第31話 新しい生活 ※ ヤン視点
※ ヤン視点
「みなしごどもがいい気になるなよ! お前らの替わりなんてわりなんて、いくらでもいるんだからな!」
新たに通うことになった道場で、僕たちはさっそく絡まれていた。
闇魔の襲撃以降、僕と弟のウドは領主様の護衛のグンター様の家に引き取られた。グンター様は代々ビューロウ家に仕えているらしくて、何代か前には風魔法で有名な貴族の養子になった人もいたらしい。
家には4歳になったばかりの女の子がいて、僕たちがなじめるのか不安だったけど、グンター様も奥様も優しくて、お嬢様も人懐っこい。安心して過ごすことができたんだけど・・・。
「貧民ごときが! この領地ででかい顔をできると思うなよ! ちょっと魔力が高いからと言ってな! ここは剣のビューロウ! 剣の腕がない奴が立てる場所じゃないんだよ!」
グンター様の屋敷では丁寧な扱いをされたけど、新しく通うことになった道場では別だった。
この道場には領主のお孫様や地域の有力者なんかも通っている。僕たちに絡んでくる男――クヌートみたいなこの地方の豪族からはきつい当たりをされることが多いんだ。
「申し訳ありません! グンター様からこの道場で剣をしっかり学ぶように仰せつかっているのです。クヌート様の邪魔になるようなことはしませんので、どうか!」
僕が悪くないのは分かっていた。でも、こういう時は大人しく頭を下げる方が厄介ごとに巻き込まれずに済む。僕はいつも暴力を振るってくる両親からそのことを学んでいた。
「俺は消えろと言っているんだ。そんなことも分かんないのか! 高々養い親が領主の護衛で気に入られたからと言って、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
僕が頭を下げているのに、クヌートは収まる気配はない。取り巻きの一人がこぶしを振り上げるのが見えた。
ああ。ここでも僕は理不尽に殴られるのだな。あきらめたように目を閉じる。だが、クヌートの取り巻きの拳は降ってくることはなかった。
恐る恐る目を開ける。クヌートの取り巻きは壁際まで吹き飛ばされ、クヌート自身も腰を抜かしてしゃがみ込んでいるのが見えた。
「領主の護衛が気に入らないということは、私の父も気に入らないということですね。いいでしょう。剣のビューロウらしく、剣で決着を付けようではありませんか」
そこには、黒い髪をポニーテールにまとめた少女が木刀を構えて立っていた。少女は青い切れ長の目を薄めてクヌートを睨んでいる。
「コ、コルドゥラ・・・、ち、ちがう! お前に言ったわけじゃない! この貧乏人がでかい顔をしているから言ったんだ!」
ポニーテールの少女――コルドゥラはクヌートを睨みつけたまま、言葉を発する。
「その子の養い親のグンター殿は私の父エゴンの同僚です。彼の職を侮辱するのはわが父を侮辱するのと同じことなのが分からないのですか。剣を抜きなさい。どちらが正しいのか、剣を持って明確にすることにしましょう」
木刀を突きつけるコルドゥラを見て、クヌートは焦る。コルドゥラは貴族と言っても差し支えないくらい高い魔力と水魔法の素質、そして剣の技術がある。以前、クヌートの大勢の取り巻きに絡まれたことがあったが返り討ちにしたそうだ。クヌートとしては絶対に敵対したくない相手だろう。
「お、お前に文句があるわけじゃないと言っているだろう! くそっ! おい! いくぞ!」
クヌートは取り巻きを引き連れて去っていく。
「あ、ありがとうございます」
僕はコルドゥラにお礼を言った。
助けてもらったけど、コルドゥラは領主様の護衛の娘でもある。ちょっとおどおどした態度になったかもしれない。
そんな僕を見て、コルドゥラはため息を吐いた。
