。後継には、この土地の有力者からのフォローが不可欠なんだから。


 それなのに!


 魔物2匹を瞬殺できるほど強いのに、領地の評価を歯牙にもかけない。私は姉に頼もしさと同時に危うさを感じた。この姉を、手のかかる姉を、私が守らなければならない。私はこの時、心にそう誓ったのだった。



※ 護衛エゴン視点


 私は代々ビューロウ家に仕える戦士の家系に生まれた。主に領主一族の護衛の仕事を任されており、この日は当主の孫であるアメリー様を護衛するために屋敷の裏山に向かっていた。


 アメリー様には、姉であるダクマー様も付いてきた。2人の少女を守るのに、最初は6人の護衛が付く予定だったが、同じく当主の孫のホルスト様が急に町に行くと言い出して、たった2人で護衛することになった。


 2人の少女を守るのに、護衛2人は少なすぎる!


 何事も起こらなければよいのだが。



◆◆◆◆


 アメリー様がよく絵を描きに行く川べりの途中で、魔物の気配を感じた。わずかなうなり声から魔物の種類を推察する。おそらく魔犬だ。


 魔物は、野生動物が瘴気を浴びることで変異する。こんな田舎で見つかることは珍しい。1匹の魔物に戦士2人は心ともないが、お嬢様たちに近づく前に仕留めた方が――。護衛の数が少ないことが悔やまれる。少なくともあと2人いれば、お嬢様を守りながら戦うことができるのに!


「どうする?」


 相棒のグンターが小声で尋ねてくる。コイツとは幼馴染で、ともにビューロウ家を支える護衛を長年務めている。風魔法と格闘術にかなりの腕があるんだが、それでも魔犬と戦うには戦力が不足しているように思えた。


 このまま襲われるのを待っていては、どちらかのお嬢様に怪我をさせてしまう可能性が高い。私は決断した。


「2人がかりで魔物を倒そう。お嬢様に絶対に近づかせるな」

「くそっ。あのガキが余計なこと言わなければもっと余裕で戦えたのに」


 私たちはお嬢様から離れ、魔犬を倒すために行動した。私が魔物を引き付け、相棒が叩く。ハンドサインで素早く作戦を伝えた。


「くらえ! ストーン!」


 魔物を引き寄せると、杖を使った土魔法で先制攻撃を仕掛ける。空気の弾はほとんどが魔犬に避けられ、わずかに当たった石も障壁で簡単に防がれた。


 やはり魔法障壁持ちか!


「くそっ、厄介な!」


 剣の一撃を障壁に阻まれ、相棒が吐き捨てた。魔力障壁を持っている魔物は討伐難易度が激増する。なにしろ、魔力が低いと炎や風の弾などの遠隔魔法を放っても防がれるし、近接攻撃も相当身体強化を練らないと届かない。


 身体強化には弱点がある。身にまとっている間は常に魔力を消費する上、魔法を展開している間は魔力の波動が出てしまうため、自分の場所や魔力が確実に相手に伝わってしまう。私たち程度が身体強化を使っても魔物に気づかれ、展開中は決して近寄ってこないだろう。そして、魔力が切れたときが私たちの最後になる。


 そのあたりが、魔法使いたる貴族と平民との違いだ。魔力量が多い貴族は戦闘中に魔力を展開し続けることも難しくないのだから。私たちも魔力量は少なくないが、それでも貴族である領主様たちにはかなわない。


「うおおおおおお! ウインドォ!」


 相棒が短杖を構えて魔法をぶつける。魔法は簡単に障壁に防がれるが、それは彼にもわかっている。細かく攻撃を当て続けることで魔力を消耗させることが狙いなのだ。


「はあああ!」


 私は大きく魔物に踏み出すと、横薙ぎに剣を振るう。これも魔力障壁で受け流されるが、私の一撃は魔物の鼻をわずかにかすめた。


「キャイン」


 魔物は痛みを感じたのか、のけぞって距離を取る。強力な魔法が使えない私たちは、こうして少しずつダメージを与えていくしかない。前にリザードマンを倒したときのように、確実に削っていくのだ。


