第24話 水練の時間
ビューロウ家での修業は多岐にわたる。剣術を中心に、格闘術だったり指揮の取り方だったりを学ぶのだ。学園で力を見せるために鍛えておくのだというけど、夏はお楽しみの修行もある。
「一応宗家だけあっていろいろ学ばされるよねぇ。まあ、グスタフやホルストが本当に優秀なのは腹が立つけど」
そう、いろいろな訓練を受ける中で目だったのはあの2人だ。グスタフは剣術だけじゃなくて格闘術もすごいし、ホルストは魔法も剣もかなりできる。隣で見ていて、やっぱりすごいと感じるんだけど。
「まあでも、アンタも剣術はすごいじゃない? あれから頑張って普段の動きの中でも内部強化を出してるみたいだし」
ラーレがほめてくれるけど、剣を使わない訓練では2人の足元にも及ばない。この半年間、しっかり訓練してきたのに、まだまだだって感じるんだよね。
「今日の主役は私だけどね! 私の華麗な泳ぎにおののくといいわ!」
そう、この日は執事のノルベルトの引率で、川で水泳の練習を行うのだ。私たち5人は、館の前でノルベルトを待っているのだ。
「ダクマー! 落ち着け! 川は逃げたりしないぞ! 準備運動はしっかりやるんだ!」
もう、デニスは真面目だなぁ。あきれたように兄を見ると、ラーレが溜息を吐いた。
「アンタ、本当に泳ぎが好きよねぇ。この季節になると張り切りだすんだから。付き合う私たちの身にもなりなさい」
騒がしい私たちを青い顔で見ていたのはアメリーだった。
「え? あ、あの・・・、つかぬことをお聞きしますが、お兄様たちは泳げるんです?」
私はデニスやラーレと顔を見合わせた。私たちは夏になると川に泳ぎにいていたけど、そう言えばアメリーは来たことがなかったかもしれない。
「このバカ、いつも川に来るとはしゃぐのよ。なぜかこの子、最初から泳ぎ方を知ってたのよね。水を怖がってちゃコイツを止められないから私とデニスは必死で泳ぎ方を覚えたってわけ」
「逃げ回るダクマーを捕まえるのはいつも苦労しますからね。まあおかげで私たちも泳げるようになりましたし」
うっ、二人はそう言うけど、私だって二人が泳げるようになるまで練習に付き合ったんだからね! まあ二人がある程度泳げるようになったら一人で遊んでたけどさぁ。
「ええ・・・、あ、あの! 私泳いだことがないんですけど」
アメリーが上目遣いで見つめてきた。ふふん。しょうがないなぁ。ここは泳ぎの達人たる私の出番だね!
私が意気込んでいる間に、デニスが穏やかな声でアメリーに話しかけた。
「大丈夫だ。泳ぎ方は私が教えるから。ラーレ姉さんも手伝ってくれるから、アメリーだってすぐに泳げるようになるさ」
「まあ、運動神経のいいアメリーなら、すぐに泳げるようになるでしょう。誰かさんと違って、デニスは丁寧だからね」
むう。私だって泳ぎ方教えられるんだからね! 二人が泳げるようになったのは、私のおかげなんだからね!
ラーレとアメリーはちょっと前までぎこちなかったくせに、いつの間にか普通に話すようになっている。あんまり引きずらないのはこっちとしても安心なんだけど、こんなところで結託しなくてもいいじゃない!
私が頬を膨らませていると、館からおじい様が歩いてきた。あれ? 今日はノルベルトがついてきてくれるんじゃないの? それに、エゴンたち護衛を大勢引き連れていてちょっと物々しい。なにかあったのかな?
「今日はワシがお前たちを引率する。少し護衛の数は多いが、気にせず修練に励むのじゃぞ」
おおう。今日はノルベルトじゃなく、おじい様自らが引率するみたいだ。ちっ、鬼の居ぬ間にゆっくり遊べると思ったのに!
でも当主自らが引率するなんて、どういうことだろう。
「なんか物々しいですけど、どうしておじい様が引率してくれることになったんです? おじい様って、忙しく領地内を回ってると思ってたんですけど・・・」
私はなんとなく訪ねてみる。たまにラーレや兄妹を連れて領地の外に行くことはあるけど、おじい様や両親は基本的に領内を走り回ってるイメージだよね。それを見て貴族なのに大変だなって思ってたんだけど。
デニスやアメリーがぎょっとしたような顔で私を見た。
「お、おい、ダクマー! おじい様になんて口の利き方をするんだ! もっと丁寧に話せ!」
ええー? でも一応私たちの祖父なんだから、こんなもんでいいんじゃない?
