第287話 襲撃犯との攻防
私はコルドゥラとともに駆け出した。
いや、他の護衛も付いてきているんだけどなんか振り切っちゃったんだよね。王族の護衛とはいえ、さすがにビューロウの内部強化を使いこなす私たちについてこられなかったみたいだ。
遠目にライムントの竜車を確認する。竜車は壊れてはいないようだけど、手綱が断ち切られ、地竜も横たわっている。おそらく、襲撃者は地竜に攻撃して足を止めてからライムントたちを襲ったのだろう。地竜はまだ生きているようだから、その点はちょっと安心だ。
「くそっ! レオンハルトからの増援か! こんなに早く駆けつけてくるとは!」
私たちの進行方向に黒ずくめの一団が立ち塞がる。かなり数がいて、私たちを足止めしようとでもいうのだろうか。
だけどあまい! 私の隣でコルドゥラが姿勢をかがめて急加速する。
そして黒づくめの前に踏み出すと。
「しゃあああ!」
気合と共に刀を一閃! 黒ずくめの一人ののどを斬り裂いた!
もんどりうって倒れた黒ずくめ。動揺する彼らを尻目に、コルドゥラは即座に次の一人に斬りかかっていく。
「くはははは! さすがだな! お前たちもやるじゃねえか!」
御者の男が笑い出した。というか、この御者の人、ひとりで黒ずくめを次々と倒しているんだけど! 急襲されたのに竜車は横転していないのは、多分この人の腕が良かっただろう。
御者は私とコルドゥラを見てニヤリと笑った。そしておもむろに大きな口笛を吹く。
「な、なに? 急に!?」
私がちょっとビビっていると、前のほうで地竜がいきなり立ち上がった。
え? 急襲されて気絶してたんじゃないの? 死んだふりしてたってこと?
「グモオオオオオオオオ!」
地竜が一声吠えると、急に走り出した。断ち切られたはずの手綱にはいつの間にか鎖が巻き付いていて引けるようになっている。そして地竜はライムントが乗る竜車を引きながら私たちが来た方向へと勢いよく走りだした!
「御者がいないのに動き出してる!」
飛び移って止めるべき? でも、あの地竜は御者の人の動きに連携していたよね? 止めちゃったら邪魔しちゃうのかな?
私が動揺していると、竜車から一人の男が飛び降りてきた。この人、知ってる! ヨッヘムの上司のツェンさんだ!
「ダクマー様はそのままで。竜車の中には私の部下もおりますのでね。このままレオンハルト殿下の位置まで運んでいくはずです。ダクマー様は私共と賊どもを仕留めていただきたい」
私はツェンさんの言葉にほっとすると、そのまま黒づくめの一団を振り返った。
最初に襲ってきたのは少数のようだけど、少しの間にかなりの数が合流してきた。人数的にはこちらが不利だけど、フーゴやフリッツの士気は高い。こちらで十分に対処できると私は考えた。
私たちを見て黒づくめのリーダーが叫ぶように命令した。
「くそっ! お前たち! あの王族崩れを逃がすな! 追え!」
動揺しているみたいだけど、今から走って竜車に追いつけるのは内部強化を使える私かコルドゥラくらいのもんだよね。茶色ローブが優秀な魔法使いだったとしても、外部の身体強化だけでは無理があるように思える。
唾を飛ばす黒づくめリーダーをフリッツが嘲笑した。
「はっ! 貴様らごときが地竜に追いつけるわけねえだろが! お前らはここで終わりなんだよ!」
人数は確かに向うの方が多いようだけど、相手の攻撃目標は遠ざかってるし、一人ひとりの質も段違いだ。あいつらは私が合流する前に、フーゴたちを仕留めることができなかったからね。
「さて、悪いけど拘束させてもらうよ。アンタたちがどんなつもりでライムントを狙ったか、吐いてもらう」
私が物干し竿を構えると、黒ローブはあからさまに動揺した様子だった。おもむろに茶色ローブを振り返ると、私たちを指さしながら唾を飛ばした。
「く、くそ! お、おい! お前ら! あいつらを足止めしろ! お前たちの命を持ってあいつらを止めるんだよ!」
黒づくめの言葉に、茶色ローブたちは顔を青ざめさせながら、それでも魔力を練りだした。
こいつら! 色が濃い! 量はそれほどでもないけど、アメリーやハイデマリーより濃い赤色の魔力を持っているやつもいるんだけど! それにみんな短杖も持たずに魔力を操っているみたいだし!
「火の、魔力過多! 水や土もいるけど、火の割合が多い!」
コルドゥラが目を見開いた。
そう言えば昔、聞いたことがある。火の魔力過多者は魔力を暴走させて爆発しちゃうことがあるって! まさかこいつら、自爆してでも私たちを足止めしようというの!
「そんなこと、させるわけがないでしょう!」
私は足に魔力を込めて駆け出した。走・攻一体となったこの秘剣なら、あいつらを止めることができるはずだ!
音もなく移動した私に、茶色ローブは動揺したようだった。そんな彼ら目掛け、私は刀を勢いよく振り抜いた!
