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転生少女は色のない魔法で無双する  作者: 小谷草
第6章 色のない魔法使いとヨルン・ロレーヌの回顧録
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第333話 ヨルン・ロレーヌの追憶8

ヨルン・ロレーヌの追憶8


 ヨーク公国の王城の一室で、私は机の上に山積みになった書類と格闘していた。


「ヨルン。こちらの書類も頼む。数だけは多いが、お主なら書類に隠された違和感にも気づけるはずだ」


 ペンを動かしながらそう言うのは、バル侯爵だった。この島に来た第一陣を率いる貴族で、闇魔法の魔法家当主。国王陛下の信頼もかなり厚く、数年前からこの国を援助していると聞いている。


 よどみなくペンを動かすその手に感心させられてしまう。だが、さすがにちょっと書類が多すぎないか?


「はっ! ロレーヌ家の跡取りともあろうものがもう弱音を吐くのですか!? 公爵家とはいえ、いつまで経っても光魔法を使えないのは、貴方のそんな気持ちを汲み取っているのかもしれませんね」


 黙々と仕事する私を、バル侯爵の側近であるツェーザルが嘲笑してきた。ちょっとイラっとするが、そんな彼を嗜めたのは件のバル侯爵だった。


「ツェーザル。あまりヨルンの邪魔をするな。仕事が終わらんではないか。貴様は魔法に関する知識が足りておらんのだから、余計なことを言うのではない」


 書類から目を離さずに言うバル侯爵に、ツェーザルは鼻白んだ。


「貴様は魔法の修行が足りぬのだ。ヨルンはおろか、一般の貴族と比べても劣っておる。今はお前の修行を見てやる暇などないのだから、大人しくしておれ」


 ツェーザルはバル侯爵の腰巾着のはずなのに、そんなことはまるで気にしないかのようだった。


「それにしても、ヨルンの護衛はさすがではないか。私もあの試合を見たぞ。まさか、色の薄い魔法で色の濃い魔力を打倒すとはな。貴様の研究の成果が出たのではないか」

「まあそんなところですね。相手が未熟なことにも助けられました。最後の魔力は気になるところではありましたが」


 私たちは書類から目を離さずに話し合った。バル侯爵が安請け合いしたせいで書類は膨大な数になっている。この国の貴族、私たちのことを都合よく使っているんじゃないのか? 一応、私たちは他国の人間なんだがな。


「あの試合の最後・・・。ああ、あの闇の魔力のことだな。確かに、あの魔力は気になったな。あれは帝国で使われている技と酷似していた。多分あの魔力は闇魔法の技だ。帝国は支配の魔法を応用することで、魔物の力を奪っているというからな」


 私の手が止まる。やはり専門家からしたらあの魔力は一目瞭然らしかった。


「帝国では魔物を使役するために支配の魔法は頻繁に使われているらしい。まったく、こんなことばかりしているから闇魔法の評判が下がってしまうのだ。闇は、それほど悪いものではないはずなのにな」


 私をぎろりと睨みながら、バル侯爵は話を続けた。


「この国に、帝国の魔の手が迫っている可能性がある。私が大量の書類を受け取ったのはその手掛かりを手にするためだ。ヨルン。違和感を見逃すなよ。我らの手でこの問題を解決して、王国の信頼を高めるのだ」


 抑揚のない口調で話すバル侯爵に私は頷いた。



◆◆◆◆


 しばらく、ペンを動かす音だけが響いた。私は一枚の書類を読むと、バル侯爵を呼び止めた。


「侯爵。この一件はどうでしょうか。魔物に公国民が襲われた事件ですが、ちょっと魔物の行動に違和感があります。なにか普通の魔物ではありえないような――。詳しく調べてみたほうがいいかもしれません」

「む。どれどれ。ふむ・・・。これは」


 私から渡された書類を見て、バル侯爵が真剣な顔で見つめていた。そんな様子を見て、ツェーザルがあからさまにバカにしたような顔をした。


「はっ! 魔物の行動など読めるわけがないだろう! まったく! いくら公爵家の人間だからっていい加減なことを! 適当なことを言ってこの場を誤魔化そうというのではあるまいな!」

