第25話 闇魔の討伐
私たちが魔物の襲撃を凌いでほっとしているとき、上空から何かが風に流されてきたのが見えた。
あれは、紙飛行機?
おじい様は紙飛行機を掴むと、それを開いてニヤリと笑う。
「グンターの奴、見事だな」
グンターって、たしかグスタフと一緒に領地の行方不明者を探している護衛だよね? うちに昔から仕えてくれる豪族で、代々うちの当主の護衛をしている家系らしいけど、あの紙飛行機はグンターが送ってきたってこと?
私は手紙を覗き込もうとするが、おじい様はめんどくさそうに避けた。私は憮然として、おじい様に質問した。
「なんですか、その紙飛行機? 手紙、みたいな感じですけど」
おじい様はめんどくさそうだけど、それでも一応答えてくれた。
「これはグンターの奴が送ってきたリッフェンじゃ。どうやら、奴らは見事にワシの使命を果たしたらしい」
リッフェンって何? 私が不思議そうな顔をすると、おじい様が顔をしかめながら答えてくれた。
「リッフェンとは風の中位魔法の一つじゃな。特殊な魔法が組み込まれた手紙を、対象の人物に送ることができる。あらかじめ、送り先の魔力を知っておかねば発動できんがな。どうやら、町で行方不明者を発見したらしい」
なんと! そんな魔法もあるのか。本当に魔法使いみたいだね。
私たちの会話を聞いて、デニスが尋ねた。
「行方不明者が見つかったのですね。どこに居たのですか?」
おじい様は渋い表情で答えた。
「悪い予想が当たったな。どうやら、闇魔に捕らえられたらしい。町はずれの廃屋で捕らえられているのを確認したそうだ」
闇魔と聞いて、私たちはもちろん、護衛たちにも緊張が走った。
おじい様はちらりと私たちを見る。そして何か決意したかのように目を鋭くした。
「お前たちも付いてきなさい。闇魔のことを知るいい機会だ。決して、護衛たちから離れんようにな」
◆◆◆◆
私たちはおじい様と護衛とともに町はずれの廃屋に向かった。
やっかいなことになった。今日はただの水泳の時間のはずなのに、いつの間にか闇魔討伐に参加することになったのだ。なんか途中に屋敷で武器や防具を渡されたんだけど。
真剣なんて持ったのは、この前の修行以来だよ。ラーレやホルストも緊張したような顔をしている。
「おそらく、川に表れたリザードマンは、闇魔に召喚されたのだろう。ワシらをかく乱させるのが狙いのようだが、うかつだったな。おかげで敵の情報を知ることができたぞ」
おじい様は、リザードマンの死骸から闇魔の情報を手に入れたらしい。なんでこの程度のこと、予想できなかったんだろうね。
「ホルストよ。さきほどのリザードマンがどのように呼び出されたか、わかるか?」
おじい様に尋ねられたホルストは、最初はびくついていたが、すぐに答えを言い出した。
「おそらく、川辺に出現したスポットから召喚したのでしょう。水辺にスポットが現れれば、そこからリザードマンが召喚されることは珍しくありませんから」
スポットとは、間欠泉のように地面から魔力が噴き出す場所のことを言う。完全にランダムで起こるんだけど、これが発生すると、短時間だけだが地脈と同じように魔力が満ちた場所になるらしい。
地脈やスポットで召喚魔法を使うと魔物を呼び出せる。ホルストが言ったように、川辺ではリザードマンが召喚できることが多いらしい。まあ、召喚魔法で呼び出せる魔物の種類は、召喚した人の資質や使う道具によっても多少は変わるらしいけどね。
そんな話をしている間に、廃屋が見えてきた。
「ここに、闇魔がいるんですのね」
アメリーが緊張した面持ちでつぶやいた。
「闇魔は王国の中では活動が制限される。地脈は王族の光魔法によって制御装置が付けられ、我ら人間の魔法使いに益を成すように調整されておるからの。例えるなら、闇魔は王国の結界内では水の中に潜っているようなものじゃ。定期的に、息継ぎ――、魔力の補充を行う必要がある」
おじい様が説明してくれた。私は何かいやな予感がして思わずおじい様を見つめていた。
「魔力の、補充・・・、どうやって?」
おじい様は腕を組み、ひげをいじりながら答える。
