第281話 コルドゥラの訓練とおじい様の話
「やあああああ!」
「くそっ! 速すぎる! う、うわ!」
コルドゥラの木刀が対戦相手ののどに突き付けられた。勝負は、コルドゥラの勝ちのようだった。
「あなたの護衛、結構やるじゃない。ただの顔だけのぼんくら化と思ったのに、うちの護衛から一本取るなんてね」
偉そうに言ったのはハイデマリーだった。私たちはこの街の訓練場で、修行がてらに護衛の戦いぶりを見ていたんだけど、そこにこいつが乱入してきたんだよね。
これまでは批判的な目でコルドゥラたちを見てたハイデマリーだけど、実際にその戦いぶりを見て意見が変わったらしい。ビューロウの剣士はすごいんだからね! 侯爵家だからって、フランメ家に負けてるわけじゃないんだからね!
「てか、フランメ家は大丈夫なの? なんか第一王子に協力したから危ないとか言ってなかった? 今、かなりの数の貴族が北を解放しに行ってるみたいだけど、アンタたちも行かなきゃいけないんじゃない?」
そう、私がモーリッツを倒したことで北はにわかに反撃ムードになってるんだよね。どこぞこの街を解放したとかいう報告を毎日のように聞けるんだし。
私が牽制するように言ったけど、ハイデマリーはどこ吹く風だ。
「ご心配なく。うちはもう十分に王家に貢献してるから。あなた、相変わらず情報に疎いみたいね。今、高位闇魔がいるはずの土地を解放できてる理由も知らないの?」
小ばかにしてくるハイデマリーは気に入らないけど、その理由はちょっと気になっている。私がモーリッツを倒したからじゃないの?
ハイデマリーは溜息をつきながら懐から一本の短杖を取り出した。
その短杖は形は他のと同じだけど、道具全体が黒く染められているように見える。
「これは、今北の兵士が使っている新型の短杖よ。なんとこれ、闇魔や魔物の魔力障壁を削る効果があるのよ!」
え? そんなのあんの? てか、魔力障壁を削る魔法って、闇魔法の分野だよね?
「そんなのできたの? うちのおじい様が『短杖では闇魔法は使えない』って嘆いていたんだけど!」
ハイデマリーはドヤ顔だ。ちょっとむかつく! アンタが開発したわけじゃないでしょう?
「ふん! うちがいつまでも闇魔法を使える短杖を開発しないわけないでしょう? おばあ様が音頭を取って開発したのよ! 誰でも扱える闇魔法の短杖をね!」
胸を張るハイデマリーに、私は歯ぎしりをした。なんかコイツがドヤ顔してるとむかつくんだけど!
「うふふ。これはね。バル家の生き残り、お姉様のお母上、イーダ様の魔法を参考に作られたものなの。あの人は、北の地で闇魔法を駆使してかなりの戦果を上げていたわ。おばあ様がこの地に来たときにイーダ様に聞き取り調査を行ったらしいのよ。その成果が、きっちり現れたってわけ」
お、お菓子の伯母さんも首謀者の一人っていうの?
「何百人もの兵士がこの杖で魔力障壁を削り、貴族が強力な魔法でとどめを刺す。見事な役割分担だと思わない? 今、王国貴族はこの連携で次々と闇魔を倒してる。これを開発したおばあさまの名声はうなぎのぼりになっているのよ!」
ハイデマリーは高笑いをせんばかりに宣言してきた。
「そうか。モーリッツを倒して以降、なんかいい報告が続くと思ったらそう言う理由があったわけね。もうちょっと早かったらこの前の奇襲でも使えただろうにね」
ラーレが言うと、ハイデマリーはたじたじになった。
「い、いえ・・・。この杖は万全というわけではないんです。魔法そのものを回避してしまう風の闇魔には相性が悪いというか・・・。だから、モーリッツ相手にはかなり分が悪かったはずでして。お姉さまたちがモーリッツを倒してくれたおかげで、この杖が活躍できる余地が出てきたというわけなんです」
ハイデマリーって、やっぱりラーレには弱いよね。
でかそうなのか。最近のいい報告には新型の杖を使ってるという理由もあったんだね。この調子なら、私たちが戦わなくても北の闇魔を追い出すことは難しくないのかもしれない。
「だから、フランメ家は無理に戦果を上げる必要はない。あんまり戦果を上げ過ぎると、誰かさんみたいに中央から睨まれちゃうからね。他の貴族のサポートをするだけで十分ってわけ」
そう言うと、ハイデマリーは私を見つめた。
「あなたはちょっとやりすぎよね。どうするの? 中央の貴族と揉めない方法とかある? あなたは一応ラーレお姉さまの妹分だし、私が仲介しようか?」
厭味ったらしく言うハイデマリーに私はカッとなった。
「いや必要ないから! 私はランドルフから魔道具を奪って王家に献上するんだ! 王家の働きに協力すれば、私に翻意がないことを証明できるはずだし!」
私は勢いごんで叫び返した。私だって無策で行くわけじゃないんだからね! 王家と敵対せずに済む方法だって考えてるんだからね!