「魔物が追い詰められたのに、逃げるそぶりも見せずに戦い続けていた? 確かにこのシチュエーションでこの行動は気になるな。この魔物は自分に不利とわかったらすぐに逃げ出すはずなのに、そんな素振りは一切報告されておらぬ。報告内容が不十分だったか、あるいは・・・」


 バル侯爵はツェーザルのことを気にせず考え込んだ。ツェーザルは、焦ったようにバル侯爵と私を交互に見比べている。


「確かにこれは一考の価値はある。こちらで少し詳しく調べてみよう」


 私は背伸びをした。今日のところは、ここでの仕事はこれまでのはずだ。


 しかしバル侯爵は私を呼び止めた。


「ヨルン。貴様に指名依頼だ。どうやら、土の巫女殿がお前に何か頼みたいことがあるそうだ。なんでも、ツヴァイルの町に行くのに同行してほしいとか」


 む? あのアマ―リアが、私に護衛をしろと言っているのか? 他国の公爵家の私に? こういうのは、自国の騎士などが請け負うものではないのか?


「自国の騎士のほうが信頼できぬということは、まあ王国でもよくあることだ。普段はこんなことは認められぬが、今は状況が状況だし、土の巫女の言葉は強い。これを機会いしっかりと信頼関係を築いておくことだ。巫女と信頼関係を作ることは、王国にとっても利があることなのだからな」



◆◆◆


 私はアマ―リアの部屋を訪ねた。アマ―リアは挨拶もそこそこに、すぐに王城の外へ向かう。どうやら、彼女たちもかなり忙しく働いているらしい。


「まったく。まさか他国の貴族の私たちが君たちを護衛することになるとはな。こんなことが認められるとは信じられない」

「あなたの護衛はこの前闘技場で活躍したばかりだからね。バル侯爵やラルスさんがこの国にすんごく貢献してくれてるのも理由みたいよ。あの2人、本気で仕事ぶりが認められているからね。一応あなたも、王国の信頼できる貴族と認められたそうよ。よかったわね」


 にっこりと笑うアマ―リアに私は渋面になる。


 もちろん、彼女の護衛は私たちだけではない。この国の兵士たちも多く付き従っている。だが、私たちはなぜかアマ―リアの近くで護衛することを認められたし。アマ―リアの適当な態度とは裏腹に、私たちは特別待遇を受けているらしかった。


「しかし、他国の私たちが本当にあなたに同行してもいいのか? 今、この城にはテンプルナイトや聖剣の剣士がいるのだろう? 彼らに守ってもらうという手もあるはずだが」


 テンプルナイトはこの国の主力騎士のことを言う。全員が世界樹の加護もちで、かなり厚い魔力障壁を持ち、魔物も帝国兵も簡単に倒してしまうらしい。この国が帝国に抵抗できているのは彼らの活躍があるからだと聞いている。


「テンプルナイトの連中って、なんだか不気味なんだよな。全員無表情だし、こっちが何か聞いても全然答えてくれないんだぜ。こっちは土の巫女とその護衛だってのに、全然敬わねえんだからよ」


 シュテファーニエが愚痴を漏らした。そんな彼女に、モーリッツが苦笑しながら同意する。


「聖剣の剣士殿も、あまり付き合いたい人間ではありません。世界樹の加護のおかげでかなり厄介ではありますが、その、剣の腕はレインカネルと比べると・・・。まあ、聖剣の剣士殿には魔法の才能はあるので、戦闘となるとかなり苦戦すると思いますがね」


