第284話 ライムントとレオンハルト 後半 レオンハルト視点
「レオンハルト殿下とライムント様にこの地の制御装置を修復していただくことになりました。我々は引き続き、この土地に残った魔物や闇魔を盗伐する運びになります。新型の杖の配備については・・・」
エーレンフリート様の説明に私たちは頷いた。なんか気に入らなそうな顔をしている貴族もいるけど、ほとんどの貴族は大人しく指示に従うようで、反論を言う者はいない。ここら辺が、公爵家の地位の高さだと思う。
「ダクマー様とラーレ様は、エレオノーラの下で引き続きレオンハルト殿下の護衛をお願いできますか? モーリッツを倒したとは言え、また王族が狙われないとは限りません。地脈の制御装置を修復している間に、襲われないとは限りませんから」
「拝命しました。直ちに向かわせていただきます」
私たちを代表してエレオノーラが丁寧にお辞儀をした。兄妹だというのに、なんか他人行儀に見えるよね。まあ公式の場だからしょうがない気もする。
エーレンフリート様は続けてライムントのほうに向き合った。
「ライムント様はレオンハルト殿下の指示に従っていただきたい。あなたほどの方でも、まだお一人では制御装置を修復できないでしょう。まずは、レオンハルト殿下から技術を学んでください。それが実現できたら、さらなる任務をお願いすることになりますので」
エーレンフリート様の命令に、ライムントは苦虫を噛みしめるような顔で頷いたのだった。
「ラーレ! 久しぶりやなぁ! 噂はこっちにも届いとったで! あの闇魔の四天王を倒すなんてやるやないか!」
「イレーネ! 久しぶりね! こっちもアンタの話を聞いていたわ! 再会できてうれしいよ」
会議を終えた私たちに声をかけてきたのはイレーネ先輩だった。ラーレもリラックスしたような顔で再会を喜んでいる。
「結婚式に参加できなくてごめんね。行きたかったけどこっちに来るのは難しくてね。でも新婚なのに戦場に越させられるなんてね」
「まあうちらにとって領地を守るための戦いやからなぁ。攻められたら領地を守るために戦わなあかん。貴族にとって治める土地を守るのは当り前のことやしな」
イレーネ先輩が当たり前のことのように言った。
てか、この人ラーレと同い年なのにもう結婚してるの? どおりできれいで落ち着いてるなと思ったよ! なんか、ちょっと見ないうちに差を付けられた感じがするんだけど!
「それよりも、リンダやヴァンダはどうや? リンダが中央で元気に仕事してるって聞いたけど、ヴァンダはなんかクーデターに巻き込まれたって話やし。命は無事やったそうやけど・・・」
「ヴァンダも一応元気よ。北にも来ているわ。まあ、他の土地で戦っているって聞いたからちょっと心配だけどね。でも、この前会った時は、お兄さんから手紙が来たって喜んでたよ」
え? ヴァンダ先輩のお兄さんって、あのウルリヒ・ランケルだよね? あいつ、ヴァンダ先輩の命を狙ったのに、もう和解したってこと!? 直前の行動のおかげで命までは取られなかったそうだけど、貴族としての権限は全部剥奪されたって聞いたのに!