「一つはスポットを利用した魔力補充じゃ。スポットは、屋敷や町にある地脈とは違い、ワシら用に調整されておらん。光の結界で守られておらんのなら、闇魔でも魔力を補充できる」
そうだよね。でもスポットっていうのは、いつどこに発生するかは分からない。すぐに消えちゃうことも多くて、光魔法で調整しても徒労に終わることが多いんだ。
「闇魔の多くが鼻が利くから、スポットを迅速に見つけられる。じゃが、スポットがいつも都合よく発生するとは限らん。その場合、やつらはもう一つの方法で魔力を補充するのじゃ」
おじい様が言わんとすることは予測できる。それが、私たちが闇魔を嫌う最大の理由なのだ。
「闇魔は、人から魔力を奪って補充することができる。おそらく、攫われた住民は闇魔が魔力を補充するための生贄にされるのじゃろう」
おぞけが走る。闇魔は人を食らうことで、魔力を補充するのだ。おそらく、攫われた人が生きている可能性は低い。
「ワシらの体の中に、素質を表す立方体があるのは知っておるな。闇魔はその器官を食らって魔力を補充する。その回復度合いは、食われる者の魔力量によって増減するらしい。そのため、魔力量の多い貴族は特に狙われやすいのじゃ。お前たちも貴族の一員じゃ。狙われやすいし、闇魔と戦う機会も多い。闇魔の実物と、倒し方を見てしっかり学んでおくのじゃぞ」
貴族は闇魔との戦いで先頭に立つことが多い。闇魔を倒すのに、魔法の力は欠かせないからだ。
「闇魔って、聖女の結界でアルプトラオム島から出てこられないんじゃないのですか? なんでこの領地にいるんですの?」
アメリーが涙目になりながら尋ねる。ちょっと分かる。闇魔のことなんておとぎ話のようだと思っていたのに、こんなに身近にいるとは思わないよね。
「まだ結界は生きておるし、大規模な侵略はできんようじゃが、個体によっては結界を越えてこうして姿を現すことがある。そんな個体は各地に潜伏して、王国に様々な害を与えるのじゃよ」
おじい様の言う通りなら、闇魔をこのままにしておくことはできない。きっと王国にいるだけで人間をたくさん殺すだろうしね。
「闇魔か・・・・。危険な相手だとは聞いていたけど、まさかここで遭遇するとはね。でも戦わないわけにはいかないよね」
私が一人気合を入れていると、おじい様が私に忠告してきた。
「今回、お前たちは戦う必要はない。戦闘はワシと護衛に任せるのじゃ。お前たちは、闇魔がどういう存在なのか、把握することに努めよ! 決して手を出すんじゃないぞ」
◆◆◆◆
私たちは廃屋の前に到着した。
廃屋といっても、かなり大きい建物だ。昔はここで、住民たちが集まって集会を開いたりしてたそうだ。でも建物が古くなって、他の場所に集まるようになったらしい。
「小さいけど明かりが漏れている。この中に人質と闇魔がいるんだね。早く突入しないと」
「待て。突入はおじい様と護衛たちが行くらしい。私たちは、ここで待機だ」
入り口から少し離れた門の近くで、私たちは声を潜めて話し合う。いきなりの潜入作戦に緊張感が走る。
玄関の前には2人の人影があった。暗くて分からないけど、あれはもしかして、ゴブリンではないだろうか。ゴブリンは闇魔がいつも召喚する魔物の一種だ。子供位の背丈だけど、魔力障壁を持っているから侮れないんだよね。
「突入するにはあのゴブリンを排除しなきゃいけないけど、どうするんだろうね」
私は誰にともなくつぶやいた。ここにはおじい様の孫5人が集まっているけど、答える人は誰もいない。みんな一様に緊張しているようだった。
私が沈黙に耐えるかのように周りを見ると、見張りのゴブリンに少しずつ近づいていく影に気づいた。あれは、グスタフ!?
グスタフはゴブリンたちにそっと近づくと、迅速にナイフを振り回す。ゴブリンたちは魔力障壁を展開することもできず、首を斬られてそのまま倒れ込んだ。グスタフが隠形の術を使えるのは知っていたけど、ここまで見事とは思わなかったよ!
「すごいな。一瞬の早業だ」
デニスが感嘆の声を漏らす。そしてグスタフは合図を送ると、木陰からビューロウの戦士たちが駆け出していくのが見えた。
グスタフが玄関を蹴破ると、戦士たちが勢いよく突撃していった。
次話で残酷な描写があります。