 モーリッツは武芸者らしく、聖剣の剣士のことをそう評した。


 まあねえ。確かにモーリッツと聖剣の剣士が戦うなら、私はモーリッツに賭けるだろう。それくらい、体の使い方に差があるように思えた。


 私たちがそんな話をしていると、正面から噂のテンプルナイトの集団が歩いてきたのに気づいた。集団の戦闘を歩いているのは、あの聖剣の剣士だった。


「おお! これはこれはアマ―リア様ではありませんか! 今日もその麗しいお姿を拝見できて光栄にございます!」

「こちらこそ、聖剣に選ばれしゴットヘルフ様にお会いできてうれしく思っております」


 丁寧に頭を下げるアマ―リアに内心驚いた。この女、こんなふうに丁寧な挨拶することもできるんだな。


「確かアマ―リア様は、ツヴァイルの町の世界樹を確認しに行かれるのでしたな。言ってくだされば私が護衛いたしましたのに。聖剣も、私の手に戻ってきたことですし」


 ゴットヘルフが聖剣をアピールしながら言った。


 確か、前の催しではこの聖剣を使って罪人たちを処刑したんだよな。あの神鉄の輝きは今でも覚えている。王国の武器にはない、鋭い輝きだったと思う。


「禊、は終えられたのですね。罪人とはいえ彼らも公国の民。罪が洗い流されて、天井へと迎え入れられれば良いのですが・・・」


 アマ―リアの言葉に、私は思い出した。この国では罪人の処刑には必ず聖剣が使われる。聖剣によって命を奪うことでその罪を洗い流すと言われているのだ。しかも、罪人どもの死骸は聖剣と共に7日7晩葬られるという。そうするとなぜか罪人の死骸は消えてしまうらしく、この国の人はそれをもって罪が洗い流されたと判断するようなのだ。


 ゴットヘルフは満足げに頷くが、アマ―リアのそばにいる人物を見て眉を顰めた。レインカネルの姿を見つけてあからさまに失望したような顔をしているのだ。


「巫女様のお身内とはいえ、無能をいつまでも傍に置くのは感心せんな。貴様は他の者とは違い、素質に見放された者。いざというときに巫女様を守れん者がいていい場所ではないのだぞ」


 ゴットヘルフは冷たくそう告げた。レインカネルは一瞬口ごもるが、何かをこらえるかのように下を向いた。


「兄は・・・、いえ! レインカネルは、決して無能というわけではありません! 今だって護衛の任務をしっかりと果たしてくれています! 関係のない人に、とやかく言われる所以はないわ!」


 案の定、アマ―リアはすごい剣幕でゴットヘルフに食って掛かった。


「ふ、ふふふ。やはり土の巫女殿はお身内に甘い。魔物に襲われたらそう言うわけにもいきませんでしょうに! まあ、私たちはいつでも護衛任務を請け負います。何なら、今から代わってあげてもいいのですよ?」


 ゴットヘルフとアマ―リアに険悪な空気が流れそうになったその時だった。


「おお! 土の巫女殿ではありませんか! その護衛の皆様も! お会いできて光栄にございます! これから、この城を出られるのですかな!?」


 その場にそぐわない元気な声が響き渡ったのは。


「今回の視察にはランドルフ殿やエデルガルト様も同行されることになりましてな! このラルスめも、ご一緒させていただくことになったのです。いやあ、間に合ってよかった! 置いていかれるかと思いましたぞ!」


 ラルスの無遠慮な声が響いた。多分、わざとなんだろうなぁ。ゴットヘルフとアマ―リアの間に剣呑な空気を感じ取り、それをぶち壊すために大声を上げてくれたのだ。


「くっ・・・! 失礼する! アマ―リア殿! 今言った言葉、ゆめゆめ忘れられませんように!」


 ゴットヘルフはいらいらした様子で、肩をいからせながらその場を去っていく。


 ラルスは私を見てニヤリと笑うと、アマ―リアに向き直った。


「さて。行きましょうか。こちらには吾輩とヨルンがおります。どんな魔物が現われてもたちどころに倒してしまうのでご安心を! それに・・・」


 ラルスが不敵な笑みで見つめたのはレインカネルだった。


「ヨルンの秘術によって、レインカネル殿がどれだけ変わるかは興味があります。クックック。聖剣の剣士殿があんな大口を叩けるのは限りがあるのかもしれませんからなぁ」


 そう言って、ラルスは不敵な笑みを浮かべたのだった。

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