第337話 ヨルン・ロレーヌの追憶3
ヨルン・ロレーヌの追憶3
馬車の中でアマ―リアは思いっきり私を睨んできた。私は居心地が悪くなって目をそらす。シュテファーニエがアマ―リアを肘でつつくが、アマ―リアは睨むのを止めなかった。
「いい加減にしろ! ヨルン様は、王国の公爵家に連なる人間なんだぞ! せっかくこの島に来てくれたのに、あんまり失礼なことするんじゃねえよ!」
「ああ! 私の兄さんを馬鹿にするやつはみんな敵なんだよ! 仲良くなんてできるわけないでしょうが!」
アマ―リアはシュテファーニエに噛みつくと、こっちを見て指を突きつけてきた。
「アンタが何様かなんて知らないけど、兄さんは本当にすごいんだよ! 魔力なんてなくても剣で魔物を倒せるんだ!」
私は溜息を吐いた。
「彼の剣技がすさまじいことは認めよう。先ほども、剣術のみで魔犬を圧倒していたからな。だが、魔力の扱いに長けた人間相手にはそうもいかん。例えば高い素質を持つ者に身体強化を使われれば、力や速さで大きな差を付けられてしまう」
歯を食いしばるアマーリアに、私はさらに言葉を続けた。
「レインカネルも魔力で身体強化しているようだが、正直お粗末だな。そもそも、いくら透明な魔力で体の周りを覆ってもたかが知れている。シュテファーニエ嬢や、貴女のような効果は発揮できんだろう」
「はっ! 素質が低くたって、魔力の使い方次第では強い強化はできないでしょう! 効率よく魔力を覆えば、身体強化の効果を高めることができるからね! 王国の貴族のくせにそんなことも知らないの!?」
こちらを見下したように言うアマーリアにちょっとイラつく。
「確かに外部の身体強化も使い方次第では効果を高められる。だが、その効果もたかが知れている。それに、王国では効率よい身体強化をオートで使うための魔法陣も研究されている。そんなものが作られたら、色のないレインカネルはさらに埋没してしまうだろうさ」
アマーリアがぐぐぐと悔しがった。何か言い返したいようだけど、言葉が思い浮かばないようだった。
「あ、ほ、ほら! ツヴァイルの町が見えてきましたよ! ここからでもあの世界樹が見えています。さすが世界樹! いつ見ても、すごい大きさですよね」
私たちの口論に耐えかねたようにジーモン殿が窓の外を指さした。
街道の斜め前方、丘のある方向に寺院があり、その庭にひと際大きい一本の木が大きく根を張っている。その木には桃色の花が咲いており、木全体が桃色に色づいていた。
「あれが、世界樹か? こんなに雄大なものなのか? たしかに、王国にはない光景やもしれぬ」
「ふふん。兄さんが言うにはサクラという木とそっくりなんだって。すごいでしょう。この季節は花弁が散って吹雪のように舞っているのよ! 兄さんが知ってるのとは微妙に違うらしいけどね。私が世界樹を植えから、王都以外でもこの光景を見られるようになったのよ!」
アマーリアが得意気な顔で胸を張った。
私はアマ―リアの顔を見て、再び世界樹を仰ぎ見た。
「なるほどな。かなりの年月、世界樹の繁殖は成し遂げられなかったと聞いているが、貴女のその黄色い魔力が、それに不可欠というわけなのだな」
アマ―リアとシュテファーニエがびくりとした。ジーモン殿は驚いたように口に手を当てていた。
「公国はずっと待っていたのだろう? 貴女のような素質を持つ者の存在を。貴方には多くの魔力量と、魔力過多と呼べるくらいの高い土の素質がある。公国ではあなたのような者のことを”土の巫女”というのだろう?」
皆が急に絶句し出したようだった。
「王国にも炎の巫女と呼ばれる存在がいる。大量の魔力量と、魔力過多と言われるくらい強い火の素質を持つ者がな。その者は、遺跡から発掘された強力な魔道具をも補充できるそうだ。この国の巫女と呼ばれる存在は、強い土の素質で世界樹を作り出せるということか」
アマ―リアは悔し気に歯を噛みしめた。
「だったら、どうするというのよ。王国の魔法使いたるヨルン・ロレーヌは、それを知ってどうしようというの?」
私は肩をすくめた。
「どうもしないさ。公国とは同盟国だからな。世界樹の恵みで癒された王国民も多い。共に帝国と戦う隣国が強力になるのは歓迎すべきことではないか。君たちは、少しばかり帝国に押され気味だからな」
私が興味なさげに応えると、アマ―リアはますます悔し気に顔を歪めた。
