第291話 聖女候補との再会
ヴァージェの町にある砂浜には大量の王国貴族が軍を敷いていた。この砂浜に乗り込んでくるだろうランドルフを待ち構えるためである。
「結構壮観なもんだね。こんなに貴族が集まるなんてさ」
ラーレのつぶやきに、私はあたりを見渡した。
砂浜には東西南北に中央と、国中の貴族が詰めかけている。なんかしんないけど、こちら側の士気は高い。闇魔の四天王が相手だというのに、みんな手柄を立てようと躍起になっているのだ。
「なんでみんなこんなに好戦的なんだろうね。闇魔の四天王って言ったら死を賭して戦わなきゃいけない相手のはずなのにさぁ」
私が疑問を漏らすと、おじい様が鼻を鳴らした。
「忌々しいことだが、王国貴族には闇魔を侮る気持ちが生まれておるのだ。この町を奪還できたのは、自分たちが優れた魔法使いだからとな。まったく! 40年前に手も足も出なかったのを皆忘れておるのだ!」
不機嫌になるおじい様を見て、私は俯いてしまう。
貴族の中で闇魔を侮る気持ちが生まれたのは私のせいでもある。魔法の使えない私が2体も四天王を倒したことで、闇魔なんて大したことないって風潮が生まれてしまったのだ。新型の闇杖が効力を発揮したこともそれに拍車をかけているようだけど、一番は私に原因があるようなんだよね。
「シャキっとせい! お前が強くなるために精進してきたことはここにいる誰もが知っておる! 見る目のない者どもの声など気にするでないぞ! お前は十分によくやっておるのだ!」
おじい様の励ましに、私は力なく頷いた。
「そうだぜ。お前が頑張ってることは学園の知り合いはみんな知っている。影口なんか気にすることないぜ。僕もマリウスも、ハイデマリー様だってお前のことを認めてるんだからな」
ギルベルトが白い歯を見せてガッツポーズをした。
こいつ、おじい様の前だからってちょっとテンションが高いんだよね。ノルデンの町で教えを受けてから、さらにめんどくさいことになった気がする。
でも、私のことをよく知ってる友人から励まされてちょっとだけ元気が出たよ!
「バルトルド様。ちょっとよろしいでしょうか? 編成のことで相談したいことが・・・」
そう言っておじい様に話しかけたのはエレオノーラだった。おじい様はちらりと私を見たけど、エレオノーラのところに近寄っていった。おそらく、軍事機密になるようなことを話し合うのだろう。2人は隠れるように物陰に移動していった。
今回、エレオノーラは一軍を指揮する将として抜擢されてる。学園やノルデンの町で活躍したとはいえ、爵位は高いけどまだ経験不足だと判断されていて、彼女には経験豊富なうちのおじい様が副官としてつくことになったんだよね。エレオノーラは頻繁に相談するようになったようで、2人が話し合う姿をよく見かけるようになったんだ。
ちなみに私とラーレ、そしてギルベルトはエレオノーラの側近として近くに配備されている。やっぱり気心の知れた親友の隣って楽でいいよね。エレオノーラ自体は、たくさんの兵士の命を預かることになってすっごく緊張しているようだけど。
「ラーレさん。久しぶりね」
2人が立ち去っ多方向をなんとなく見ていると急に声を掛けられた。驚いてそっちを振り返ると、小学生くらいの背の低い女の子が胸を張ってラーレを見つめていた。
なんだ、この子? 小さいくせに、なんかやたらと露出度が高い服を着てるんだけど。
「クリスタさん! あなたもこちらに来ていたの?」
ラーレが驚いたような声を上げた。
「まあね。私もスヴェンも卒業後にこっちで戦っていてね。こう見えても結構実戦経験を積んだから、腕はそれなりになったと思うわよ。あの頃のように無様な姿はもう見せないと思うわ」
ああ、この人。ラーレの同級生かなんかなのか。ヴァンダ先輩といい、この人といい。年上なのに子供に見える人は結構いるよね。
「おい! クリスタ! 何をやっている! 私たちは先制攻撃を任されたんだから油を売っている暇はないぞ!」
さらに声をかけてきたのは水色の髪をした青年だった。
水色の髪、かぁ。デニスを思い出すけど、確か王国貴族でこんな髪の人の一族っていたよね。確か水の魔法家のヴァッサー家の人たちってこんな髪をしていたはずだ。