「よし、入ったな! この調子でやるぞ!」


 相棒の言葉にうなずく。


 そこからは少しずつ魔物にダメージを与え続ける時間が続いた。私とグンターは前衛後衛を巧みに変えながら、確実に魔物の魔力を削っていく。


「これで終わりだ!」


 魔物に大きな隙が生まれたとき、私は迷わず全身に魔力を込めて上段から剣を振り下ろした。その一撃は弱った魔力障壁を引き裂き、魔物の脳天を砕いた。


 やっとのことで魔物を倒したときは、30分ほどの時間が経っていた。時間が掛かりすぎる。やはり当主様がいる時とは違うな。


 私はマントで魔物の死骸を覆う。魔力の籠ったマントは、しばらくは死骸を隠してくれるはずだ。


「くそっ、時間がかかったな。お嬢様たちのところに急いで戻ろう」


 グンターが汗を拭う。急いでお嬢様たちのところに行かねばならない。



◆◆◆◆


 川辺に行くと、2体の魔物の死骸が転がっていた。近くでダクマーお嬢様が、木刀についた血をふき取っていた。


 そこで自分たちの失態に気づく。私たちが戦った魔犬は、おとりだったのだ。おそらく、2匹の魔犬は魔法で潜伏していたに違いない。魔犬は時折、こうした狡猾な手段を使ってくる。


「簡単な護衛任務でモンスターに出くわすなんて、運がないね」


 そう言って微笑むお嬢様を驚きの目で見つめた。魔犬たちの死体を調べると、どちらも一撃で仕留められているのが分かった。


 私たちが1体の魔犬を倒すのに、どれだけ攻撃したと思ってるんだ!


 ダクマーお嬢様は、当家では跡目につく可能性はないと噂されている。だが、この魔物を仕留めたのがダクマーお嬢様だとしたら、そんな評価はすぐに覆るだろう。


 剣鬼の、再来――。そんな言葉が頭を過った。


 私たちがあっけにとられているに、お嬢様たちは死骸を燃やすことを決めていた。この死骸を見る人が見れば、その技量に圧倒されるだろうに。しかもそのあと、ダクマーお嬢様はさらに驚くべき言葉を口にした。


「私がこの土地で評価されることに、意味なんてない――」


 貴族の子女であるはずなのに、地域の評価を軽視する言葉を平然と吐くダクマーお嬢様に戦慄した。だが、それも分かる気がした。ダクマーお嬢様は家人にずっと軽視されてきた。そんな彼女が、領地のことを気にも留めないのは当然のことかもしれない。


 お嬢様2人はしばし会話すると、屋敷に戻ることになった。出発の際、アメリー様が私たちを睨み、こう伝えた。


「魔物はあなたたち2人が倒した。私とお姉さまは死骸を焼いただけで何もしていない。それでいいですわね?」


 まだ10歳にもなっていないのに、すさまじい殺気だった。私も相棒も、頷くことしかできなかった。



◆◆◆◆


 屋敷に戻って魔物が現れたのを伝えると、ちょっとした騒ぎになった。私たちは大いに評価され、金一封が贈られることになった。私たちは失態を犯したのに、褒められるのはちょっとつらかったが、アメリー様の言葉を思い出して我慢した。


 お嬢様の護衛が2人しかいなかったことが分かると、ホルスト様が当主様からかなり厳しく叱責されていた。ホルスト様は珍しく、肩を落として反省しているようだった。


 家に戻ると、妻と娘のコルドゥラが迎えてくれた。コルドゥラはダクマー様と同い年で、剣も魔法も才能があると言われている。昨日まではこの娘以上の使い手は同年代に現れないんじゃないかとうぬぼれていたが、あの死骸を見た後では――。