「秘剣! 『鴨流れ』!」
魔物すらも横一文字に斬り裂く斬撃は、しかし茶色ローブには当たらない。あいつらの前の空間を斬り裂いたに過ぎなかった。
黒づくめのリーダーは私の動きにぎょっとしていたが、空振りした姿を見て唇を醜く歪ませた。
「くく! 英雄とはいえ、所詮は学生! こんなものよ! この隙に仕留めろ!」
茶色ローブは必死の形相で右手をかざす。しかし、右手からは何も起こらない。茶色ローブは焦ったように手を何度もかざすが、それでも何の魔法も発動しなかった。
「な、何をやっている! ここに来てミスるなんてことがあっていいと思ってるのか!」
あせる黒ずくめを、コルドゥラが嘲笑した。
「ふっ。どんな魔法でも無駄なのですよ。一度魔法陣を破壊されたら、もう一度構築し直さない限りはね。色のない魔法にあの程度の濃魔法が通じるわけがないでしょう!」
自信満面で嘲笑するコルドゥラにちょっとだけ引いた。いやいやアンタがドヤ顔することじゃないでしょ!
まあ私の色のない魔力はどんな魔法陣でもかき消せるんだけどね。さすがにラーレほど濃ゆいと簡単には壊せないけど、こいつら程度がどんなに魔力を込めたって、刀の一振りでかき消すことができるのだ。
何度も手をかざす茶色ローブは正直隙だらけだ。
あれ? これってチャンスじゃない? 前世からあこがれていたあのセリフを言うチャンスなんじゃない?
私は刀を返すと、茶色ローブに素早く接近する。そして、首筋目掛けて刀を思いっきり振り回した。
「ちぇすとおおおおお!」
私の一撃を首に受け、茶色ローブはそのまま崩れ落ちていく。
気絶した茶色ローブを見ながら私は静かにつぶやいた。
「安心して。峯打ちよ」
時代劇ファンとしてはこのセリフは避けられないよね。
学園での模擬戦ではずっと木刀を使ってたし、闘技場での戦いでは峰打ちなんてやってられなかった。魔物や闇魔が相手だと手加減なんてできないし、相手の捕獲が目的のこのタイミングでしか、使うことができなかったんだ。
次々と意識を失う茶色ローブたちに檄が飛んだ。
「ふ、ふざけるな! 貴様らごときが! とっとと起きて私を守れ!」
焦ったように叫ぶ黒づくめのリーダーは、うしろから御者の男が接近したのにも気づいていないようだった。
「そりゃあ無理ってもんだ。あの位置を強打されたら、刃がない部分でも意識を保てるわけねえさ」
驚いて振り向く黒ずくめの鳩尾に、御者の槍の石附が勢いよく打ち付けられた。一瞬で男の息が止まり、そのまま意識を失っていく。御者は男を抱き留めると、そのまま素早く拘束した。
「お前たちのリーダーは捕らえた! 動くな! そして手を上げろ! おまらは負けたんだよ!」
御者の言葉に茶色ローブたちはお互いに顔を見合わせた。そして誰も御者に抵抗しないことを確認すると、おずおずと武器を置いて手を上に上げた。
「よし。いいぞ。お前たちは動くなよ。俺がレオンの奴に言って、悪いようにはしないからよ」
あっさりと茶色ローブたちを拘束する様子を見て、私たちも武器を下ろした。後はレオン先生がうまくライムントを保護したことを信じるだけだ。
私はほっとして後ろを見回す。フーゴもフリッツも大きな怪我はないようだ。フリッツはともかく、フーゴが無事なのにちょっとほっとする。
私の視線に気づき、フーゴが静かに近づいてきた。
「ふう。なんとか無事でやり過ごせましたね。援護、ありがとうございます。大事にならなかったようで何よりです」
フーゴが私に一礼してきた。
「まだ襲撃を防いだだけだろ? いくらライムント様があれとはいえ、なんで狙われたかなんて、正確なところは分かんねえぜ。まあ、あいつらを尋問すりゃあ分かるかもだけど、時間が掛かりそうだし、その間に証拠とか消されちまうんじゃねえか」
フリッツがおっかなびっくりで返事をしてきた。気に入らないけど、そこにはちょっと同意だ。襲撃は防いだけど、まだ何も解決したわけではないのだ。
「いえ。敵の首魁を捕えた時点で私どもは勝ったようなものですよ。こっちには情報収集の専門家もいるんですからね」
そう言って私の背中に視線を向けた。驚いて振り向くと、そこのはツェンさんが立っていた。
いつの間に! 気配なんて全然しなかったんだけど!
「私に任せていただけば、すぐに吐かせて見せましょう。もっとも、私たちはマルク家のように甘くない。尋問が終わった後の保証できませんがな」
では、っと、ツェンさんは私に一礼すると、黒づくめのリーダーらしき男を連れていく。おそらく、彼がこれから黒づくめたちを尋問するつもりなのだろう。
「きっと、私たちに斬られていた方があいつらにとっては良かったでしょうね。王家の尋問は恐ろしいほど苛烈だと聞いていますから」
そっとつぶやくコルドゥラに私は頷き返した。相手は王家の暗部だ。きっと、かなりの尋問、いや拷問が行われるんだろうなぁ。黒づくめのリーダーを物陰に連れていくツェンさんを、私は複雑な顔をしながら見送った。きっと、多分これから身の毛もよだつような拷問が行われるんだよね。まああいつらから情報を獲得するのは不可欠だから、元日本人としては受け入れづらいけど、仕方のないことかもしれない。
「私たちはこれからライムント様の元に戻ろうかと思います。ダクマー様たちも良かったらいかがですか?」
「俺も竜車を取り戻さないといけないからな。とりあえず、レオンのところに戻るわ。俺達がいたら、連中も仕事をやりづらいだろうからな」
御者の人がツェンさんたちを横目で見ながら言った。どうやら私たちは連れだってレオン先生のところに戻ることになりそうだ。
ぎょっとした顔になるフリッツに笑いそうになりながら、私たちはレオン先生の元へと歩みを進めるのだった。




