第334話 ヨルン・ロレーヌの手記
あの後、慌てて戻ってきたラーレからめちゃめちゃ説教された。永遠に続くかと思ったけど、途中でコルドゥラに呼び出されたんだ。なんか館の会議室みたいな場所にエレオノーラが読んでいるらしいけど、説教が長引きそうだったから正直助かった。
「まったくあんたは! この場にいるのは私たち一家だけじゃないのよ! いくらアンタと親しいとはいえエレオノーラ様たちだっているんだから! それにフューリー様たちアルプトラウム島の皆さんがどう思ったかわかる!? もしかしたら『王国の騎士は奇声を発することがある』なんて思われたかもしれないのよ!」
ぷんすか起こるラーレのお小言を聞きながら会議室へと向かう。正直、叫び声を上げたのは申し訳ない。ラーレの気が済むまで説教を受けるしかないのだった。
「ま、まあラーレお嬢様落ち着いて。エレオノーラ様もお待ちのようですから、とりあえず会いに向かいましょう」
「そ、そうだよ。仮にも公爵令嬢なんだから待たせるのはまずいって。何の話かは知らないけどさぁ」
道中、怒り狂うラーレをコルドゥラと一緒に宥めたけど、本当に効果があったかどうか・・・。ラーレは不機嫌なままだったんだよね。
ちなみにコルドゥラはお父さんを亡くしたばかりというのに、いつの間にか立ち直っていた。でも前よりも考えこむことが多くなって、一人で刀を振ることも多くなっている。私の護衛なんかは今まで通りやってくれているんだけどね。
ぐちぐち言っていたラーレだけど、会議室の扉の前で急に立ち止まった。なぜか、扉を開けるのを躊躇しているようだった。
「どうしよう。エレオノーラ様、怒ってないよね? 無礼打ちとかにされたりしないよね?」
急にそんなことを言い出した。仮にも公爵令嬢なんだから、怒らせたかもしれないと思って今更ながら怯えた様子だった。
「大丈夫大丈夫! エレオノーラがそんなこと気にするわけはないでしょう? とりあえず行ってみようよ。ここでみんな待ってるはずだしさ」
私は震えるラーレを気にせずに会議室の扉を開けたのだった。
◆◆◆◆
会議室にはすでに何人かの人たちが集まっていた。
私たちが扉を開けると視線が集中した。ギルベルトが手を上げ、ヴァンダ先輩とオティーリエが安心したような顔で微笑んだ。フューリーさんもいて、彼女は青い顔でそっと頭を下げた。
そして彼らの隣にいる男を見て、私は目を見開いた。
「え・・・。あ・・・」
久しぶりの既視感。
その男の姿を見たとき、エレオノーラと会った時と同じような感覚に襲われたんだ。
「北条の、おじさん?」
あの人は、間違いない。姿形は違うけど、アキちゃんのお父さんだ。アキちゃんちに遊びに行ったときたまに会ったことがあるし、最後のあの日も車で剣術の試合会場に送ってくれたんだ。
おじさんは、痛ましいものを見るかのように私を見て、深々とお辞儀をした。私は何も言えず、茫然として立ち尽くしてしまった。
「ほら! 入り口の前で急に立ち止まらない! って、どうしたの? 顔が真っ青よ?」
「お嬢様、何かありましたか? 体調が戻っていないようでしたら、少し待ってもらうようエレオノーラ様に伝えましょうか?」
ラーレが不機嫌に、コルドゥラが心配そうにそう尋ねたけど、いきなり回れ右するわけにはいかない。私は首を振って会議室の椅子に座った。2人は顔を見合わせたけど、頷いて私の領隣りに座った。コルドゥラが私をおじさんから守るような位置に、ラーレがその逆に座った。まるで2人は示し合わせたかのように、私をかばいながら座ってくれていた。
私はおじさんのほうをちらちら見て俯いていた。おじさんのほうも、何か言おうとしてすぐにためらうような感じだった。そんな私たちを見て、周りの人も戸惑った様子だった。
私たちがまごまごしていると、エレオノーラがホルストを連れて部屋に入ってきた。
「皆さん。集まってくれたようね。ダクマー。言いたいことがあるのは分かるけど、今はそれよりも優先することがあるわ。これから話すことはかなり重要なことになります。これからの闇魔との戦いを左右する、重要な事柄のね」
エレオノーラが私たち一人一人の顔を見渡した。いつもは気さくな感じなのに、今は公爵令嬢の名にふさわしい重厚な雰囲気を纏っていた。
誰かがごくりと喉を鳴らした。これからエレオノーラが話すことは、相当に重要なことなのかもしれない。エレオノーラに付き従うようにホルストが入ってきたのも気になるし。
そんな私のことを知ってか知らずか、ホルストは冷静に話を始めた。
「まずは僕から話させてもらいます。先日、僕たちは魔王・レインカネルと遭遇しました。千載一遇のチャンスかと思われましたが、対処したこちらの被害は甚大でした。アルプトラウム戦線の皆様は何人も被害に遭われましたし、我らビューロウの当主であるバルトルドも意識を奪われました。これは大敗と言っても過言ではないでしょう」
うん。長らく家に仕えてくれたエゴンもやられてしまったし、私もレインカネルに手も足も出なかった。これは、王国軍にとって看過しえない問題かもしれない。
「でも、今回の戦いで新たな事実も判明したんです。これからの戦況を左右する、重要な事実がね」
もったいなぶったように言うホルスト。彼は私たち一人一人の顔を見渡した。そして、私のところで目を止めた。
「え・・・。あ・・・・」
私は顔を青くした。やはり私がレインカネルと同じ剣を使っているのは問題なのかもしれない。
落ち込みだす私を見て、なぜかホルストは慌てて言い訳をした。
「そ、そうじゃない! 君の剣がレインカネルと同じなのが問題なわけじゃない! それで敵を倒したのなら何の問題もないんだからな!」
ホルストは咳払いすると、私に向かって問いかけてきた。
「なあダクマー。昔、あの道場で僕と模擬戦をしたのを覚えているか? あの時、最初の闇魔法は通じたけど、あとの魔法は全く違ったよな?」
私は頷いた。確か、あいつは最初はサチャーレンの魔法で私の身体強化を引きはがしたんだよね。でも続けて撃ってきたダンケヘイトの魔法は、視界を奪ってくるはずなのに何の効果もなかったんだ。
「闇魔法ってのは複雑さ。ある魔法を使ったら他の魔法が通じなくなることも多い。新型の杖に使われているスクワッチェンのように、何度も上書きできる魔法のほうが珍しいんだ。でもその性質を利用して、旧帝国では闇魔法を使って魔法が使われているかどうかを確かめることが多かった。僕も今回、それに倣った感じでね」
え? そうなの? ってことはつまり、ホルストはあの戦いの中でレインカネルに闇魔法が掛かっていないか確かめたってこと?
