第289話 おじい様の到着
ベンヤミン側は意外なほど簡単につかまったらしい。なんでもエーレンフリート様はこんな事態に備えて兵を整えていたとか。向うも準備万端だったけどエーレンフリート様はもっと準備万端だったというオチだ。叔父さんや叔母さんに加え、英雄と言われるバルナバスまで駆り出されたというから何とも豪華な話である。
「公爵家や王家が本気になるとやっぱりすごいよね。ベンヤミンは捕らえられても『これは罠だ! 私たちに謀反の意志などない!』なんて言ってたらしいし。挙句の果てに『ビューロウの企みだ!』なんて言ってたらしいし。本当に失礼しちゃうわ」
私は憤慨しながら隣のエレオノーラに話しかけた。私とエレオノーラの話をラーレは大人しく聞いている。
あの後、ちょっと手続きとか面倒なことになったんだけど、なんとか無事にヴェージェの町に帰ってきた。私たちはしばらくこの町で英気を養うことになったんだよね。
貴族の中でにわかにささやかれているのが、アルプトラウム島への侵攻だ。この町には港があって、船もかなり停泊している。さらに、エーレンフリート様の指示で新たな船を急ピッチで作っているらしいから、その噂にはかなり信ぴょう性があるんだよね。
レオン先生の護衛もひと段落して、正直私は暇になった。ライムントたちは今も忙しくこの周辺の町を走り回っているようだけど、レオン先生はなんかエーレンフリート様と打合せばっかりしているんだよね。その護衛である私たちもこの町に張り付くように駐留しているんだ。
雑談しながら歩いていると、町の入り口が見えてきた。
なんだか騒がしい。誰か、到着したとでもいうのだろうか。
「ねえ見て! あれ、バルトルド様じゃない? 術の開発が終わったのかな? あ、ウィント家の馬車もある! ギルベルトも来たってことは、やっぱり魔法の開発がひと段落着いたのよ!」
エレオノーラがはじけるような笑顔で振り返った。
げぇ。おじい様がついちゃったのか。またうるさくお小言をいただく日が始まるんだね。私の平穏は、あっさりと破られたみたいだった。
「お姉様~! マリーが来ましたよ~! お元気そうで何よりです!」
こっちから声をかける前にあっちの方が気づいてきた! それもハイデマリーだよ! 人ごみに紛れているはずなのに、なんであいつがこっちの場所が分かるのよ! それにアイツ、侯爵令嬢じゃなかったの? なんでそんな気さくに話してるのさ!
あきれる私とは対照的に、ラーレは笑顔で手を振っている。あんな奴、ほっとけばいいんだって!
ハイデマリーは到着したてだというのに、はじけるような笑顔でこっちに駆け寄ってきた。
お前! そんなキャラじゃないでしょう! いきなりそんな優しい態度されても違和感しかないんだけど!
ハンカチをかまんばかりにハイデマリーを睨んでいると、おじい様が近づいてきた。おじい様はエレオノーラに挨拶すると、続けて私に声をかけてきた。
「ダクマー。こっちに来て早々に活躍したそうだな。なんでも、王家のレオンハルト殿下やライムント様を護衛としてちゃんと守ったとか。よくやった。これで少しは、中央の心象も変わってくるだろう」
おじい様が珍しく私をほめてくれた。私は得意気になったが、他の人を持ち上げるのも忘れなかった。
「まあ護衛はちゃんとしましたけど、今回大活躍だったのは叔父さんたちだったそうですよ。この町を守ったり、反乱の首謀者を捕まえに言ったりしたそうですから。なんかエーレンフリート様から個人的なお願いをされたみたいなこと言ってました」
おじい様は顎に手を当ててニヤリと笑った。
「ふふふ。イザークのやつめ。これはひょっとしたらひょっとするかもしれんぞ」
え? 叔父さんたちもなんかやらかしたの?