「って、お前ラーレか! こんなところで会うとは奇遇だな」
そこでラーレのことに気づいたのか、驚きの声を上げた。
やっぱりというか、この人たちってラーレの知り合いだよね。
「えっと、スヴェン・・だったよね? あなたもここに来ているんだ」
ラーレが自信なさげに答えた。あれ? この人たちとラーレって、あんまり仲良くないのかな。なんか他人行儀に見えちゃうよ。
そう言えば、ラーレの奴、学園ではいつも教室の隅っこにいたって言ってたっけ。この人たちってなんか陽キャというか、クラスの中心にいそうな感じがする。目立たないように過ごしているラーレとは、普段はあんまり仲が良くないのかもしれない。
「おまえのうわさは聞いているぜ。上位闇魔どころか、四天王を追い詰めたんだってな。へっ! あの時も思ってたけど、やっぱりお前は出てくる女だよ。予想通り、王国を代表するような魔法使いになりやがって」
ニヤリと笑いながら断言した。こんなこと言ってるのにそこまで悪い印象がないって、陽キャって得だなと思う。私もラーレと一緒ですみっこで大人しくしてる系だから、余計にそう思うよ。
「まあ、いつまでもお前たちばかりに言い恰好はさせないがな。今回の戦いは海上での戦いもある。水といえば俺たちヴァッサー家の出番さ。水の魔法家は伊達じゃないって見せてやるよ。今回は特に・・・」
スヴェンさんが調子に乗って色々話そうとした時だった。
「スヴェン! どこにいる! さっさとこっちを手伝わないか!」
大声で彼を呼ぶ声が聞こえてきたのは。
私たちは驚いて声がしたほうを振り返った。私の両親と同じくらいの年かな? 40歳くらいのおじさんが、私たちを見下すように立っていた。
おじさんは、なおもスヴェンさんに話しかけようとして、私たちの存在に気づいた。
「これはこれは。ビューロウの小娘たちではないか。闇魔を倒して少しばかり調子に乗っているようだが、もう貴様らの出番はないだろう。新型杖のおかげで、我々でも闇魔を倒せるようになったからな。加護なしと魔力過多の落ちこぼれの出番は、もう終わったということだ」
久しぶりに”加護なし”って言葉を聞いた気がする。一応、私は功績を上げているはずなんだけど、たまに私を貶めようとする人が出てきたりするんだよね。そうした人たちにとって私が“加護なし”ってことは絶好の攻撃ポイントだったりする。
「私が功績を上げていることは王家の方々も認めているんですけど! えっと、ヴァッサー家は、王家よりも自分たちのほうが見る目があるって言いたいんですか? それはそれは、すんごい自信ですよね」
私が反論するとは思わなかったのだろう。そのおじさんは一瞬言葉に詰まると、顔を赤くして唾を飛ばしながら言い返してきた。
「この! 子爵家の貴族後ときが何を言う! このヨーナス・ヴァッサーは、水の魔法家に名を連ねる伯爵だぞ! 貴様ごときが口答えできる立場ではない! まったく! ビューロウはどんな教育をしているのだ!」
ああ! こいつなんつった! 私はともかく、うちのおじい様を貶めようだなんて! 私たちはともかく、おじい様をけなそうとするなんていい度胸じゃない!
「ダ、ダクマー! 落ち着きなさい! さすがに伯爵家と事を構えるのはまずいわ! ちょっと! おじい様! この子を止めて!」
ラーレはそんな声を上げるし、スヴェンさんたちはおろおろとしている。
こいつ! やろうってんなら相手になってやる! こちとら久しぶりに”加護なし”なんて言われて、腹に据えかねているんだ!
「色のない魔法使いかなんだか知らんが、所詮貴様は加護なしにすぎん。西にお前を認めるものがいるわけはない。仲良くしているつもりの同級生も、本当は・・・」
ヨーナスがなおも聞くに堪えない暴言を続けようとしたその時だった。
「ヨーナスさん。あなたはいつから西を代表する立場になったんです? 私たちを、差し置いて」
そんな言葉が聞こえてきた。
驚いて声がしたほうを見ると、そこには私たちの友人のオティーリエが腕を組んで立っていた。
オ、オティーリエ!? いつもはなんか緩い感じなのに、なんかすんごく頼りがいがありそうなんだけど!