「まあ世界樹教徒が増えるのは少しばかり厄介だがな。それも、こちらの魔法使いたちの能力を底上げすれば事足りる。こちらの魔法使いによる地脈操作も、世界樹に劣るものではない。我々魔法使いがいれば世界樹なしでも十分に恵みを与えられることを証明してやるさ」
自信満面に応える私に、アマ―リアは今にも噛みつきそうな顔になった。
「お、おい! アマ―リア! ヨルン様は王国の公爵家だぞ! それくらいにしておけよ! それに魔力の色が濃い方が身体強化で有利なのは、自分でやってみて実感しているだろう!」
シュテファーニエが慌ててアマ―リアを止めようとした。
「に、兄さんは! 本当に頑張っているんだから! 素振りだって毎日やってるし! あんなに鋭い振りをできる人は他にいないんだからね!」
「それはもうわかった。彼が他に勝るものがないくらいの剣術を使えるのだろう。だが、身体強化をしっかり鍛えなければ大剣豪と呼ばれるほどの成果は上げられんよ。身体強化の腕を磨けば、その分だけ剣術を上乗せすることができるんだからな」
私とアマーリアはどこまで言っても平行線のようで、口論は馬車が止まるまで続いた。ダーヴィドやシュテファーニエも途中から仲裁をあきらめたようで、馬車には私たちの言い合う声が終わることなく続いたのだった。
◆◆◆◆
「アマ―リア様! お疲れさまでございます! ささ、どうぞこちらに! 今回もご苦労様でございました!」
寺院に着くなり、その責任者らしき老人が声をかけてきた。
「カーステン老。お出迎え、ありがとうございます。私も王城に呼ばれておりますので、世界樹の様子を確認したらすぐに立ち去らせていただきます」
アマ―リアが先ほどとは打って変わったような丁寧な態度で老人に応えた。さっきまでははねっ返りという印象しかなかったのに、今はどこぞのご令嬢といった雰囲気で、その変わりように内心驚いてしまう。
「まったく! 王城の者どもは何を考えているのか! 土の巫女様の価値をまるで分っておらぬ! アマ―リア様! 気に入らなければ雑用など断っても良いのですぞ! 我ら世界樹教徒はいつでもあなたの味方ですからな! 寝所を用意しております。しばらくの間はこの地でお休みくだされ」
老人は私たちがいないかのようにアマ―リアを称賛していた。アマ―リアは困ったように微笑みながら頬に手を当てた。
「あの、王国からいらした方々もおりますので。彼らを待たせるわけにはいきませんから。今日のところは、すぐに王城に向かわせていただきますわ」
アマ―リアはこともあろうに私たちをだしにカーステンの提案を断ろうとしている。そして何やらカーステンと言い合いを始めたが・・・。
「アマ―リア様! こちらに居られたのですね!」
横合いから急に彼女を呼び止める声がした。振り向くと、貴族らしき男が護衛を連れてこちらに駆け寄ってくるところだった。
「リ、リーンハルト様・・・」
アマ―リアが微妙な顔でそちらのほうを見た。その美青年――リーンハルトは輝くような笑顔でアマ―リアに熱っぽい視線を送っている。
「アマ―リア様。こんなところでお姿を拝見できるなんて光栄にございます。ここで会えたのも何かの縁です。どうでしょう? お茶を用意させていただきますのでご一緒していただけませんか?」
この男、多分ヨーク公国の王族だな。仕草が優美だし、魔力量もかなり多い。うちの王族と違って光属性こそ持っていないようだが、魔力の色も黄色を中心に相当に濃いように思える。
「い、いえ。今日は遠くグローリー王国より公爵家のヨルン・ロレーヌ様が来られているのです。公王様をお待たせするわけにはいきません。私には、この方を公王様にご紹介しなければなりませぬゆえ」
アマーリアは私を引き合いに出してでもこの場を去りたいらしい。丁寧に、しかしきっぱりと断っているようだが、リーンハルトは引き下がらない。
「王国民ごとき、アマ―リア様がお相手するほどの者ではございません。第一陣として来たあのご老人も、数人の帝国兵を捕えることしかしできなかったではないですか! その小太りの男は他の者に任せて、あなたは私と有意義な時間の使い方をすべきです」
にこりと笑うリーンハルトの顔は非常に整っていて、他の者からしたらとても魅力的に映るのではないだろうか。私を愚弄するような態度に、ダーヴィドが文句を言おうといきり立つが、私は慌てて制止した。
「我々はわざわざ土の巫女様の手を煩わせようと思っているわけは・・・」