「仮にもグンター様を養い親とするなら、もっと意気地を見せたらどうです。私がいないときに絡まれないとは限りません。もっと精進なさい」
そう言い捨てると、コルドゥラは去っていく。僕は何も言えず、彼女の後姿を見送ることしかできなかった。
◆◆◆◆
道場を出たところで、いきなり襲われた。出会い頭に木刀をぶつけられて、思わず僕は頭を抱えて蹲る。
「ははっ! 貧民ごときが生意気なんだよ!」
犯人はやっぱりと
いうか、クヌートだった。取り巻きとともに嫌な笑いを浮かべながら僕を囲んできた。
蹲る僕を、クヌートは蹴り上げる。腹を蹴られて僕はせき込んでいた。
「ちょっとコルドゥラに庇われたからって調子に乗ってんじゃねえぞ! あいつは顔がいいからって得意になってるだけだ! お前なんかに気があるわけじゃねぇ! お前ごとき、いつでも葬れるんだからな!」
僕はせき込みながら地面を睨みつける。なんでこんな目に合うんだ。僕はただ、静かに過ごしたいだけなのに・・・。
「お前! 弟がいるんだってな! 体だけがでかいみたいだけど、おどおどしてて不気味だよなぁ! お前と同じように分からせてやるよ!」
クヌートの言い分に、頭に血が上った。弟は、気が小さいけど優しい奴なんだ。こんな身分だけの奴に、バカにされる筋合いなんてない!
「やめろ! 弟に手を出すなんて許さないぞ! 僕も弟も、お前なんかに馬鹿にされるいわれなんてない!」
思わずクヌートを睨みつける。それと同時に、僕の全身から黒い魔力が立ち上るのが分かった。
「ひ、ひぃ! 闇魔法だと!? お前! 闇魔なのか! そうなんだな! 闇魔なんて消えちまえ! 父上に言いつけてやるからな!」
そんな捨て台詞を残し、クヌートと取り巻きは一目散に逃げ出した。僕はいきなり発現した闇魔法に驚き、茫然とした。
闇魔法は闇魔の証だと言われている。それが発現するなんて・・・。
「闇魔に襲われて、闇魔法の素質が目覚めたのか。教師から聞いたことがあるが、後天的に闇魔法の素質が現れるなんて。本当にこんなことがあるなんてな」
驚いて声のした方向を見る。そこにいたのは、この前廃屋に突入してきた領主様の孫の一人だった。たしか、ホルスト様と言ったか。木刀を手に持ち、紫の髪をいじりながら、僕を横目で見ながら笑いかけた。
「ぼ、僕は闇魔じゃないんです! 信じてください」
涙ながらに言い募る僕を見て、ホルスト様は小ばかにしたように鼻で笑った。
「人が闇魔になることはないよ。闇魔法の素質が生まれることがあってもね」
そういうと、ホルスト様は微笑みながら僕を見つめてきた。
「君を見て確信したよ。おじい様の言う通り、闇魔法は恥ずべき属性なんかじゃない。むしろ誇るべき属性なんだ。持っていて恥ずかしがるような属性じゃないんだよ」
そう言ってじりじりと近づいてくる。水色の瞳が爛々と輝いていて、なんだかちょっと怖い。
「君は選ばれたんだ。死を賭して弟を守ろうとした君の心意気を、天は見ていたのさ! その闇魔法の資質は、そんな君に与えられた祝福なんだよ!」
まるで役者のように大げさな手ぶりで言うホルスト様を、僕は呆けた顔で見ていた。
そんな僕の手を、ホルスト様は素早くつかんだ。
「さあ、おじい様に報告に行こう! おじい様ならきっと君を導いてくれるに違いない。それだけじゃない。君と言う新たな闇魔法の使い手が現れたなら、母上だって駆り出されるはずだ! バル家の秘術を見られるかもしれない! 僕はついているぞ!」
ホルスト様は、僕の手を掴むと笑い出しながら駆け出した。
茫然として引きずられながら、この人なら理不尽に僕たちを虐げたりしないように感じた。この人に付いていけば、きっと僕たちを正しい方向に導いてくれる。そんな気がしていたんだ。