ホルストがドヤ顔しながら私たちに説明してきた。
「あの日、僕が使った闇魔法はアンデクウェム。相手に不快感を与えるだけの、戦闘には何の影響もない魔法さ。でもこの魔法は、昔の帝国では頻繁に使われていた。ある魔法と、対になっているからね」
ホルストはますます調子づいたように話を続けた。どうでもいいけど、なんかコイツの表情ってむかつくんですけど!
「僕はね。ダクマーに負けたあの日から、母に聞いて闇魔法についての理解を深めてきたんだ。だから、闇魔法に対する知識には自信がある。すまないが、ヴァンダよりも知識があると自負しているんだよ」
いや自画自賛してないで早く言ってよ! 私たちは結論が知りたいんだけど!
「アンタが勉強熱心なのはわかったから、さっさと結論を言いなさい。そのアンデクウェムって、何の魔法に無効化されるっていうのよ」
ラーレがあきれたように言うと、ホルストは我に返ったように咳払いした。
「う、うん。みんなが気になっているようだから説明しよう。その魔法とは、支配さ。そう。ヴァンダの兄が復活させ、ナターナエルに使おうとした魔法だね。彼の魔法は失敗していたわけじゃない。ナターナエルはすでに支配の魔法の影響下にあった。だから、あの魔法が効かなかったということさ!」
ホルストが指さしながら答えてくれた。
え? それって、つまり、そういうことなの!?
「そう。あの魔王レインカネルは自分の意思で戦っているわけじゃない! 誰かの支配の影響で、何者かの手先として戦っているにすぎないのさ! だから、僕たちがレインカネルを倒しても、それで終わりってわけじゃない! レインカネルを操っている黒幕を倒さなきゃ、この戦いは終わらないってことなのさ!」
自信満々にそう宣言するホルストに、私たちはみんな言葉を失うのだった。
◆◆◆◆
会議室に沈黙が訪れた。
誰も何も言えないようだった。ホルストの言葉は私たちにとって意外なものだった。レインカネルたち闇魔は自らの意思で残酷なことをしていたと思ってたのに、まさか何者かに操られていたなんて・・・。
沈黙を破ったのは、やはりというかラーレだった。あいつは一応ホルストの姉だし、気軽に文句を言える関係を作っているからね。
「で、だれがレインカネルを操ってるの? アンタのことだから、なんか検討がついているんじゃない?」
ホルストはニヤリと笑いながら答えた。
「まあ、心当たりはあるけど、一応ちゃんと検証してみるにしようか。ねえ、オスカーさん」
嫌らしく笑うホルストに、しかしオスカーの表情は崩れない。腕を組んだまま、前方を無表情に見つめている。
「オルレアン家には伝わっているんだよね? 闇魔が現われた当初のことを記したヨルン・ロレーヌの手記というやつがさ。それと、ここにいるエレオノーラ様の知識や、図書館に毎日のように学んでいた愚姉やヴァンダ様の知識を合わせれば分かるんじゃないか? あの時何が起こったのか、どうやって闇魔が生まれたのかをね」
ドヤ顔するホルストにもオスカーは揺るがない。何かを考えこむように腕を組んだままだった。
「え、えっと、ヨルン・ロレーヌの手記ですか? そんなの、我が家にありましたっけ?」
首をかしげるフューリーさんを見て、オスカーが溜息を吐いた。
「君は良く知っているはずだよ。君が魔術の訓練のために読んでいた本があっただろう。いつも手から離さないように持ち運んでいて、しょうがなしに写本を許したあの本さ。あれは、ヨルン・ロレーヌが我が家の始祖に魔法を教えるために書き記したものらしいんだよ。あれを知る者の中にはあれをヨルン・ロレーヌの手記というものもいるんだ」
フューリーさんは驚いた様子だった。
「え? あの本が? そんなに貴重なものだったんですか? 確かに前に弟に見せようとしたらすんごく怒られた気がしますけど?」
「それは、ルドガーはまだあの本を読めるレベルに達していなかったからね。というか、今だってまだまだなんだけど・・・。いい加減に、自分の未熟さに気づいてほしいものだよ」
オスカーは溜息を泣くと、エレオノーラに向き直った。
「いいだろう。では、検討してみようじゃないか。王国側にヨルン・ロレーヌや我々のことがどれだけ伝わっているのか気になるからね。君たちの検証に、私たちも参加させてもらおうじゃないか」
こうして、私たちの過去を探る旅が始まったのだった――。




