第263話 ダクマーの行く末 ※ バルトルド視点
※ バルトルド視点
ダクマーに光景を断られた私は、王城から少し離れた公園に来ていた。ここからは学園が一望できる。エルネスタがここから見る景色が好きだと言っていた。一緒に来ることはついぞなかったが。
感傷に浸りながら景色を見る私に、話しかける声があった。
「バルトルド。ここにいたのかい。アンタがぼうっとするなんて珍しいね」
私に話しかけてきたのは、フランメ家のガブリエーレ様だった。私にとって義姉に当たるこの人とは、最近やっと話せるようになった親族でもある。
「少し、エルネスタのことを思い出しておりました。彼女は、ここから見る景色が好きだと言っていた。一度くらい、一緒に来られれば良かったと、少々後悔しております」
私が言うと、ガブリエーレ様は顔を歪めた。
「そうさね。あの子はここから見える景色が好きで、私もよくここに連れてこられたもんさ。アンタはあの子にもっといろいろしてやりたかったのかもしれないが、それでもあの子は最後まで幸せだったと言っていた。アンタと一緒になれて後悔はないとね。だから、そんな顔をするもんじゃないさ。爺が落ち込んでいたって、誰も慰めてはくれないもんさ」
ガブリエーレ様はけしかけるように言い捨てた。彼女なりのやさしさなのだろうか。なんだかおかしくなって、少しだけ微笑んでしまった。
狼の血を色濃く引き継ぐダクマーを後継にすることは、私にとって最後の悲願だった。しかし、彼女にはっきりと拒絶されてしまった。エルネスタの血を引くあいつはかなり頑固だ。強引に後継にしたら、きっと逃げていくことが予想できる。
「ダクマーを後継に指名しましたが断られてしまいました。自分は土地の住民を導くことはできないとね。ビューロウは狼に返したかったのですが、うまくいかないものですね」
本来なら他家の者にこんなこと零すのは許されないだろう。だが、私はダクマーに言われたことに衝撃を受けていて、思わず本音をこぼしていた。
「ふん。まあ、今のビューロウ領には昔とは違う難しさがある。北からの帰り道に通ったけど、住民は昔とは比べ物にならないくらい豊かになっている。もう規模は子爵家とは言えないだろう。伯爵への陞爵だってあり得るだろう。頭の弱いあの子には難しいかもしれないね」
ガブリエーレ様の言葉に、私はうつむいてしまう。私が今までやってきたことは無駄だったのではないだろうか。
「何を落ち込んでいるんだい。アンタのやってきたことはみんな分かってる。エルネスタの手紙にも書いてあった。アンタがどれだけ苦心して領地を発展させてきたかをね。アンタの息子も嫁も孫も、みんなアンタを尊敬している。アンタの思いは、ちゃんと伝わっているんだよ」
思わずガブリエーレ様の顔を見つめてしまった。この人に褒められることなんて、ないと思っていた。
「アンタが私に言った言葉をそのまま返すよ。孫一人ひとりの生き方を認めてやりな。ダクマーは、あの子は狭いビューロウ領に閉じ込めていい器じゃあない。アンタの望みじゃあなく、あの子の望みをしっかり聞いて、それであの子の進む道を示してやりな。それが、ビューロウ流の子育てなんだろう?」
そう言い捨てて、ガブリエーレ様は去っていった。
◆◆◆◆
王都のタウンハウスのリビングで、私は一人酒を飲んでいた。一人静かに酒を飲む私に、護衛の一人が声をかけてきた。
「バルトルド様。飲みすぎです。そろそろお酒はお控えください」
そう言って私を止めるのは、古くから私に仕えるエゴンだった。
「そうか。すまんな。少し飲み過ぎてしまったようだ」
私はそう言って寝室に戻ろうとするが、頭を下げるエゴンに言葉をかけることにした。
「エゴン、すまんな。私ではダクマーを止められんようだ。おそらくあの子は北に向かう。お前の娘とともにな。北では激戦になる。お前の娘がいかに優秀とはいえ、生きて帰れんかもしれん」
私が伝えると、エゴンは静かに頭を下げた。
「バルトルド様。私は感謝しているのです。娘をダクマー様に引き合わせてくださったことに。ダクマー様に仕えて、娘は驚くほど強くなりました。それ以上に、この王都でダクマー様と楽しく過ごせていることが伝わるのです」
少しは暗い表情になるかと思ったが、エゴンの顔は穏やかだった。
「娘はこの戦いで命を落とすかもしれません。ですが、仕えるべき主君に会えて、きっと幸せなのだと思います。ビューロウの戦士にとって、それはこの上ない幸せです。手紙から、娘が本気で悩み、成長していくさまが伝わるのです」
エゴンの表情から、コルドゥラが心からダクマーに仕えていることが伝わった。
「私はコルドゥラを信じております。きっと娘は、ダクマー様の傍で思う存分、戦うでしょう。命を賭して戦う娘とダクマー様を、私は誇りに思います。バルトルド様もそうあってくれれば、なによりの喜びです」
私は目をつむった。私がダクマーのためにできたことはほとんどない。あの子はこれまでも自分の力で勝利を勝ち取ってきたのだ。
「そうだな。今から私にできることはほとんどない。今は、あの子たちの勝利を、生存を祈るだけかもしれんな」
私はそう言って、グラスに残る酒を飲み干した。