「ダクマー・・・。それって一応、ビューロウ家の機密だから」
あきれたように言うラーレに私は青くなった。
そうだった! ハイデマリーは味方ともいえない南の貴族だった!
私が青くなっていると、模擬戦を終えたコルドゥラが近づいてきた。コルドゥラは怪訝な顔をしたが、ハイデマリーに気づくとそっと一礼した。
「あなた。ビューロウのくせになかなかやるじゃない。見直したわ。もしこの子がバカやったらうちで引き取ってあげてもよくってよ。ラーレお姉さまの護衛として雇ってあげるわ」
偉そうに言うハイデマリーにコルドゥラはそっと首を振った。
「私はダクマー様の選任武官であることに誇りを持っていますから。力が届く限り、お供させていただく所存です」
そう言ってコルドゥラは再び頭を下げた。
ハイデマリーは面食らったような顔になって私を一瞥した。
ふん! コルドゥラを引き抜こうったってそうはいかないんだからね! ずっと私と一緒にいるんだからね!
「それよりも、そろそろ時間なのではないですか? 確か今日はこれから御屋形様との面会が決まっているはずですが」
コルドゥラの言葉に、私とラーレは顔を見合わせた。
そうだった! 今日はこれからおじい様と会う約束になっているんだった!
「おちつきなさい。今からでも十分に間に合うから。おじい様は確か、ギルベルト様の研究を見ているはずだから時間的な余裕はあると思うわ。研究のこととなるとかなり長くなるしね。じゃあマリー。私たちはそろそろ行くから」
そう言ってラーレは席を立った。ハイデマリーは一瞬呼び止めようとしたけど、そのまま手を振ってラーレを見送った。
ハイデマリーの奴、ラーレに振られてやんの! ざまあだよね!
◆◆◆◆
ギルベルトの研究室に行くと、意外なことにかなりの人が集まっていた。
えっと、おじい様は分かるけど、ルイーゼ先生やひげ面の教員なんかもいる。
え? どういうこと?
「なるほど。確かにこのように書き換えれば、この魔法陣はさらに威力を発揮しますね」
「うむむ。さすがですな。ルイーゼ先生の魔法陣がこんなに簡単に強力になるとは。しかもこれだと、魔力効率も上がるのでは?」
「さすがバルトルド様! 学園の教員が開発した魔法陣をさらに強力にするだなんて!」
4人は魔法陣を見ながら何やら騒いでいる。
「私は魔法に関する知識にはいささか造詣があります。古い知識かもしれませぬが、少しはお役に立てるかと思います」
おじい様がお辞儀をしていた。
よく見たら、ルイーゼ先生やひげ面の教員は一冊の本を大事そうに持っている。あれって、おじい様の著書だよね? 2人とも、なんでそんなの持ってんの?
「おお! お前たちも来たのか! ちょうど話もひと段落したところでな。これからのことを少し話そうと思ってな」
おじい様は一礼してこっちに歩み寄ってきた。
ギルベルトはともかく、ルイーセ先生もひげ面のおっさんもおじい様に一礼してるんだけど!