あ、でも逆か。北に来てからかなりの戦果を上げているし、叔母さんなんかはあの新型杖の魔法の元になったとか言われてるからね。おじい様の態度的に、なんか悪いことがあったわけではないらしい。
「まあ、うちは何とかなりそうだ。レオンハルト殿下から、私に魔道兵を引き取ってくれないかという打診があった。なんでもラーレを育てた手腕を生かしてくれとのことだが、魔道兵をうまく育てれば、うちとしてはかなりの戦力になる。何しろ魔道兵は、魔力の高いものばかり集まっているからの」
でも育成って大変だし、お金もかなりかかるよね。おじい様や叔父さんたちの負担になるんじゃないかなぁ。
「幸いなことにお前やラーレの件でうちにはノウハウがある。魔道兵たちを貴族のように魔法を使える人材にすることも難しくはない。そうなれば、土地はさらに潤うということだ。まあ、その分手はかかることだがな」
おじい様が黒い笑みを浮かべていた。
おじい様なら魔道兵たちを粗略に扱うことがなさそうだから安心だ。ラーレもこれを聞いて安心するんじゃないだろうか。本人は、なんだかハイデマリーやギルベルトとの話に夢中な様子だけどね。
「それよりも、すまんが市庁舎まで案内してくれ。この町はそこそこ詳しくなっただろう? 着任の挨拶もせねばならんからの」
私は頷いて、おじい様をレオン先生やエーレンフリート様に引き合わすのだった。
◆◆◆◆
レオン先生やエーレンフリート様との挨拶が終わると、私たちはさっそく叔父夫婦につかまった。
なんか市庁舎の一室にいきなり連れ込まれたんだけど! おじい様が抵抗できないほどの早業だった。
え? この拉致技術、襲撃犯よりやばくね? 叔父さんたちに襲われたら抵抗できなくね?
「親父、実はな、エーレンフリート様から打診があってな。あの方が、例の魔道具を運ぶ際に中央まで護衛をしてくれっていう話なんだよ。司令官が輸送に携わることは普通はないんだが、今はレオンハルト殿下もいらっしゃるし、あの魔道具を奪い返されるとやばいことになるからそんな話になったらしいんだ」
おじい様は拉致気味に連れ込まれたにもかかわらず鷹揚に頷いた。
「結構なことではないか。まあ、闇魔の四天王の魔道具を王家に預けるのが不安な気持ちも分かる。だが、現状他に手はない。光の結界の中以外で、闇魔に奪われない場所はないからな。陛下やアウグスト殿下を信頼するほかあるまいて」
確かに、王家は魔術具の保管に失敗しているんだよね。その落ち度を攻める声は大きいんだ。だけど、王都以外の場所で魔術具の保管なんてできないと思うけどなぁ。火山や海底に捨ててもいつの間にか回収されたって言うし。
「そうじゃねえよ! あの魔術具を王家に収めることに文句はねえ。代案なんてこっちにはないからな。問題は、俺達夫婦がエーレンフリート様についていかなきゃならねえってことだ!」
「何か問題があるか? お前たちはこの地で功績を立てた。今回の件はそのことをしっかり評価されたということでもある。今、中央で貴族が減って土地が余っておる。優秀な魔法使いたるお前らに、それが与えられる可能性は十分にある」
え? そうなの? 叔父さんたちが戦果を上げているのは知ってたけど、そんなことになっているなんて予想だにしなかったよ!
「土地を治めるには魔法使いの数も重要だが、幸運なことに私は魔道兵の処遇を任された。あの者たちをしっかり鍛えれば、人材不足も解消されるはずじゃ。それ以外の人材は・・・、まあビューロウが支援しよう。ロレーヌ家も、きっと支援してくれるはずだからな」
聞けば聞くほど問題ないような気がするんだけど! いや待って! そんな話聞いたことがないよ! それに、本当に叔父さんたちに土地が与えられるとは限らないじゃない!
「私たちはそう言うことを言ってるわけじゃないんです。このままエーレンフリート様と戻れば私たちはここに戻ってこられなくなるということです。ラーレも、ホルストもここで戦うというのに!」
お菓子の叔母さんが珍しくおじい様に反論している。この人って、これまではあんまりおじい様の言うことに逆らったりしなかったんだよね。そんな事態も吹き飛ぶくらい、叔母さんたちにとって今回の事態は受け入れられないことかもしれない。
おじい様は鼻を鳴らした。
「そうは言っても、ラーレが対闇魔の切り札であることはこれからも変わらんだろう。なにせ、あの新型杖なしに高位闇魔を倒したのはラーレを除くとダクマーしかおらんからな。ラーレが戦いに巻き込まれるのは変わらん。闇魔との戦いが、続く限りはの」
「だから!」
なおも言い募ろうとする叔父さんにおじい様は手を突きつけた。
「それにお前たちがいてもラーレの役には立たぬ。ラーレに必要なのは魔法を放つまで足止めできる前衛だ。魔法使いのお前らには役者不足というものだ」
叔父さんは歯を噛みしめていた。
そうなんだよね。うちの両親も伯父さん夫婦も、魔法使いとしてはすごく優れているけど、みんな中衛とか後衛なんだよね。前衛で、体を張って敵を止めるのではないのだ。
「ホルストやアメリーなんかは前衛を張れるけど、伯父さんたちにはちょっと難しいよね。ラーレはこれからも最前線に行くと思うし、そうなったら叔父さんたちの出番はなくなるんじゃない? むしろ叔父さんたちを守る護衛を配備しなきゃいけなくなるし」
私がそう言うと、叔父さんたちは押し黙った。
「ふん! そう言うことだな! 貴様らがラーレのためにできることは何もない! 今、魔道具を王都に届けることには意味がある。貴様らは大人しく、しっかりと任務をこなすんじゃ!」
おじい様はなんか意気込んでるけど、前衛として何にもできないのはおじい様も同じだよね? むしろ、前衛じゃないビューロウを作ったのはおじい様だよね?
