第259話 訃報
あの闘技場での公開処刑から3日後、私たちは学園長室に集められ、レオン先生の到着を待っていた。
うちの家からは、私とラーレ、ホルストにデニスにアメリーと、勢ぞろいだ。他家からはエレオノーラをはじめ、ギルベルトにマリウスとオティーリエ、そしてあのハイデマリーと、この前地下室に殴り込みをかけた面々が久しぶりに勢ぞろいしている。
「えっと、エレオノーラたちも呼ばれたんだ。いきなりここに来いって言われたけど、何が起こるのかな? クーデターを起こした貴族の粛清もひと段落したって聞いたけど・・・」
私が小声でエレオノーラに尋ねると、彼女も声を顰めながら答えてくれた。
「北の戦地でかなり大きな出来事があったそうよ。私たちはあの事件でかなりの功績を上げたってことになっているから、学園長直々に事態を説明してくれるそうなの」
マジかぁ。王族自らが事態を説明してくれるなんて恐れ多いというか・・・。特にレオン先生は制御装置の復旧のために昼夜を問わず働いているみたいだからね。そんな先生の手を煩わせてしまうなんて、申し訳ない気分になる。
「おそらく、あなたが未確認のうわさに流されるのを防ぐためだと思うわ。レオンハルト学園長から正確な情報を提供されると思う。予測とか推測を除外した、かなり正確な情報をね」
うう。そんなこと聞かされるとちょっと緊張するんだけど。慣れたとはいえレオン先生は王族だ。あんまり気やすい態度をすると周りの人から怒られたりするんだよね。
「王族から直々に言葉があるなんて、かなり大ごとだよね? こういうのって、もっとそれとなく伝えられるものだと思ったんだけど」
私がそう言うと、エレオノーラは溜息を吐いた。
「それは・・・。あなたとラーレ先輩が特別だからよ。王国に高名な魔導士が多いとはいえ、高位の闇魔を短時間で仕留められるのはあなたたちだけだからね。今や、この王国にとって切り札とも言える存在なんだから、特別待遇は当然のことだと思うわ」
な、なんですと!? 私が目を見開くと、ハイデマリーが鼻を鳴らした。
「一応、王国貴族が高位の闇魔を仕留めたことがあるけど、どれも数日単位で魔力を削って削って、やっとのことで倒しているのよ。時間だけでなく、犠牲も相当に出ているわ。歴史的に見ても、かの有名なヨルン・ロレーヌやラルス・フランメ以来じゃないの? あんなに短時間で高位闇魔を屠ったのは。あ、あなたのご先祖の、ダーヴィド・ビューロウもそうだったわね。伝説ともいえる魔法使いと肩を並べてるんだから、もっとしゃんとしなさい」
いや、そんな歴史の教科書に出てくるような人たちと比べられてもなぁ。
ヨルン・ロレーヌはエレオノーラのご先祖さまで、王国史上最強の魔術師だったと言われている。水と風の魔法が得意で、闇魔や反乱軍をたくさん倒した人なんだってね。ラルス・フランメはあのハイデマリーのご先祖さまで、火魔法と魔術具の作成で多大な功績を残した人物だ。どちらも100年ほど前に活躍した人だけど、そんな人たちと比べられても実感がないとしか言いようがないんだけど。
ハイデマリーがあきれたように言葉を続けようとしたその時、学園調室の扉が開かれた。入室してきた学園長はかなり疲れているように見えた。
私たちは立ち上がって慌てて一礼しようとするが、レオン先生は右手を上げてそれを制した。
「みんな、楽にしていい。様々な噂は入っているだろうが、流言に騙されないように、君たちには王家が掴んでいる情報を教えようと思ってな」
そう言いながら、レオン先生は席に着いた。私たちもレオン先生の指示に従ってそのまま着席した。
「さて、いろいろ話は聞いているかもしれないが、伝えておこう。ヒエロニムス兄上とアウグスト兄上が戦ったあのとき、北でも戦いが起こった。フレッヒェ平原でわが軍と魔物の大群がぶつかったのだ。戦いの指揮を執っていたのはラント家の当主で、終始有利に戦いを進めていたそうだが、魔物の群れにとどめを刺そうとしたそのとき、闇魔の軍に奇襲を受けたらしい」
誰かがごくりと喉を鳴らした。戦いを有利に進めていたはずなのに最後の最後で奇襲を受けるなんて、やっぱり闇魔は侮れない。
「奇襲を仕掛けてきたのはモーリッツ。風の、闇魔の四天王だな。空から奴らが振ってきて、味方は総崩れになった。目が覚めるような猛攻で、かなりの犠牲者が出たらしい。混乱を治めるために戦ったラント家の当主と後継も、残念ながら・・・」
私たちは絶句した。土のラント家の当主というと、メレンドルフ家と並ぶ北の重鎮で、ドロテーさんをはじめ尊敬している人は多い。かなり実力のある魔法使いだと聞いているけど、そんな彼でもモーリッツを止めることはできなかったのか。
