第251話 ランケル家の誇り ※ ウルリヒ視点
※ ウルリヒ視点
どこかで、こんな計画がうまく行くはずがないと思っていた。
だがチャンスだった。実家の後継から外され、学園の教員にもなかなか推薦してもらえない私にとって、第一王子の提案はひどく魅力的に思えた。
「ははふはは! そんな攻撃が当たると思うか!」
「くっ、動きが気持ち悪いんだよ、お前! くそっ! なんで当たらないんだ!」
近くでカサンドラとホルストの攻防の音が聞こえてきた。あのイラッとする守り手、ホルストはその言動に見合わず、見事に役割を果しているようだった。
私は前方に佇む少女を見た。感情が抜け落ちて、ぼうっと一点を見つめている。おそらく、師を失ったショックとカサンドラの魔術によって喪失状態になっていると思われる。今のままだとカサンドラの命ずるがままに魔術を使う状態が続いてしまうだろうが・・・。
私はちらりと後方を盗み見た。ビューロウの護衛やあのホルストの姉に守られ、心配そうにこちらを見る妹の姿を。
「私がただの愚か者かどうか、見ているといいさ!」
昔の妹はどちらかというと劣等生だった。魔力量は多いものの、4属性の魔法はうまく使えず、成績の方もそれほどぱっとしなかった。いつも後ろをついてくる妹を、あまり離れないように、時には背負って歩いたのは今では思い出せないくらい昔の話だ。
私は思い出した。すべてが変わったのは、あの資質診断のときだった。それまでの妹は魔法に関しての出来が悪く、4属性の魔法陣をうまく使うことができなかった。
『ま、まさか! これは!』
冷静なはずの調査員が驚きの声を上げたのを今でも覚えている。本来なら両親しか入れないはずのあの場に、妹のたっての願いで私も見学していたんだ。妹が不安そうな顔をして私を見上げていたのが印象的だった。
4属性と光は検査を行う前から大体の資質を読むことができるが、闇属性だけは違う。かなり特殊な属性なので、検査をするまでわからないことが多い。もちろん、我らがランケル家には検査以外にも闇の資質を調べる方法が伝わっていたが、魔法に苦手意識のある妹は駄々をこねてそれを行っていなかったのだ。
「闇の星持ちに認定されてからすべてが変わったんだ。それまで私がランケル家を継ぐのが当然とされたが、いつしか妹が継ぐのが当たり前になっていた」
星持ちにはそれだけの価値がある。今の学園には4人もの星持ちがいるが、こんなことは本来ありえない。何年にも渡って星持ちがいないことも珍しくないのだ。星持ちが現れたらその人物が後継になるのは、王国の貴族家なら当然のことと言える。私も王国貴族の一人だ。星持ちである妹が後継になることに納得した。悔しくはあったが、仕方ないことだと諦めていた。
新たな道をと目指したのが学園の教員だったが、なかなか認められなかった。私よりも劣っているはずのものが評価され、歯がゆい思いをすることも少なくなかった。
「そんなとき、第一王子に声を掛けられてて舞い上がったんだ。誰も評価してくれない私の術を褒めてもらえて嬉しかった。それが、あいつらの歪んだ目的を果たすためでも、私は嬉しかったんだ」
どおおおおおん!
近くにカサンドラが放った水弾が炸裂する音が響いた。ぎょっとしてそっちを見ると、ホルストがどこか取り繕うように言い訳するところだった。
「は、ははははは! 僕はここだぞ! 魔法を外すなんてホントどうしようもない女だな! 高位闇魔が聞いて呆れるね!」
「お、おまっ! ちょっと黙れ! その口を引き裂いてやるからな!」
そしてホルストとカサンドラの追いかけっこが再び始まった。あの様子ではホルストがいつまで持つかわからない。私は私の仕事をしてしまわないと・・・。私は密かに、だが素早くビヴァリーという娘に近づいたのだった。
◆◆◆◆
ビヴァリーは私が近づいてもなんの反応も示さなかった。本人がショック状態なのに加え、カサンドラの術がかなり深いところまで浸透しているせいだ。
「まずは私の闇魔法でカサンドラの術を取り除く必要があるんだが・・・できるか? できるよな!」
弱気になりそうになる自分を慌てて叱咤する。あのホルストは、高位の闇魔を一人で足止めするという無茶をやってのけているんだ! ここであいつに笑われるようなことができるわけはない!
