第315話 新たな四天王
「はははは! 食らえ!」
突撃してくる大男の剣戟をなんとか躱した。そして反撃に刀を振るうが、こちらも簡単に躱されてしまう。
鋭い攻防を交えると、どちらともなく距離を取った。
「やるではないか、小娘! 我が剣戟をしのぐとは! 王国のつかいっぱしリにしておくには惜しい腕をしておる」
「そっちこそ。闇魔のくせになかなかやるじゃん。単に、強い魔力障壁で守られているだけじゃないんだね」
そしてお互いに笑い合った。
大男は身の丈ほどの大きな大剣を振り回した。その膂力と大剣で敵を容赦なく押しつぶすようなスタイルなのだろう。おそらく、レベル3くらいになるだろうか。強い水魔法で身体強化を行っている。その力は、正直すさまじいものがあった。
「次はこれだ! どう戦う! どうしのぐ!」
笑いながら振り回される大剣を、私は何とか躱し続けた。
正直、受け止めるのは悪手だ。神鉄の刀とはいえ、受け止めたら武器ごと叩き切られてしまう気がする。相手も神鉄の武器を使っているから絶対に避け続けなければならない相手だと思う。
相手は大剣を振り回し、私はその攻撃を避け続ける。反撃する隙なんてほとんどない。私は避けるので精いっぱいだった。わずかな隙をついた反撃も、余裕の表情で避けられてしまっていた。
「な、なんて動きだ。二人とも、動きが速すぎて全然読めない。手を出そうにも、介入する隙が無い」
「ひ、人がこんなに速く動けるのですか? あんなのに巻き込まれたら確実にやられてしまう。こんなの、本当に現実とは・・・」
護衛たちの声が聞こえてきた。
私は必死だけど相手にはまだ余裕がある。このままじゃあ、いずれ私は相手につかまってしまうかもしれない。
「くっ、こうなったらあれで!」
私は後ろに飛びのくと刀を下段に構えた。
「ふん! 動きを止めたか! ならば!」
大男は大剣を振りかぶって突撃してきた。
「くらえええええええい!」
私は冷静に相手の動きを見定めた。正直、動きに見覚えはない。初めて戦う流派なのだ。でも、これだけ見ていれば動きは読めるようになる。示巌流の「見」は、戦っている途中でも相手のすべてを見抜くことができるのだ!
「秘剣! 鷹落とし!」
あいつの動きに合わせて刀を斬り上げた!
相手の攻撃を掻い潜って斬りつける――そのつもりで打った一撃は、急加速した大男の大剣に防がれた。
キイイイイイイイイン
私の秘剣とあいつの一撃がぶつかった。
「くっ、私の鷹落としが! まるで予見されたかのように!」
しばらくつばぜり合いのような状態が続いた。でもやがて、私は押されてしまう。無属性魔法を使った身体強化は、一瞬の強化には向いているが、長期的な強化には向いていない。そして突き飛ばすような男の蹴りを受け、私は転がるように弾き飛ばされてしまった。
「くっ! なんで!」
相手を見上げ、睨みつけるけど、大男は涼しい顔で私を見下していた。
「ふん! 少しはやるようだがまだまだ未熟だな! 我はおろか、あの男にも絶対に勝てぬだろうさ」
あざ笑うかのように大男が笑い出した。
そのとき、向こうのほうでも動きがあった。
「ほら! 出てきなさい!」
優男が周辺に魔法陣を展開する。赤、青、緑、黄色と色とりどりの魔法陣から出てきたのは、たくさんの魔物だった。
「ゴブリンにオーク! リザードマンも、コボルトも! なんて数の魔物!?」
フューリーさんが焦ったような声を上げた。
「くそっ! あいつらを魔法使いたちに近づかせるな!」
ホルストが叫び、自身も素早く魔物の前に躍り出た。
コルドゥラも素早く魔物たちの前に移動した。他の護衛たちと連携して魔物たちと戦うつもりのようだった。
「あっはっはっはっは! これでどうです?」
優男が地面に魔力を叩きつけると、かなり大きな魔法陣が展開された。
「あの魔法陣は! まさか!?」
おじい様が叫び声を上げた。そんなおじい様を見て、あの優男は得意げな笑みを浮かべていた。
「さあ! でてきなさい! そして刮目してみよ! この召喚門を!」
大きな揺れと共に魔法陣から巨大な門が生えてきた。優男が呼び出したのは召喚門だった。
「くっ! なんで!」
臍を嚙む私を尻目に、門が開かれた。