「北の軍勢は総崩れだったそうだ。その機に乗じて闇魔たちはさらに追撃してな。北に参加した貴族の多くが打ち取られたという話だ」
私は思わずラーレを振り返った。たしか、イザーク叔父さんとイーダ叔母さんも戦地に向かっていたはずだ。叔父さんたちの安否が気になるんだけど・・・。
「あ、あの! うちの両親は無事なんでしょうか? 私たちの両親が、北に行っているはずなんです!」
ラーレが必死の形相で尋ねた。あのいつもうるさいホルストも、神妙な顔でレオン先生の答えを待っている。
「ああ。ビューロウ家のイザーク様たちは無事だ。なんでも戦地で奮闘し、たくさんの兵士たちを撤退させたそうだ。君たちの両親の安否は確認されている。そこは、安心していい」
私はほっと息をついた。さすがおじさんたち、不利なはずの戦地できっちり役割を果たしたらしい。ラーレは安堵の息を吐いているし、ホルストもどこか安心した様子に見える。まあ、気持ちは分かる。私も両親が巻き込まれたと聞いたら正気ではいられないと思うからね。
安心する私たちとは対照的に、レオン先生が暗い顔になった。
「だが、死亡が確認された方もいる。王家のバプティスト様は抵抗むなしく、モーリッツに打ち取られたのが確認された。王家の秘宝の宝玉も、戦いのさなかに行方不明になったとのことだ。残念だが、師匠に会える日はもう来ないということになる」
最初、私はレオン先生が言っていることを理解できなかった。
打ち取られた? 誰が? バプティスト様? ついこの間まで、カリーナのお菓子を美味しそうに食べていたのに? あの姿が見られないなんてこと、あるわけないじゃない!
「嘘だ・・・。バプティスト様は歴戦の猛者だ。簡単にやられるはずがない! こんなの、何かの間違いですよ! バプティスト様が簡単にやられるわけがない!」
ホルストが叫んだ。いつもは変人だけどどこか冷静なのに、バプティスト様の悲報を聞いて冷静ではいられないみたいだった。
「お師匠様は、一人でも多くの兵を逃がすために奮戦したらしい。光魔法でモーリッツに大きなダメージを与えたのを何人もの兵士が目撃したそうだ。だが・・・」
レオン先生が言葉に詰まっている。
レオン先生にとってバプティスト様は父親代わりの存在だったと聞いている。あの人の訃報に一番ショックを受けているのは先生かもしれない。でもレオン先生は必死になってバプティスト様の最後の様子を伝えてくれた。
「音もなく近づいてきたモーリッツに、お師匠様は敗れ去った。静かに、だが迅速に打ってきた爪の一撃で、バプティスト様は致命傷を負い、そのまま・・・。王家の宝玉も、その時奪われたとのことだ。闇魔に光属性の宝玉は使えないので、あの宝玉はおそらくすでに破壊されたと思う」
私は茫然としながらレオン先生の言葉を聞いた。かなり詳細に話してくれているが、全然頭に入ってこない。あのバプティスト様ともう会えないなんて、いまだに信じられない思いがした。
「北は大混乱だ。何しろ兵士の指揮を執る将官が狙い撃ちされたのだから。兵士の被害は多いとは言えないが、将官の数が絶対的に足りなくなった。まだ学生の君たちの手を借りたいという声も少なくないんだ」
そう言うと、レオン先生は言葉を区切った。そしてどこか他人事のように聞いていた私の目を真剣なまなざしで見つめてきた。そしてラーレに目を向けると、そのまま言葉を続けた。
「北をはじめ、君たちの出陣を熱望する声が大きくなっている。何しろ君たちは、強固な魔力障壁に守られた闇魔たちを一撃で倒せる存在なのだからな。王国の強力な武器だった短杖も、闇魔相手には大した効果を上げられないそうだ。もしかしたら、国王陛下直々に声が掛かるかもしれない。待っているだけではすぐに追い詰められてしまうのは明白だからな」
ああ。そうなのか。ゲームでは3年生になってから行われるはずの出征が早まる可能性があるということだね。
「今回、王都に闇魔が侵入されたことを問題視する声も大きい。待っていてはやられるだけ。それならば、追い詰められる前に戦おうという意見が強くなっているのだよ」
レオン先生は真剣なまなざしで私たちを見ている。
「ラーレ君は炎の巫女だ。君が本気で断れば、おそらく南全体が君をかばってくれることだろう。だがダクマー君。君は別だ。後継でもない君は、国王陛下から命令されれば拒否することは難しいだろう。国王陛下はビューロウ家をいつも庇っているが、それでも限度はある。逃げるにしろ戦うにしろ、今のうちに覚悟を決めておくことだ」