「いえ! 王国の公爵家の方とあれば国賓と言っても過言ではありません! これは土の巫女たる私の大切な任務です。私が、きちんと王城まで送り届けさせていただきます!」
穏便にその場を退こうとする私に、アマ―リアがかぶせるように言葉を続けた。私が思わず目を剥くが、彼女は涼しい顔で私に微笑みかけた。
「貴様! 王国の公爵だからと言って私に逆らうつもりか! この、王位継承権を持つ私に逆らおうなどとは!」
リーンハルトが鋭い目で私を睨みつけてきた。
いや私にはこの争いに介入するつもりなどないのだが。さっさと王城に行って、第一陣の貴族たちから詳しい話を聞きたいだけなのだが・・・。
リーンハルトが私を威圧すると、彼の護衛だろうか。すさまじく背の高い大男が私の前に立ちふさがった。
「おっと。どういうつもりですかな。うちの公爵に、何か御用でも?」
ダーヴィドが私をかばうように前に出た。リーンハルトはダーヴィドを見てこらえきれず噴き出した。
「ふふふふ。王国の公爵家とはいえ人を見る目はないらしい。その護衛の男、魔力に色がほとんどないではないか! 我が護衛のベイグと比べてもその差は歴然だ! あの出来損ないほどではないが、才能がないのは一目瞭然! その程度のことも分からんとは!」
リーンハルトは多少は魔法の心得があるのだろうか。一目でダーヴィドの資質を見抜いていた。だがこのセリフは悪手だな。ダーヴィドはともかく、アマ―リアは憤慨ものではないだろうか。なにしろ彼は、レインカネルを揶揄してしまったのだから。
「リーンハルト様、お引き取りを。王族なれば王族なりの責務というものがおありでしょう。ロレーヌ家はこの場で一時の感情に任せて傷つけていいものではございませぬ」
アマ―リアはさっきまでとは打って変わって冷たい顔でリーンハルトを見下していた。
「ア、アマーリア殿? あの・・・」
「お引き取りを! 王族というのならその責務をしっかり果たしていただきたい。私は、ヨルン様を案内せねばなりませんので」
きっぱりというアマ―リアに、リーンハルトはたじたじになった。私はおかしくなって、笑いをこらえるのに必死になった。
感情をこらえるのに必死でうつむいた私を、リーンハルトが睨みつけてきた。
「王国の残りかすが! 私を愚弄するとは! 公王様から招かれたとはいえ調子に乗るなよ! 貴様のような醜い男が、私を愚弄してただで済むとは思うな!」
「いやいや申し訳ない。リーンハルト殿下に置かれましては、ご不快な思いをかけてしまったようで。ですが、私もこう応陛下に呼ばれて折る身。一刻も早くご挨拶に伺わねばらなるのです。どうか、ご容赦を」
私が丁寧に頭を下げても、リーンハルトは悔し気な顔で私を睨んできた。
「貴様! 後継にも指名されていない分際で、リーンハルト様に楯突くというのか! 身の程を知れ!」
リーンハルトの後ろの魔導士が杖から何か魔法陣を展開しようとしたが、私はそいつに向かって杖を向けた。水弾がそいつの手のひらを撃ち抜き、杖を叩き落とした。
「なっ!」
あまりの早業に、リーンハルトも護衛たちも驚きを隠せなかった。
「失礼。小心者ゆえに杖を向けられると反射的に動いてしまうのです。ですが、公国の王族となれば、王国民を前に杖を構えるという意味はご存じですよね? 殿下は、いえこの国は、王国と一戦交えるという認識でよろしいでしょうか?」
私がギロリとにらむと、リーンハルトとその護衛たちはたじたじになった。
「王族を名乗るからにはあなたにもその護衛にも、言動には責任を伴います。ゆめゆめ、うかつな真似はなさいませんよう。ここで引き下がるなら、今回はなかったことにいたしますが?」
リーンハルトは悔し気にこちらを見ると、部下を引き連れて立ち去っていく。カーステンがこちらに一礼し、慌ててリーンハルトの背を追っていった。
私は溜息を吐くと、アマ―リアを促した。
「何をしている。世界樹の様子を見に行くのだろう? 貴女が案内してくれなければ私たちも入ることはできない」
アマ―リアは驚いたような顔でこちらを見返した。
「公爵家の人間とはいえ、公国の宝たる世界樹に無許可で近づくことはできない。私としても、世界樹を近くで見てみたいのだ。私を出しにしたお礼に、見せてもらってもいいだろう? なに、同盟国の不利になることはしないさ」
急かす私に、アマ―リアはあきれたようにため息を吐くのだった。
