第312話 フューリーさんとの会話
男たちが立ち去ると、私たちはフューリーさんと向き合った。私とホルストの他、ギルベルトの姿もあった。やっぱり旧公国の星持ちの話とあって、王国側はみんな興味津々になっているんだけど・・・。
「も、申し訳ございません! 私ごときが、皆様のお手を煩わせるなんて・・・。どどどどう、お詫びをしたらよいか」
当のフューリーさんはものすごくあわあわしている。魔物の群れを一撃で倒したのと同一人物とは思えない。
「いやあの、フューリーさん? えっと、私たち、ちょっとあなたにお話しを聞きたいんだけど・・・?」
「本当にすみません! 私ごときが王国の皆様にお話を聞かせるなんて恐れ多い! すぐに他の者に代わります。あ、でも他の者はみんな下がらされたんだった・・・。ど、どうしよう! ち、父は? えっと、まだこっちに来ていないんだった!」
慌て出すフューリーさんを見て、私たちは茫然としてしまった。
あの凛々しかったフューリーさんはどこ行った!? なんかマイナス思考が過ぎて、こっちが尋問している気分になってきたんだけど!
「い、いや僕らは君に話を聞きたいんだ。さっき使った氷の嵐、すごかったなと思って。あんなの、水の魔法家のヴァッサーでもできる人がいないよ」
ギルベルトがフューリさんを落ち着かせるように言った。
氷の魔法は水魔法を相当に鍛えるか、水と風を同時に扱う複合魔法を発動するかしか使えない。私も経験があるけど、水魔法と言えば水の弾で攻撃するのが一般的なんだよね。氷で攻撃するのは、おじい様が使った水の最上位魔法しか見たことがない。
「すみません! 実は、あんな魔法を使ったのは初めてなんです! いつもは魔物の攻撃を躱すのに精いっぱいで・・・。集中が必要な魔法なんて、使える機会がなかったりするんです。皆様の護衛に甘えてしまってすみません! 未熟者ですみません!」
フューリーさんの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
え? どういうこと? それが本当なら、フューリーさんは普段は護衛なしに魔物と戦っているってこと? そんなの。王国では考えられないんだけど!
「あなたほど優秀な魔法使いなら、魔法攻撃に集中する方が効率的に魔物を倒せるはずだ。敵の攻撃をしのぐのは他の人間のすることだろう。他の護衛は何をやっているんだ? 職場放棄かよ!」
ホルストが不機嫌に吐き捨てた。コイツは守り手としては優秀だからフューリさんの護衛にかなり言いたいことがあるようだった。
「私が嫌われ者だから仕方ないんです! 他の人は悪くないんです! あ! でも弟は、私と違って優秀なんです! 小さいときから風魔法が得意で、高度な魔法もすぐに使えるようになってたんです! うちは一応、ヨーク公国家の血を引いているらしく、魔力量も多いので、魔法に関してはかなりのものだと思います! 本人もそれが誇りなようで、いつも自慢しています!」
そしてなんか弟を猛プッシュしてきたんだけど! アルプトラウム戦線が侮られないようにってことだろうけど、正直ルドガーのことには興味がない。私たちが知りたいのはあくまでフューリーさんのことなんだけどなぁ。
「私なんて、最近やっと魔法を使えるようになったくらいで・・・。それまでは魔力過多だと思われてたくらいです。魔法を成功させたのも今回が初めてで、本当にどうしようもないんです。母や弟からは、いつもどんくさいって言われてて・・・」
聞けば聞くほど、フューリーさんが星持ちだと確信できるんだけど!
アメリーもそうだったけど、星持ちと言われる魔法使いは、最初のころは魔法をうまく使えない人が多い。ある一定の水準を超えたら他の人よりすいすい魔法を使えるんだけどね。
落ち込んだように頭を下げるフューリーさんに、ホルストは渋面になりながらも説明を続けた。
「おそらく、ルドガーさんの風魔法の資質はレベル3だね。レベル3は長らく最高の資質だとされていた。あのレベルになると、初めからたいていの魔法を簡単に使いこなせるからね。それにおごらずきちんと修行しているのなら、君の弟は相当に優秀な魔法使いになれるだろう」
ホルストの言葉に、フューリーさんには安心したような、落胆したような顔になった。
「だけど、そんなレベル3でも星持ちにははるかに及ばない。現在、魔法使いの最高の素質とされているのはレベル4、つまり君さ。確かにレベル4は、幼いころは魔法をうまく扱えない者が多いが、魔力制御を極めればレベル3とは比べ物にならないくらいに制御も威力も段違いになるんだ。今は、魔法が使えるようになったと言ってたね? だったらもう、弟さんが相手にならないくらい魔法が扱えるはずさ」
なぜかドヤ顔になって説明するホルスト。なんかその顔にイラっとするんだけど!