しかし――。
「??? なんにも来ないんだけど?」
身構えていたエレオノーラが茫然とつぶやいた。
そう。門が開いてもそこから魔物は現れなかったのだ。
「あ、そうか。あれから100年も経っているから・・・」
優男が顔を青くしてつぶやいた。でも次の瞬間には気を取り直し、素早く魔法陣を展開した。そして魔法陣の中から新たに魔物が召喚されてきた。
「くっ! これが帝国の魔術師というやつなのか! たったあれだけの魔法陣なのに魔物の数がすごい! だが、御屋形様に接敵されるわけには!」
エゴンたち、おじい様の護衛が必死に戦っている。エレオノーラたちも援護するけど、分は悪くなる一方だった。
後ろをちらちらと確認する私を、あの大男が嘲笑した。
「ふん! 他の者を確認する余裕があるのか? お前ごとき、すぐに仕留めてくれるわ! 私はブルクハルト・ブロンベルク! 栄えある帝国の大将軍だ! 貴様ごときに倒せる相手ではないわ!」
私と戦っていた大男がニヤリと笑った。そして、大男――ブルクハルトはさらに勢いを強めて攻撃してきた。
「ふははははは! どうした! お前の剣はその程度か! ふはははは! このまま叩き潰してくれるわ! ふはははは!」
私は何とかブルクハルトの猛攻を防ぐが、正直押されてしまっていた。
私はブルクハルトの猛攻を躱し続けている。まずいな。このまま仕掛けられ続ければ、やがては捕まって倒されてしまうかもしれない。
「てあああああああああ!」
私はブルクハルトを斬りつけるが、その一撃はあっさりと受け止められてしまう。
「はっ! その程度か!」
ブルクハルトが大剣を一閃し、私はそれに押されたように後ろに大きく飛ばされた。
「むっ! 貴様!」
ブルクハルトが何かに気づいたようにこちらを睨んできた。
私はちょっと離れた位置に着地すると、素早く地面を蹴った。
ブルクハルトに素早く接近する。そして――。
「秘剣! 鴨流れ!」
走・攻一体となった秘剣を放った!
私の刀はブルクハルトの胸を鎧ごと斬り裂いた。
「くっ! 後ろに飛ばされたのはわざとか! 世界樹の加護ごと私を斬りつけるとは!」
ブルクハルトは5歩ほど下がり、胸に手を当てながら私を睨みつけた。
一撃で倒すことはできなかったけど、多分これでイーブンだ! 流れを私の元に引き寄せることができた。このまま、こいつの脳天を斬り裂いてみせる!
ブルクハルトを倒そうと意気込む私に、親友の声が聞こえてきた。
「レフェクション!」
横目でそっちを見ると、あの優男の周りに複数の鏡が出現していた。
あれはロレーヌ家の秘術! 私が戦っている間に、エレオノーラはあの秘術の射程内にあの男を捕えたということか!
鏡と鏡の間を反射するように、水弾が飛び交っていく。範囲内の魔物は一瞬にして倒されていくみたいだけど・・・。
「おお! 素晴らしい! これが世界樹の加護とやらか! あのヨルン・ロレーヌの秘術をものともしないなんて!」
水弾は、優男の魔力障壁にあっさりと防がれてしまう。あの魔力障壁は強い。おそらく、上位の闇魔、いや四天王に匹敵するのではないだろうか。
優男は笑いながら、エレオノーラをねっとりと見つめる。
「いやしかし、あなたは見れば見るほど・・・。どうです? 私と一緒に、ベッドから朝焼けを見てみるのはいかがですか? 良い宿を知っているのですよ。100年経った今も、空いているかは知りませんが・・・」
エレオノーラは顔を青ざめさせてその優男を見た。優男の言葉にドン引きしているようだけど、それは私も、見ている仲間たちも同意見だった。
「な、なんなのあいつ! ちょっときもいんだけど! なに!? 戦場でナンパでもしようってわけ?」
たまらずオティーリエが吐き出した。でも優男のほうは全く気にすることもなくオティーリエに顔を向けた。
「ああ。そこの白色のお嬢さんも大変お美しいですね。あなたも是非、私の招待をお受けください。緑と青のお嬢様も大変お美しい。どうです? 今までにない快楽を、味合わせてあげますよ?」
優男はオティーリエばかりか、フューリーさんにもそんな声をかけてきた。
なんだコイツ、本気でヤバイ! 戦場で、闇魔のくせにそんなこと言い出すなんて!
