第29話 新たな修行
闇魔との戦いから4日後のこと。私は道場であの日の出来事を思い出していた。
闇魔との戦いもすごかったけど、気になったのはその前だ。あの川辺でおじい様は土魔法でリザードマンの動きを封じていたけど、全然察知できなかったんだよね。
もし、私がおじい様と同レベルの魔導士と敵対したら、きっと簡単に拘束されてしまうだろう。
「なんだダクマー。悩むなんてらしくないな。悪いものでも食べたのか? 拾い食いはだめだからな」
デニスがあきれたように声をかけてくる。
私はムッとする。子供じゃあるまいし、拾い食いなんてしないよ!
文句を言おうとしたその時、ラーレとアメリーが道場に入ってきた。アメリーはラーレにめったに近づかないから、ちょっと珍しい組み合わせだ。
「あれ? デニスとアメリーはなんでここにいんの? お父様たちと訓練するんじゃないの?」
私が疑問をぶつけると、デニスとアメリーは顔を見合わせる。
「この前の水練でラーレ姉さんにアメリーが世話になっただろう? そのお礼を言いに来たんだ。まあ、ついでにお前にもな。それより、考え込むなんて珍しいじゃないか。先日の闇魔との戦いを思い出していたのか?」
ううむ。デニスの中で私の評価はどうなっているのか。私だって悩んだりすることはあるんだからね! 私が頬を膨らませていると、アメリーも心配そうに聞いてきた。
「お姉様。どうかされましたか? 珍しく何か考えているようですけど、体調でも悪いんですの? まさか、ご飯を食べ過ぎたとか?」
アメリーにまでそう言われて私は憤慨する。私だって、ご飯のこと以外で悩むことがあるんだからね!
不機嫌に睨みつける私を、ラーレがあきれたように見つめている。
「ほら。そういうのはいいから。さっさと、何を悩んでいるか言いなさい。アンタがふくれっ面したって、かわいくなんかないんだからね」
ラーレの言い分は気に入らないけど、こうしていても時間がもったいない。私は不承不承悩みを打ち明けることにした。
「闇魔との戦いは衝撃的だったけど、その前の戦いもすごかったなと思って。おじい様はリザードマンとの戦いで土魔法で拘束したでしょう? 私、あいつがいつ土魔法で拘束されたのが分からなかったんだ。3人は、おじい様がいつ土魔法を発動したか分かった?」
私の問いに、兄妹は顔を見合わせた。
「いや。私にはわからなかったよ。気が付いたらリザードマンの足に鎖が巻き付いていた。全然察知できなかったな」
「私も分からなかったです。お兄様と同じで、気づいたらリザードマンが倒れていました。さすがおじい様だと思いました。やっぱり熟練者は違うなと思いましたね」
2人とも、私と同じでおじい様がいつ土魔法を発動したのか、わからなかったみたいだ。
でもラーレは違うみたいだった。
「私は一応分かったわよ。おじい様は最初に、一匹目のリザードマンを土魔法で撃退したでしょう? あの直後に、足から魔法が流れていたわ。ずいぶん早いうちから次の一手をうってるなあって思ったもの」
なんですと? ラーレは、おじい様の魔法の発現が分かったとでもいうの?
「なんでラーレにそれが分かったのよ! 魔力の流れは見えなかったはずだけど?」
腕を組みながらラーレを睨むと、ラーレはちょっとドヤ顔になって自慢する。その表情、ちょっとイラっとするんだけど!
「ふふっ。これよ!」
そう言って人差し指を立てる。何やってんだコイツ。最初は何かわからなかったけど、よく目を凝らして見ると、ラーレの周りに火の魔力がかなり薄く展開されているのが分かった。え? どういうこと?
「4歩半ってところかな。ラーレの周りに、魔力が出てるよね。これはなんなの?」
デニスもアメリーも興味深そうな顔をしている。だって、触って分からないくらい薄い魔力を展開してるんだよ? 目を凝らすまで、ラーレの魔力の中に移動したのに全然わからなかった。こんなこと、あり得るの?
「おじい様に言われて、制御の腕を上げるために普段から魔力を私の周りに展開するように言われてるんだ。人の動きとかはさすがに分からないけど、私の魔力の中で魔法を使えば、どんなに小さくても察知できる。あのとき、頑張って私の周りにこれを展開したんだ。おじい様は結界って呼んでたけど、魔力操作の練習のために普通の時でも展開するようにしているのよ」
ラーレのドヤ顔はむかつくけど、これは正直すごい。部屋での魔力展開が失敗しなくなったなと思っていたけど、こんなことできるなんて思わなかったよ! いつもの修行の時よりもさらに薄く魔法を展開するなんて!