フューリーさんは茫然としてこちらを見ていた。
「わ、私が、魔法使いの最高の資質の持ち主? 王国ではそんな評価になるんですか・・・」
ギルベルトが静かに頷いた。
「あの魔法を見れば分かる。君が、地道な努力を続けてきたってことはね。レベル4でも高威力の魔法を発現できるくらい魔力制御を鍛えてきたんだろう? 魔法にまぐれなんてない。あの氷の嵐は本当に見事だった。君は王国の魔法使いに引けを取らないくらい、優れた魔法を使えるようになったんだよ」
フューリーさんは茫然とし立ち尽くしていた。
「わ、私・・・。ずっと周りから落ちこぼれだって言われてきて。さっきの魔法を他の人に見せたときもまぐれだって言われて・・・。だから、みんなに認められなかったし、何をやってもバカにされていた。そんな私でも、できることがあるんでしょうか?」
「できるだろうね。というか、君にしかできないことは多い。何しろ、君は魔法使いの頂点に立つ星持ちなんだから。町に戻ったらバルトルド様にいろいろ聞いてみるといい。あの人なら、きっと君に最適なアドバイスを送ってくれるはずだから」
フューリーさんは俯いて静かに泣き出した。私たちは顔を見合わせて、そんな彼女をそっと見守ることにしたのだった。
◆◆◆◆
しばらく無言で足を進めた。フューリーさんは泣き止むと、涙をぬぐいなたら頭を下げた。
「すみません。お見苦しいところを・・・。皆様の貴重な時間をいただいたようで・・・」
フューリーさんは相変わらず卑屈な態度だった。そんな彼女に気圧されながらも、私は気になったことを聞いてみた。
「でもさ、やっぱりこの島は王国と比べると魔術の研究が進んでいない感じだね。星持ちがすごいことなんて、うちの国だと常識になってるのに。でもフューリーさんの魔法の腕はすごいように感じたけど、どうやって勉強したの?」
この島の魔法に関する常識は遅れている感じなのに、フューリーさんの魔法の腕は見事だった。広範囲に冷気をまき散らす魔法なんて、学園でも使える人なんていないと思う。資質だけじゃなく、知識もないとできない芸当なんだよね。
「あ、それは多分、父が持っていた魔導書が素晴らしかったんだと思います。必要なことはそこに書いてありましたから。著者は誰かに魔法の基礎理論を教えるためにその本を書いたらしく、順を追って読んでいけば魔術の基礎が学べたんです」
ほほう。どうやらフューリーさんの愛読書は魔術の基礎を学べるものだったらしい。
ん? そう言えばうちのおじい様も本を書いてたよね? フューリーさんがそれを見て魔術のことを学んだのならちょっと嫌なんだけど!
「その本は、著者が誰かに魔法を教えるために書いたものらしく、基礎から発動のコツ、そして複合魔法に至るまで詳しく書かれていたんです。後半は難しいことばかりで読み進めるのに苦労しましたけどね」
フューリーさんは照れたように頭を掻いた。
「難しい本って、なんか眠くなっちゃわない? 役に立つことは分かるけど、私なら途中で断念しそうだなぁ」
私がそう答えると、ホルストが何度も頷いた。
そこ! なんですんごく同意してるのよ! なんかバカにされたようで腹が立つんだけど!
「あ、でも、あの本ならダクマーさんも楽しく読めると思いますよ。あの本には冒険譚というか、仲間の相談に乗ったり一緒に魔物退治に向かったりするシーンとかが載っていましたから。そんなワクワクするシーンもあったから読み進めるのが苦じゃなかったんですよ」
フューリーさんは笑顔で説明していたのに、そこまで言うと急に暗くなってしまった。
「あの本を見てあこがれたんですよね。私もいつかは友人と一緒に冒険してみたかった。それができなくても、せめて一緒に旅をしたりしたかった。なのに現実はずっと一人ぼっちで・・・。私と一緒に遊んでくれる友人なんて、一人としてできなかった」
どんどん声のトーンを落とすフューリーさん。ちょっと! 雰囲気が暗くなってきたんだけど! 誰か、話題を変えて! この暗い空気をなんとかしてほしいんだけど!
「何言ってるんだよ! 今さっき、一緒に戦ったばかりじゃないか! 僕たちであの伝説のスクラム・エッセンを倒したんだからさ! これは立派な冒険だよ。僕たちみんなで、誰もなしえなかったことを完遂できたんだ!」
笑顔で白い歯を見せるギルベルト。さすが! こういう時は本当に頼りになるよね!
「そうですね。フューリーさんのおかげでこちらはけが人もなくあの巨大な魔物を討伐できました。これはもう、僕らの共同作業ですよ。誇っていいことだ。僕は言うでしょうね。アルプトラウム戦線の高名な魔法使い、フューリー・オルレアンと共に巨大な魔物を討伐したとね」
ホルストも同意するように続けていた。
うんうん! 私たちであの危険な魔物を討伐できたんだよね! これはみんなで成し遂げた戦果で、誇っていいことのはずだ。
フューリーさんは一瞬目を見開く。そして数秒間考え込むと、ゆっくりと顔をほころばせた。涙目になっているけど、それは悲しい涙じゃないはずだ。私もつられるようにちょっと涙ぐんでしまった。
うんうん! 私たち、やったよね!
つられて笑顔になったホルストだが、そのあと急に真顔になった。
「しかし、100年も前に滅んだはずのスクラム・エッセンがなぜ今、僕たちを襲ってきたのだろうか。あれは帝国がこの島を滅ぼすために作った魔物らしいが、ヨルン・ロレーヌの術で一匹残らず倒されたはず・・・」
確かに。なんだろね? いるはずのない魔物が、この現代によみがえったなんて・・・。無事に倒せたからいいようなものの、なんか嫌な予感というか、そんな感じがするのだ。
深刻になる私やホルストとは違い、ギルベルトはあっけらかんと答えた。
「まあ、バルトルド様に離せば何か考えてくれるはずさ。僕らだけで考えても仕方ないと思うよ。とりあえず、今回のこともフューリーさんのこともあの方に報告しようぜ。きっといい案を出してくれるはずだからさ」
気楽に言うギルベルトに、私は不安を感じながらも頷くのだった。