「ルイーゼ先生にエッボ先生まで・・・。ま、まあ2人とも、魔法の専門家だからいろいろ話したんだろうけど・・・。2人とも、なんかキラキラした目でおじい様を見送ってるし」
ラーレが茫然とつぶやいた。
てか確か、エッボ先生って南の貴族だったよね? ラーレの誘拐騒ぎに一枚かんだっていう。おじい様は南の貴族と仲悪かったはずなのに、和気あいあいと話すなんて何があったというの?
「ギルベルト様の新魔法について話して負ったらルイーゼ殿の土魔法の話になってな。私が気になったことを指摘しておったのよ。いやいや、さすがに学園の教員だけあって、ルイーゼ殿もエッボ殿も魔法に対する造詣が深い。久しぶりに盛り上がってしまったわい」
おおう。さすが魔法オタク。私には分からない専門的な話で盛り上がってたみたいだ。
「えっと、おじい様。今後のことについてなんですけど・・・」
私がおずおずというと、おじい様は腕を組みながら答えた。
「うむ。お前が効いておるかは知らぬが、ガブリエーレ様の新型杖のおかげで、北の情勢はかなり変わってきた。あの杖のおかげでこれまで倒せなかった高位の闇魔をも倒せるようになったようなのだ。無論、貴様らの力が重要なのは変わらんが、その負担はかなり減ったと言えるだろう」
おお! フランメ家の新型の短杖は、おじい様も認めるくらいのものだったらしい。
「えっと。短杖って、その杖にあった属性の資質が必要なんじゃなかったでしたっけ? 兵士たちがみんな闇の資質を持っているとは思えないんですけど。なんでそんなことが可能なんですか」
ラーレの質問はもっともだね。うん。ファイアーボールの短杖を発動するなら火の資質が必要だし、ウォーターボールの短杖なら水の資質が必要なはずだ。私みたいに、属性の資質がない人には使いこなせないはずなのに!
「闇属性が後天的に資質が開花することがあるのは知っておるな? 確か、ホルストの護衛がそのタイプだったはずじゃ。前からの、闇属性は四属性すべてに宿っておるのではという学説があったのだ。つまり、四属性のどれかの資質さえあれば、闇魔法も操れるのではないかとな。威力はだいぶ弱くなるがの」
な、なんですと!?
「無論、闇属性の資質がある者ほど強力な魔法は扱えぬ。おそらくレベル1にも満たぬ弱い資質だ。だが、ないのとあるのでは全く話が異なる。弱くても資質があるのなら、魔道具で補助してやれば魔法を発動させることができたというわけだ」
そ、そういうこと? 闇魔法の短杖があれば、兵士にも闇魔法が使えるってことか!
「これまでは闇の資質があるわずかな者しか使えなかった闇魔法が、一般の兵士でも使えるようになったのは大きい。闇魔法で魔力障壁を削り、通常魔法で仕留めるという連携をどの貴族でも行えるようになったことで、これまで倒せなかった高位の闇魔とも戦えるようになったわけだな」
おじい様が上機嫌で説明してくれた。まあおじい様は闇魔法の短杖がないことをずっと愁いてたからね。この結果はおじい様にとって予想通りということか。
「今、この地では情勢がかなり変わったのは知っておるな。これはでは防戦一方だったが、北に援軍に来た貴族が攻勢に出るようになったのだ。お前たちの力に頼らなくとも、この地で戦果を上げられるということだな」
おじい様が総括してくれた。
「つまりは、お前たちの力なしにも高位の闇魔と戦えるということだな。ここで少し大人しくしておれば、お前が功を上げ過ぎておるという問題も、なんとかなるやもしれぬ」
え? まじで?
「しばらく、お前たちはじっとしておれ。聞けば、制御装置を修復するレオンハルト殿下の護衛を頼まれることもあるそうではないか。お前はそちらを優先させて、王家の信頼獲得に努めるのじゃぞ」
うう。たまには戦闘もしたいんだけど、こればっかりはしょうがないよね。私は不承不承、おじい様の言葉に頷くのだった。
◆◆◆◆
私たちが休憩している間に、貴族の攻勢は進んでいった。
やがて、ラント家の拠点があったヴェージェの町が解放されたという報告がもたらされた。
ヴァージェの町には港がある。つまり、港から闇魔の本拠地であるアルプトラウム島に攻め入ることができるようになったということだ。