「ヴァンダのお兄さんって、確かクーデターの責任を取らされて貴族やなくなったんやなかった? ヴァンダ、八つ当たりと化されてショックを受けなええんやけど」
イレーネ先輩もなんだか心配そうだ。でもラーレは落ち着いて首を振った。
「ウルリヒさん。なんかあの一件でつきものが落ちたみたいで、ヴァンダとも和解したそうなのよ。ヴァンダのやつ、昔みたいに話せるようになったって喜んでたわ。ウルリヒさんは今、子供たちに魔術を教える仕事をしているらくてね」
ラーレがヴァンダ先輩の現状を話している。イレーネ先輩はラーレの話を興味深そうに聞いていた。
「でね。ヴァンダったら・・・」
「うぉっほん!」
旧友と話を続けようとするラーレに咳払いが聞こえてきた。私たちが驚いて振り向くと、あのライムントが不機嫌そうにこっちを見ていた。
「お、叔父上の護衛のお前が動かねばどこにも行けないではないか! い、いそがせるわけではないが」
なんか、変な形の首輪をしてるんだけど、相変わらず偉そうだよね。でもこれまでと違って、ちょっとおびえているようにも見える。
そんなライムントに、後ろにいる老人が咳払いをした。ライムントは咳ばらいを聞いてびくりと体を震わせると、慌てて言いつくろう。
「わ、私は先にいかせてもらうぞ! お前たちもすぐに来るのだぞ!」
そういって素早く身をひるがえらせた。そんなライムントをフリッツとフーゴが慌てて追いかけた。
ライムントのあとに挨拶してきたのはビヴァリーさんだった。どうやら彼女は、ライムントとは別行動をするみたいだった。
「ビヴァリーさんもこれから出撃? 私たちとは別行動みたいだけど」
「はい。私の役目は闇魔が残した召喚門の機能を止めることなんです。地脈とは別の場所にあることも多いですからね。それに北は、私の故郷でもあるわけですから、その土地を復興させることは私の使命でもあるんです」
ビヴァリーさんはまだ一年生だったから、第一陣としてくることはなかったのだけど、戦況が変わったことを受けてこっちに来てくれたらしい。
てか、もう春だよね? ということは、私たちももう3年生? いや学園の卒業なしに貴族になれるって聞いてるけど、時間の流れに驚くんだけど!
「アメリーさんから手紙を預かってます。では私はこれで。このあと、護衛をしてくれる貴族の方々と、召喚門を封印する手はずになっているんです」
そう言って一礼すると、市庁舎から立ち去っていく。まあ、ビヴァリーさんとはまた会う機会もあるだろうから、次の機会に落ち着いて話せばいいか。
私が彼女を見送っていると、その場に残った老人が一礼してきた。
「ダクマー殿。お久しぶりです。その節はお世話になり申した」
う~ん、このおじいさん、どっかで見たことがあるんだけど、今一つ思い出せない。誰だったかなぁ。
「え、いやあの、お久しぶりです?」
私が戸惑いながら返事をすると、老人は苦笑しながら丁寧にお辞儀をした。
「これは失礼を。自己紹介はまだでしたな。私は第7軍を統括するツェンと申します。王城ではあの者を止められず申し訳なく思うておりました。ダクマー様やラーレ様には、ヨッヘムもお世話になっているようですしな」
あ! 思い出した。このおじいさん、王城でヒエロニムスに絡まれたときに助けてくれた人だ! ヨッヘムと一緒にいたはずだけど、この人も北に来てくれたのか。
第7軍って、いわば王の影と言われている。隠密というか、まあ忍者みたいなもんだよね。学園で隊員らしき人が潜んでいるのを見つけることもあったけど、この人とヨッヘムは全然見つけられないんだよね。ラーレはたまに見つけているみたいだけど。
「あなたがいらっしゃるのはとても心強いですけど、でもどうしてここにいるんです? 確か、王の影って、国王陛下や王族を守ってるって聞きましたけど」
私が素朴な疑問を口にすると、ツェンさんは苦笑しながら答えてくれた。
「王城には私の後継者と目されている部下を配置しております。私は、ライムント様を確認する任を担いましてな。まあ、ライムント様はおそらく後方に詰めることになると思いますのでご容赦を」
ツェンさんは私に一礼すると、そのままライムントの後を追っていった。
「王の影か・・・。なるほどね。何事もなく罪人を連れてくるほど、王家は甘くないってことね」
エレオノーラがつぶやいた。