「リ、リヒト家の令嬢か。い、いやこれは・・・。ビ、ビューロウは最近調子に乗っておると思わんか!? まぐれで闇魔の四天王を倒したのをいいことに、高々子爵のくせに、闇魔との戦いを主役のようにふるまいおってな!」
勢い込んで唾を飛ばすヨーナスに、オティーリエは冷めた目で無表情に語りだした。
「ヘリング家のハーラルト様が、バルトルド様を高く評価していることをヨーナス様はご存じでないのですか? この度の狼藉、ハーラルト様が知ればどうなるか・・・。ヘリング家とヴァッサー家の禍根になるやもしれません。ヨーナス様は、その覚悟がおありということですね?」
オティーリエの言葉に、ヨーナスのおじさんはあからさまに狼狽した。
「まさか、ハーラルトどのが!? ふん! 妾の子無勢がでかい態度をしおって! 少しばかり光魔法を使えるからと言って調子に乗るなよ!」
このおっさん、オティーリエにまで噛みつかんばかりに怒鳴ってきたんだけど!
「まあ、ヨーナス様は私の側近に何か言いたいことがある様子ですね。いいでしょう。私、お話をお伺いしますわ。でも、今この場で時間を取らせる意味は考えてくださいまし。くだらない用件で貴重な時間を取らされたのなら、公爵家として一言言わざるを得ませんから」
真打登場! エレオノーラが加勢してくれた! これで勝つる!
さすがにおっさんも、公爵家のエレオノーラに文句を言うつもりはないらしかった。
「こ、これはいや・・・、ふん! 公爵家の手を煩わせるほどではありませんぞ! スヴェン! もう戻るぞ!」
ヨーナスのおっさんはそう吐き捨てると、肩をいからせながら立ち去っていく。スヴェンさんとクリスタさんはこちらを申し訳なさそうな顔で見て一礼すると、ヨーナスを慌てて追いかけていく。
捨て台詞を言おうかと思ったけど、そんなことよりオティーリエだ! オティーリエとはノルデンの町で別れた切りだったから本当に懐かしい! ずっと会いたいと思ってたんだ!
「オティーリエ! 久しぶりだね! 助かったよ!」
私は笑顔でオティーリエに声をかけると、彼女は苦笑したようだった。
「ダクマーは相変わらずよね。絡まれてたみたいだから心配したけど、いつも通りでほっとしたよ」
うん。さっきはなんか知らない人みたいだったけど、オティーリエはやっぱりオティーリエだった。
「でもびっくりしたよ。なんかすんごい立派な貴族令嬢みたいだった! ありがとね!」
「ちょっと! 私は元から立派な貴族令嬢なんですけど! こう見えて、西では著名なリヒト家のご令嬢なんだからね! ってか、ダクマーったら会って早々に絡まれてるんだから! やっぱりトラブルメーカーというか、いつも騒動の中心にいるよね」
オティーリエの言葉に私は憤慨した。
「ちょっと! 私は騒動を起こすつもりなんてないんですけど! 大人しい子爵令嬢なんですけど!」
そう言って怒ったふりをしたが、目が合うとお互いに噴出した。
一頻り笑い合うと、私たちは同時に抱き合った。
「オティーリエ。ひさしぶり。ずっと会いたかったよ」
「私も。こっちにきて回復魔法を賭け続ける毎日だったけど、あなたたちのことを忘れた日はなかったよ」
そう言って笑い合っていると、エレオノーラが声をかけてきた。
「二人とも相変わらずなんだから。オティーリエ。久しぶり。また会えてうれしいわ」
オティーリエは、今度はエレオノーラを抱きしめた。
「エレオノーラも久しぶり! 絶対にまた会えるって信じてたから! 再会できてうれしいわ!」
そう言って顔を見せあって笑い合った。
私たち3人の転生者は何とか無事に合流することができたのだった。