「お父様、おかえりなさいませ。魔物を倒したそうですね」


 コルドゥラが目を輝かせながら出迎えてくれた。


「いや、まだまだだ。自分の未熟さを痛感したよ」


 この子に、ダクマーお嬢様のことを伝えたい。だが、アメリー様から厳しく口止めされている。そんな私を見て、コルドゥラは怪訝な顔をした。


「お父様、なにかありましたの?」


 金一封を見て喜ぶ妻とは対照的に、コルドゥラが心配そうに尋ねてきた。


「いや・・、ダクマー様から短めの木刀を頼まれたのを思い出してな。それよりお前、進路については考えているのか?」


 コルドゥラは一瞬驚くが、真剣な顔で私を見た。


「お父様、コルドゥラは別の領地を見てみたいと考えております。北のメレンドルフや西のクルーゲには、まだ見ぬ強い戦士がいると思うのです」


 まるで自領には強い戦士はいないかのような言いようだ。だがそれも仕方がないかもしれない。道場では同年代で敵なし。訓練生同士の喧嘩で、大勢を叩きのめしたという話もある。


 年上の剣士で有力なのはグスタフくらいか。彼は成長著しいようだが、最近はご当主様の護衛で忙しい。私たちが通う道場にはめっきり来なくなった。


 そのほかの練習生で力量が上回る人物がいても、あと数年もあればコルドゥラは追い抜けるだろう。親の欲目かもしれないが、コルドゥラの目が外に向くのは自然なことかもしれない。


 北のメレンドルフ家は主に槍を媒介とした強力な魔術を使うというし、西のクルーゲは夫が先代の中央騎士団長だ。私は当主様の護衛の際に2家を見ることができた。たしかに、その2家の戦士たちは強い。しかし、その2家で最も強い戦士でも、今日のダクマー様のようなことはできないだろう。


 私は目を閉じて、あの魔犬の死骸を思い出す。そして決意した。


「コルドゥラ。お前が強い戦士を見たいと思うのは分かった。だが、一つ頼まれてくれないか?」


 コルドゥラは目を瞬かせた。


「当家のダクマーお嬢様を支えてほしい。あの方は、この土地の人間からの評価が極端に低い。だが、私はあの方に、恐ろしくなるほどの才能を見た。他領に行く前に、お前の目であの方を見てみてほしいのだ」


 妻は驚いた目で私を見る。当然だ。「ダクマーお嬢様だけはない」と使用人たちから言われるほど、期待されていないのだ。彼女は使用人にも侮られ、4年後に学園に行くというのに、着いていく側近もまだ決まっていないという。専属メイドの孤児一人ではあまりにも心もとない。


 コルドゥラは言葉を失った様子だった。しばらく呆然とすると顔を怒りに染めて私を見て、涙をこらえながら言い返した。


「私の努力を知って、私の夢も知ったうえで、お父様はそう言われるのですか!」

「あなた! それはコルドゥラがあまりにもかわいそうです」


 妻も私を非難してきた。だが強い戦士を目指すのであれば、ダクマーお嬢様を知ることは避けては通れない。このままあの方を知らずに飛び出せば、きっと娘は後悔するだろう。


「ダクマーお嬢様の従者になれば学園に連れて行ってくれるかもしれない。そこであの方が取るに足らない存在だと感じれば、そのまま他領の戦士についていくのもいいだろう。だがまずは、その目でしっかりあの方を見ることから始めてほしい」


 コルドゥラはキッと鋭い目で私をひと睨みすると、「気分が悪いので先に休みます」と自分の部屋に向かった。


 妻は困惑した様子で私を攻めてきた。


「あなた、あんまりです! 王都に行けるとはいえ、あのダクマー様の従者になれだなんて! あの子がかわいくないのですか?」

「かわいいし、あの才能は誇らしい。だからこそ、ダクマー様を見なければならないのだ」


 私の意志が変わらないことが分かると、妻は泣きそうな顔をして娘の部屋に向かった。これでいい、私は確信する。才能あふれる娘なら、きっとダクマーお嬢様の異質さに気づくことができるはずだから。

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