第248話 ナターナエルの乱心?
「これが、闇魔の四天王か。何という威圧感だ。他の闇魔とは明らかに違う・・・」
フリードリヒ様が呻くようにつぶやいた。そう言えばフリードリヒ様は公開処刑の時は闘技場にいなかったんだよね。あいつを見るのが初めてなら仕方のないことかもしれない。
「くそっ! 好きにさせるか! 復活したての今ならば!」
王と一緒に現れた護衛たちがナターナエルに飛び掛かった。自分の体を見回していたナターナエルは彼らに気が付くと一瞬で下がって回避した。そして最初の護衛を回し蹴りを放つと、続く兵士を掌底で突き飛ばした。続く3人目は、吹き飛ばされた2人目に巻き込まれて倒れ込んでいく。
多分、近衛騎士だよね? 彼らの奇襲は、瞬く間に防がれてしまった。ナターナエルは神鉄の小刀を持っているのに、それを使う間もないくらい、完全な撃退だった。
「く・・・。ここは、どこだ? 確か私はビューロウ領に侵攻したはず・・・」
俯き、頭を押さえながら語るのはヨルダンだった。召喚されたての彼は混乱の極みの中にいるみたいだけど・・・。
「素晴らしい! 王国の精鋭たちをまるで寄せ付けないとは! さて、生きのいい人間の魔導士です! 復活の祝いとして受け取りください!」
カーステンがビヴァリーさんをナターナエルのところに突き飛ばした。それを見てニヤニヤしていたレオポルドが右手をビヴァリーさんの方向へとむけた。
「カーステン老。さすがに、復活した手では生きたまま食らえというのは酷ですよ。しっかり焼かないとね?」
レオポルドの右手から赤い魔法陣が発現した。
あいつ、まさか!
魔法陣が火の玉に変わった。そして次の瞬間、ビヴァリーさん目掛けて勢いよく発射された!
このままではビヴァリーさんが黒焦げになってしまう! 私の刀ならあの程度の魔法はすぐにかき消せるのに! でも、カサンドラとあいつが召喚したリザードマンが邪魔で、ビヴァリーさんを助けることができない!
ビヴァリーさんの表情が絶望に染まっていた。それを見て、私は炎に巻かれる彼女を幻視してしまった。
「うおおおおおおお!」
だけどレオポルドの火の玉は、ビヴァリーさんに届くことはなかった。ビヴァリーさんの前に素早く移動したテオフィルが、その体で火の玉を受け止めたのだ。
テオフィルが炎に包まれていく。あたりは、肉の焼ける嫌な臭いが充満してしまった。
「せ、先生・・・?」
ビヴァリーさんが茫然とつぶやいた。テオフィルは炎に焼かれながらも、最後の力を振り絞ってビヴァリーさんに手を伸ばした。
「すまぬ・・・。ワシの目算が間違っていたばかりに、君を窮地に立たせることになってしまった。君は何としても、生き残りなさい。召喚魔法の未来は、君にかかっている。ワシらにしかできんことが必ずあるはずだから・・・」
テオフィルが言うのと同時に、炎が一気に火力を上げた。火柱のなかに、黒い人影。レオポルドが放った火は、テオフィルをあっという間に焼き尽くしていったのだった。
「くくくく! はあっはっは! 人間というのは本当に愚かだ! 心配しなくても、お前の弟子もすぐに同じところに送ってやるさ! 麗しい師弟愛のようだが、お前のやったことは無駄なのだよ! お前も・・・」
レオポルドの言葉が最後まで発することはなかった。一瞬で彼の傍に移動したナターナエルによって、レオポルドが瞬時に叩き切られてしまったのだから。
え? あいつらって仲間なんじゃないの? どうしてナターナエルがレオポルドに攻撃しているの!?
「見るに堪えんし聞くに堪えん。我々は帝国のものどもとは違う。こんな外道が許されるわけがないだろう。道化師よ。やっと下種なお前を斬れるとなると、心よりうれしくなるよ」
ナターナエルが薄い笑みを浮かべている。レオポルドが驚愕の顔で自分のキズとナターナエルを交互に見つめる。そして片膝をついて、そのまま崩れ落ちていく。消えていく彼の姿を、カーステンとカサンドラが呆けたように見続けていた。
レオポルドが塵となって消えていく。さすがは闇魔の四天王。たった一撃で、レオポルドほどの猛者を仕留めてしまったようだけど・・・。私たちは驚きで誰一人として口を開けることができなかった。
え? 仲間割れ! 闇魔が闇魔を攻撃するだなんて、どうなっているの?
「ナターナエル様!? そ、そうか! そういうことなのか! しかし、私はだめのようです。おそらくきっと、ナターナエル様ももうすぐ・・・」
ヨルダンの言葉に、ナターナエルが静かにうなずいた。いや、アイツ以上に何が起こっているのか分かんないんだけど!
「バカな! なぜなのです! なぜあなたが人間を助けるようなことを! あなたは炎の四天王! なぜあなたがレオポルドを倒したのですか!?」
カーステンが混乱気味に話したその時、地下室の扉が勢いよく開けられた。そして外に出ようとしていたリザードマンが斬られて血を噴き出した。
「ひ、ひぃぃ! 来た! あの魔女が来た! い、いやだ! 焼かれるのはもいいやだ!」
あのカサンドラが涙目になりながら指さした。いや、闇魔にここまで怯えられるって、何をしたというのよ!
入ってきた人影は、訝しむように周りを見渡した。国王陛下やナターナエルの姿を見てすんごい驚いていたけど、私を見つけてどこかほっとしたような顔をした。
「よかった。無事なのね。なんかよく状況が分かんないけど、なんとか間に合ったみたいね」
混迷を極めるこの状況で、ラーレたちが学園の地脈に到着したのだった。