私は素早く魔法陣を展開すると、少女の顔の前に手をかざした。
「オフューヌ!」
魔法による精神汚染を解除する方法は3つ。一つは光魔法を使う方法。光はかなり特殊な属性でこういった症状を解除する術がある。もう一つは無属性魔法を使った方法だが、これをやるには相当に色を薄くしなければならないので現実的ではない。色が薄いということは資質が低いということで、それはすなわちそれだけ制御が難しいということでもあるからな。
私が使っているのは3つ目――闇魔法を使った方法だ。これは使われた魔法を知る必要はあるものの、相手の負担を最小限にして影響をなくすことができる。支配など相手を操る魔術は私の研究分野だ。これで、なんとかなるはずだが・・・。
「くっ! 重い! くそっ! 私の資質では無理なのか!」
私の闇魔法の資質はレベル2。決して低くない資質のはずだが、これでは闇の魔物の術を解除できないということなのか!
ほぞを噛む私の腕に、小さな手が触れられた。ぎょっとしてその方向を見ると、ヴァンダがふるえながら私の手を握っていたのだ。
「あっしの魔力を使ってください。あっしの魔力と兄さんの技があれば、きっとこの子を助けられるはずでやすから!」
私は思わずヴァンダの顔を見返した。
「お前! どうやってここに!」
ヴァンダは照れたような笑みを浮かべていた。
「闇魔法の姿隠しを使ったんです。この魔法は、兄さんに初めて教えてもらったものですから」
そういえば、屋敷でとらえようとしたとき、ヴァンダはこの魔法を使って見事に逃げおおせたんだったな。こんなときなのに、私はそんなことを思い出していた。
私は思いっきりヴァンダの手を掴んだ。
「お前の闇の魔力、ありがたく使わせてもらうぞ!」
私はヴァンダの闇の魔力を術へと素早く変換した。魔法使い同士なら相手な同意があれば相手の魔力を利用することもできる。もっとも相性などがあるので100%とはいかないが、兄妹だからかなりの量の魔力を利用できるはずだ!
「ああ、ああああ!」
ビヴァリーから悲鳴が漏れた。私はそれに構うことなくさらなる魔力を込める。星持ちだけあって、ヴァンダの魔力量もレベルも相当なものがあった。
「いけぇ! これならあああ!」
黒い魔力の波動があたりを包んだ。
「お前ら! 何をやって!」
「はっはあ! よそ見している余裕はあるのかな!」
こちらに気づいたカサンドラだが、その意識は瞬時に引き戻された。ホルストの大剣を首をすくめて躱したようだった。
「ちっ! 避けたか! このスキに重い一撃をくれてやろうと思ったのに!」
カサンドラがぎょっとしてホルストを見返した。
「ふっ! 何を驚いている! わかってるんだよ! お祖父様が取り戻したビューロウの秘技ならお前ら高位闇魔の障壁も切り避けるってなあ! ご先祖様だって、あのダクマーだってやってるだろうが! 僕にだってできないことはないのさ!」
ちょっとイラッとする顔で言うホルストを、カサンドラが憎々しげに睨んでいる。そして、再び彼らは闘い始めだった。
私は呆然とそれを見送り、次の瞬間にはハッとしてビヴァリーを見返した。私とヴァンダの魔法でカサンドラの魔術は解けたはずなのだが・・・。
「あああ、先生・・・」
正気を取り戻したはずの彼女は、しかし恩師の死を知って放心しているようだった。私にはわからないが、彼女とテオフィルの間にはそれだけのつながりがあったのかもしれない。
「しっかりするっす! 今、あの門をなんとかできるのはあなただけなんすよ! あなたなら、闇魔が作った召喚門をなんとかできるでしょう」
ヴァンダが彼女の腕を揺するが、彼女は涙を流し続けるだけだった。まるで妹の声が届いていない様子に、私は焦りを強くしてしまう。
「しっかりしろ! テオフィルが言っていただろう! お前に召喚魔法の未来を託すと! 力を見せるのは今しかない! 違うか!」
衝撃を受けたようにビヴァリーは私を見返した。涙を流し、放心しているところを悪いが、今動かなければ未来を掴むことはできない。私と違って、彼女には未来を勝ち取ら可能性があるのだから。
「テオフィルが偉大な魔法使いだったことを証明するのは今しかない! お前の手で、召喚門にさらされた王国を救え! この危機を防いだのが召喚魔法だと、皆の前で証明してやるのだ!」
ビヴァリーは涙を拭って頷くと、学園の地脈に目を凝らした。あとはきっと彼女がなんとかしてくれるだろう。
「私たちも最後の仕事だ! 彼女に魔物を近づけさせるなよ! ランケル家の深遠さ、闇魔どもに見せつけてやるぞ!」
「はい!」
ああ。最後に戦うのがこいつと一緒で良かった。ガラにもなくそう思いながら、ビヴァリーを守るために魔法を構築するのだった。