私が冷たい目でおじい様を見ているとラーレが意を決したように宣言した。
「もう、大丈夫だから。私なら、お父さんたちがいなくても何とかなるから。一応、私のことは最強の剣士様が守ってくれるって言ってるしね」
ちらりと一瞥してきたラーレに、私はニヤリと笑いかけた。まあラーレに期待されたら、応えないわけにはいかないよね!
「どんな闇魔が来るのか知んないけど、ラーレは私が守るから。傷一つ付けさせたりしないから」
私が宣言すると叔父さんも叔母さんもがっくりと肩を落とした。まあ、さすがに歴戦の猛者の2人には、近接戦闘で私にかなわないことは分かるみたいだ。
おじい様はなぜかドヤ顔して叔父夫婦に命令した。
「というわけで、お前たちはエーレンフリート様の護衛をしっかりと勤めよ。ダクマーやラーレが功績を上げ過ぎた今、王家や上位貴族の心象は常に気を付けねばならぬ。お前たちがしっかりと王家に貢献する姿を見せることが、ラーレたちを最も助けるのだからな」
ぐうの音も出ないとはこのことか。でも叔父さんたちはまだ納得していないような顔だった。
「大丈夫よ。ダクマーもいるし、ホルストだっている。ちょっとあれだけど、マリーも守ってくれるって言ってるし、私が近接戦闘でやられちゃうことはないと思う。お父さんたちは安心して、エーレンフリート様たちを送り届けてほしい。それが、ビューロウの未来を創ることにつながると思うから」
ラーレの言葉がとどめとなった。叔父夫婦は悔しそうに顔を歪ませながら、ラーレの言葉に不承不承頷いたのだった。
ビューロウ家の話はまとまった。
叔父夫婦は、あの神鉄の魔道具を届けるためにエーレンフリート様に同行することになった。
私たちはアルプトラウム島からの襲撃に備え、この地で待機することになる。そしてこっちの準備が終わり次第、アルプトラウム島を奪還すべく、兵を進めることになると思う。
「ダクマー。ビューロウ家の話し合いは終わったようね。うちは兄が一旦王都に行くことになるみたい。まあ、神鉄の魔道具を守らなきゃいけないのは確かなんだけどね。こっちの指揮はレオンハルト学園長が引き継ぐ形になると思う」
やっぱりレオン先生が指揮官として残ることになるんだね。まあレオン先生なら安心だ。制御装置の修復もできるし、指揮も安心感がある。最近はライムントに制御装置の修復の大部分を任せられるようになったらしいからね。
「エレオノーラのお兄さんにはうちの叔父さんたちが護衛として同行する感じになるみたい。さっそく手伝いに行ったみたいだけどなんか慌ただしいよね。ちょっとくらい、ゆっくりすればいいのに」
叔父夫婦やエーレンフリート様はすぐに出立することになるらしい。なんかノルデンの町で魔道具を入手し、そのまま王都に戻るとのことだ。ちょうど、私たちがこの地に来たのと逆のルートになるらしい。ここに来たのはちょっと前のことのはずなのに、ずいぶん昔のことのように思えるよ。
「私たちはしばらく待機ね。とはいえ、私もお兄様から任されている仕事があるんだけど。悪いけど、ダクマーにも手伝ってもらうから。そんなに難しいことじゃないから安心してね」
エレオノーラはそう言うけど、こういう頼まれごとが簡単だった試しがないんだけどなぁ。
でも親友に頼まれたら仕方がない。私は不承不承頷いて、エレオノーラのお手伝いに奔走するのだった。