「ライムント様は王族とはいえクーデターに参加した罪人よ。両親に命令されただけとされているけど、疑いが晴れたわけじゃない。おそらく、ツェン様はライムント様が何っか怪しい行動をしたら消す役目を担っているってことね。ライムント様のあの首輪は何かあった時にライムント様を害するための魔道具なのよ」
ライムントのやつ、変な首輪をしていると思ったんだよね。そうか、ちょっと怖いことだけど、あいつのせいでヨルダンを逃がしちゃってる。しっかり見張るのも仕方がないのかもしれない。
「なんか、あいつらには悪いけど、あんまりかかわりたくないなぁ」
私がつぶやくと、エレオノーラは溜息を吐いた。
「まあライムント様が返り咲くことはないと思うけど、ここで活躍できれば普通の貴族として認められる芽は出てくると思う。ライムント様やビヴァリーさんにとって、この騒動はかなりのチャンスなのよ。2人とも、真面目に頑張ってくれるといいんだけど。ビヴァリーさんはともかく、ライムント様はちょっと不安なのよね」
エレオノーラのつぶやきに、私は静かに頷くのだった。
※ レオンハルト視点
市庁舎の傍を歩いていると、ライムントが走ってくるのが見えた。
「うっ、叔父上・・・・」
ライムントは私を見つけると、あわてて動きを止めた。
「王族から誰か来るとは聞いていたが、まさかお前が来るとはな。正直、父上や兄上の許可が出るとは思わなかったぞ」
私がそう言うと、ライムントは俯いた。今までの傲慢さはすっかりなりを潜め、何やら自信なさそうにしている。
私とライムントの仲はそれほど悪くなかった。確かにライムントは傲慢で他の貴族や平民を傷つけようとすることが多かったが、私が指導すると一応は聞いてくれた。もっとも、両親に会うとすぐに元に戻ってしまったがな。
「アウグスト叔父上にとって、私の存在は邪魔なのです。この機会に、私の命を奪おうとしているのですよ」
歯を食いしばりながら吐き捨てるライムント。まあ、そう思うのは無理がないが・・・。
「なあ。なぜおまえがここに来ることになるか、わかるか?」
ライムントはあきれた目で私を見た。
「決まっているでしょう! 私を殺すためですよ! 戦地に来れば、いくらでも命を奪うことができますから!」
私は溜息を吐いた。まあ、父親を殺されているからアウグスト兄上を疑うのは仕方ない気がするが、それでもライムントはもっと周りの状況を考えるべきだと思う。
「はっきり言おう。アウグスト兄上がお前を殺すのにまどろっこしいことをする必要はない。お前を殺すなら、単純に毒杯を渡せばいいんだからな。クーデターとはそういうものだ。参加した人間、すべての命を取られるくらいの、な」
私の言葉に、ライムントは歯を食いしばりながら俯いた。おそらくライムントもうすうす気づいていたのだろう。だが、認めたくなかっただけだ。
「アウグスト兄上が公開処刑を行ったのは、ヒエロニムス兄上の罪を強調するためだ。自らの手で命を取ることで、首謀者がヒエロニムス兄上だと印象付けようとした。他の者は、命令に従っただけだとな」
ライムントは強く目をつむった。
「お前の助命を嘆願したのは、アウグスト兄上さ。本来なら、お前の母と同様に毒杯を賜るはずだったが、『ライムントは仕方なしに命令に従っただけだ』と言ってお前をかばったのだぞ」
ライムントの目から、涙が流れた。それは後悔の涙なのか、悔し涙なのか。私には判断がつかなかった。
「貴族の中には、お前の命を欲する声も多い。あのまま王都にいれば、近い将来お前は死んでいただろう。そして今も、お前の命を狙う者は大勢いるんだ」
ライムントは歯を食いしばっている。私の言う意味は分かるが、さすがに納得できないのだろう。
「ライムント。生き残りたければ、お前の光魔法でこの土地の地脈を一つでも多く蘇らせるんだ。お前がちゃんとこの土地に利益を与える存在だと示せれば、お前を殺そうという声は少なくなる」
厳しいかもしれないが、ライムントがこの先生き残るには、その力を示すほかない。
「お前は王族としてやってはいけないことをやった。それでも、お前についてきてくれる者はいる。フリッツもそうだし、フーゴなんて、本人には瑕がないのに、それでもお前をかばおうとしてくれただろう。そんな彼らのことを、今度は決して裏切るな。そうすれば、きっとお前の道も見えてくるはずだからな」
俯いて震えるライムントに、私はそんな言葉しかかけられなかった。