◆◆◆◆
アマ―リアの案内で世界樹の前に立った。
近くで見ると本当に大きな木だな。数100歩もの高さがあるのではないだろうか。何よりすさまじいのは魔力量だ。この木はきっと、地下からこの地脈の魔力を吸い上げているのだろう。
「どう? 立派でしょう? さすがに王城にある世界樹とは比べられないけど、この子はすごい速さで成長しているわ。近いうちに、公国に大きな恵みをもたらしてくれるのは間違いないでしょうね」
世界樹の葉や樹液は、最高級のポーションなどの原料になる。また世界樹の加護を受けた戦士は比類なき強さを手にすることができると言われている。大地の恵みで土地を豊かにしてくれるという効果もあり、この一本で公国はさらなる飛躍を遂げられるのではないだろうか。
アマーリアは木の根元に立ち、左手を幹に添えながら説明を続けてくれた。
「王城の世界樹と比べるとまだまだ細かい調整とかが必要なんだけどね。でも、さらに成長すればここでもいろんな恵みを得られるようになる。まあここは王城からすごく近いから土地を豊かにする効果もたかが知れているかもしれないけど、いずれは島中に世界樹を実らせて、この国を帝国にも負けないくらい発展させたいと思っているわ」
アマ―リアの言葉通り、この地にもっと多くの世界樹があれば、公国はさらに栄えるかもしれない。島の隅々にまで世界樹の力が及べば、帝国にも負けないくらいの恵みを手に入れられるかもしれないのだ。
「我々王国民もうかうかしてられないな。多くの優秀な魔法使いを育成せねば、公国に差を付けられてしまうやもしれぬ」
私が溜息を吐くと、アマ―リアは自信ありげに胸を張った。
しばらく、アマ―リアが魔法を使う音だけが響いた。私たちはその光景をなんともなしに見ていた。
やがて、アマ―リアの手が世界樹から離れた。アマーリエは疲れたように汗を拭うと私のほうに向き合った。そして深呼吸すると、丁寧な動作で深々と私に頭を下げた。
「ヨルン様。この度は、ヨーク公国のリーンハルト殿下が大変失礼な真似をいたしました。殿下に代わり、深くお詫びを申し上げます。公国は、クローリー王国とことを構える気はありませぬ」
「謝罪の言葉を受け取ります。こちらこそ、世界樹本体だけでなく、調整の儀式も見せてもらえるとは思いませんでした。貴重な技を見せていただいてありがとうございます。大変参考になりました」
深く頭を下げるアマ―リアに、私も頭を下げ返した。
おそらくだが、世界樹の調整は秘伝と言っても過言ではないのだろう。だがアマ―リアは先ほどのお詫びも兼ねてその様子を見せてくれた。その思いを無下にすることはできない。
「しかし、さすがは王国の公爵様だな! さっきは抜く手も見えぬ早打ちだったぜ! あれじゃあ、護衛なんていらないんじゃないか?」
シュテファーニエがほめてくれた。アマ―リアも言葉をつなぐ。
「ヨルン様のことを誤解していたかもしれません。ダーヴィド様は私の兄ほどではなくともあまり魔法を使えないのですよね? なのにとても重用しているように見えます。ヨルン様は魔法の得意不得意に関係なく、配下を得られているようです。その、ダーヴィド様を貶めているようにも見えませんし・・・」
私は溜息を吐いた。
「それも誤解ですよ。私はダーヴィドが強くて信頼できるから護衛に選んでいるのです。決して気安い関係だから護衛を頼んでいるわけではありませんよ」
2人が驚いて私を見て、その後ダーヴィドに視線を移した。
「さっきも言った通りです。魔力が薄いなら薄いなりに効率よく使うべきだと。リーンハルト様の護衛は魔力の色が濃いように見えましたが、戦えばダーヴィドが勝つでしょう。ダーヴィドは、自分に合った魔力を自在に使うことができるのですから」
驚く2人に、私はさらに言葉を続けた。
「確かに、魔力は色が濃い方が、資質が高い方ができることが多いとされています。色が薄いと操るのも難しいですし、魔法陣を描くのにも一苦労ですから。ですが、それがすべてではない。色が薄いものでしかできないことも存在するのです」
私は断言した。
「ダーヴィドは強い。申し訳ないが、接近戦ならここにいる誰よりも。あなたの父にも肉薄できるのは間違いない。強いから、公爵家の長男である私の選任武官を任されているのです」
力強く語る私を、二人はあっけにとられたような顔で見返すのだった。