でも、優男の表情が不意に固まった。
「なっ! なんて醜い! あんなに赤く、しかも黒にも染まっているなんて! 王国の者ども、私たちのことを外道だのなんだの言ったのに、何を考えているんだ! その、凄まじいレベルの魔道兵をこんなところに連れてくるなんて!」
青年が見ていたのはラーレだった。
「わ、私はあれを抱けるのか? 確かに、見てくれは悪くないが、あの魔力は異常だ。あんなに濃い色の赤と黒がまじりあっているなんて・・・。さすがにあれはないだろう!」
なんか自問自答しはじめたんだけど!
「な、何を言っているんすか! こんなにきれいなラーレ先輩を捕まえて! ラーレ先輩が醜いなんて、目が腐ってるんじゃないっすか? うちの学年を代表する美女だと思うっす! いい加減なこと言わないでほしいっす!」
ヴァンダ先輩が叫び返す。こんなところにもラーレのファンがいたのか。まあ、図書館組みはみんな仲がいいみたいだから、それもしょうがないかもしれない。
「そ、そうですね! 私としたことが失言でした! いかに素質が異常であっても、美しい女性であることは変わりありません! その幼子の言う通りです! よろしい! 私が朝まで愛して差し上げます!」
いやいいんだって。ラーレのことは正直にほおっておいてほしいんだけど・・・。こんな変態みたいなやつに好かれて喜ぶ奴なんてこっちにはいない。たとえ相手が絶世の美男子だったとしても、こんなのはごめんなはずだ。
傷口を確かめていたブルクハルトが忌々し気な声を吐き出した。
「アレクシス! いい加減にして戦いに集中しろ! お前好みの女子なぞ、あとでどれだけでも探せばよいだろう!」
でも優男――アレクシスは、必死の形相でブルクハルトに反論した。
「何を言っているのです! 一期一会という言葉を知らないのですか? またこのような女性と出会える機会があるとは限らないでしょう! 出会った時がチャンスなのです! 声を掛けないなんぞ、帝国紳士の風上にも置けないでしょう!」
アレクシスの反論に、ブルクハルトは苦虫を嚙み潰したような顔になった。そんな相方のことを気にすることもなく、アレクシスは言葉を続けた。
「なによりあなたも実感しているはずです! 私たちは、罪に触れるたびに自由になる! 私たちが真の自由を手にするには数多くの罪に触れなければならない! これは、私たちの本来の目的にも沿うものなんですよ!」
大げさな手ぶりで語りだすアレクシス。ラーレはそんな彼を無言で見つめると、そっと右手を向けて魔法陣を展開した。
「燻り、焼き尽くせ」
黒い下地に赤い魔法陣。ラーレの右手から黒い炎が発射され、アレクシスを襲った。
「う、うおおおおお!」
アレクシスは必死の形相で黒い炎を躱した。そしてブルクハルトがラーレを睨みつけたが、ラーレは無表情でそちらにも炎を発射した。
炎はブルクハルトを掠め、そのまま後ろに着弾していく。
かすっただけだというのに、ブルクハルトは大きく体勢を崩した様子だった。
「なんだこれは! 世界樹の加護があっさりと貫かれたぞ! くっ! 王国の外道どもめ! こんな生物兵器を作り出すなぞ!」
ブルクハルトの暴言に、ラーレは顔に青筋を浮かばせた。
さらに追撃しようとしたラーレだけど、不意に森の入り口のほうを振り返った。私も何か恐ろしい気配を感じ、ラーレが見た位置を確認した。
いつの間にか一人の男が歩いてきていた。
「何をしている。新たな四天王が2人も揃って、王国の貴族に手も足も出ぬとは・・・。所詮は帝国の負け犬ども。お前たちには何をすることもできぬ」
なんか、戦国時代の甲冑のような鎧を着て、剣には太くて長い片刃の剣を持っている。長さは私の物干し竿と同じくらいだろうか。ただ歩いているだけなのに、ゆっくり歩いているだけなのに、誰にもその歩みを止められないように思えた。
「王国の民よ。ご苦労だったな。お初にお目にかかる、ワシはレインカネルと申す者だ。悪いがこれ以上、貴様たちの好きにさせるわけにはいかぬ」
そしてその男は私のほうを指さした。
「示巌流の同門として、貴様には教えねばならんこともあるからな」
こうしてその男――レインカネルと私との戦いが始まったのだった。