「コツは、大気中の魔力をしっかり支配することね。これを利用すれば、少ない魔力でも広範囲の魔力を探索できる。まあ風の探査みたいにあんまり離れた場所は調べられないけど、火だから集中すれば温度差なんかも分かるんだ」
ラーレの説明は続く。
「大切なのは慣れね。今の私は通常時はこれくらいで、戦闘時は30歩の範囲が精いっぱいだけど、達人になると常に100歩以上の間合いでも魔力感知できるらしいね」
くっ、魔力制御が得意なのは知ってたけど、こんなに差がついているとは思わなかった! 私は歯を食いしばりながらラーレを見る。デニスもアメリーも驚いた顔をしていた。
「魔力制御を極めると、こんなこともできるんですね。正直、私には理解できない領域の話です」
デニスが茫然としたようにつぶやく。うう。私は自分の魔力の位置すら分からないのに、こんなにラーレと差があるなんて。ラーレと訓練を続けているけど、魔力の動きはまだ少ししか分からない。想像以上に差が広がっていて、ちょっと焦る。
そのとき、おじい様が道場に入ってきた。私以外の3人は慌てて頭を下げる。私は憮然としたまま、おじい様に文句を言った。
「おじい様! ラーレばっかりずるいです。私は全く魔力制御の腕は上がらないのに、ラーレは結界まで教えているなんて! 私だって、魔力を察知できるようになりたいです!」
私の言葉に焦ったのはデニスだ。
「こ、こらお前! おじい様になんて言葉遣いをしているんだ! 謝りなさい!」
いいんだって! おじい様には私のわがままを聞いてくれるだけの度量がある。これくらい言っても、笑って許してくれるはずなのだ。
案の定、おじい様はニヤリと笑う。この爺、私が文句を言うことを予想していたな!
「ふふふ。そろそろじれてくるころだと思って居ったよ。ラーレとの訓練だけでは足らんようになったんじゃろう?」
むかつく―! そうだけど! そうなんだけど!
「ワシもあれからいろいろ考えた。他人の魔力の中で自分の魔法を展開するだけでは、お前の識覚を鍛えるのは不十分ではないかとな。そこで先人に習ってみたのじゃ。過去のビューロウの剣士がどのような訓練をしていたかをな」
おお! さすがおじい様! この前の鎧壊しといい、私のことをしっかりと考えてくれていたようだ。
「たとえばこれじゃな。アースバインド!」
おじい様が私に向かって左手を突き出した。足元から鎖が出現して体に巻き付いてくる。これは、あの時リザードマンを拘束した土魔法?
「うわっ、ちょ、ちょっと! 何すんのよこの爺!」
私はあっさりと拘束される。即席で作ったはずなのに、この鎖強い! 全く動けないんだけど!
「鎖に無属性魔法を当てることはできるか? うまくすれば、お前の魔法で拘束をほどくことができるはずじゃ」
くっ、爺の言うとおりにするのは気に入らないけど仕方ない! 私は鎖と体の接触面から魔力を放出する。鎖は一度震えると、簡単に粉々になる。
「痛いんだけど! 急に攻撃するなんでひどいです!」
文句を言う私を無視して、おじい様が問いかけた。
「お前、今、体の中から魔力を展開したな。今なら、魔力の流れが分かったのではないか?」
あ、そう言えば。私は確かに鎖に向かって魔法を放出した。うん。ちょっとだけだけど、自分の魔力が移動するのが分かった気がする。
「やはり、自分で魔力を操作した方が把握できるんじゃな。この修業を行えば、お前の識覚を育てることができそうじゃ」
おじい様は一人で納得すると、デニスに向き合った。
「結界を使うには、魔力の位置を肌で感じられるようになることが第一条件じゃ。よし。新たな修行を行う。デニスはアースバインドでダクマーを拘束せよ。ダクマーは、それを無属性魔法で破壊するのじゃ。ついでだから、ダクマーはデニスから逃げ回るようにしようかの。うむ。デニスは逃げる相手を拘束する訓練を行えるし、ダクマーは識覚を磨くことができる。一石二鳥ではないか!」
おじい様は声を上げて笑い出す。私はデニスと顔を見合わせると、思わずため息を吐く。確かにこの訓練なら、私の識覚を磨くことができそうだ。
「ダクマー。おじい様の言いつけだ。悪いが、修行に付き合ってもらうぞ。すぐにつかまったら修行にならないから、全力で逃げてくれよ」
デニスが気合を入れて言い出す。生意気なことを言われた気がするけど、私の修行にもなるからこの機会を逃すつもりはない。面倒だけど、これで識覚を磨いてラーレに追いついてみせる!
「遠慮なく、逃げさせてもらうわ。私の逃げ足をなめないでよね。簡単に捕まえられるとは思わないでね」
私はデニスとも訓練することを決めたのだった。