おじい様は苦笑して私の疑問に答えてくれた。
「領内で誘拐事件が発生した。二親と息子2人の4人家族が昨夜から姿が見えないらしい。グスタフとグンターが捜索に当たっているが万が一と言うこともある。未確定だが、闇魔を見たという情報もある。念のため、ワシが貴様らの護衛を兼ねてついていくことにしたのだ」
グンターと言うのは我が家に仕える戦士で風魔法を得意としている。探索と言えばこの人って感じなんだよね。でも、闇魔が関わっている可能性があるなんて、ちょっと怖いんだけど。
「とりあえず向かうぞ。せっかくだから、お前たちがどれほど泳げるのか見てやるわい」
◆◆◆◆
川辺に着くとさっそく泳ぎの時間だ。水着になった私たちは川を前に微笑んだ。
この世界の水着って、半そでのウエットスーツみたいな感じなんだよね。ゴムみたいな素材もあるなんて驚いたんだけど・・・。
「ふっふっふ。ビューロウの河童とは私のこと! 華麗な泳ぎを見せてあげるわ!」
そう言って、私は勢いよく川に飛び込んだ。大きな水音に、兄妹やホルストが驚いた気配がした。そして水面から顔を上げると、クロールで泳ぎ出した。
「馬鹿者! いきなり飛び込む者がおるか! ちゃんと準備運動をせんでどうする! こらダクマー! 戻りなさい!」
ふふん。おじい様とは言え、水の中で私を捕まえられると思うなよ!
追いかけっこを始めた私たちを尻目に、青い顔をしている人物があった。妹のアメリーだ。
アメリーには何でもできるようなイメージがあったけど、今は上目遣いにデニスを見ていた。
「お兄様、どうしたらいいですか? 私、水に入るのはちょっと怖いです」
デニスは落ち着いてアメリーに指導する。
「まずは水の中に入ってみよう。ゆっくりでいいからな。ラーレ姉さんも手伝ってくれますか?」
「ええ。わかったわ。こっちが流れが弱いみたいだから、まずは顔を付ける練習から始めましょう」
私が遊びまわっている隙に、なんかみんなでアメリーに泳ぎを教えることになっているみたいだ。
ううぅ、わたしもやるぅ! ひとりにしないでえ!
思わず振り返っている間に、おじい様につかまった。私はおじい様に説教されるかたわら、泳ぎを教える兄弟たちを泣きそうになりながら見ていた。
不安になった私とは対照的に、ホルストは鼻を鳴らした。
「ふん。泳ぎくらい簡単さ。君たちはそこで遊んでいるといいよ」
そう言って一人、見えない場所に向かって離れていく。相変わらず、協調性がないというかなんというか・・・。
おじい様に説教を受けた後、私はアメリーに泳ぎを教えるラーレたちに合流した。私は水中で、アメリーの手を引きながら移動する。
「お、お姉さま! 手を離さないでくださいね! 絶対ですよ!」
そう言われると離したくなるけど、我慢、我慢。
「大丈夫だって! ほら、足を動かして! アメリーならできるから」
アメリーはたどたどしいながらも、必死でバタ足をしている。
最初はぎこちなかったアメリーだが、次第にスムーズに動けるようになっていった。
「さすがアメリーだな。泳ぎは一度覚えれば体が覚えるから、大丈夫だ。この調子で今日いっぱい練習しよう」
デニスが優しくアメリーを指導している。
「アメリー、初めてのはずだけど上手だよ! この調子で頑張って!」
協力しながら泳ぎ方を教えていると、いつの間にかラーレの姿がなくなっていることに気づいた。
あれ? あいつ、どこ行った?
私がきょろきょろしていると、死角になっているところから、ラーレが戻ってくるのが見えた。
「ラーレ! どこにいってたの?」
ラーレは肩をすくめた。
「いやホルストの奴も、泳げなかったみたいなのよ。しょうがないから、ちょっと教えてきたわ。私に教えられるのは屈辱みたいで、基礎を覚えさせたら『あとは護衛に教わるから』って追い出された。まあ、おじい様も付いてるみたいだし、あいつも今日いっぱい頑張れば泳げるようになるでしょう」
ホルストは相変わらずホルストのようだった。
「やっぱりあいつ、徹底して私たちに弱みを見せたくないんだね。意地っ張りと言うか強情と言うか・・・」
私があきれたように零すと、デニスも答えてくれた。
「まあ、私たちは一応後継を争う関係だから、仲良くしたくないのはしょうがないのかもな。でも兄さんも、見えないところで色々私たちを助けてくれているんだぞ?」
う~ん。デニスはそう言うけど、あんまり信用できないんだけど。
そんな私を気にすることもなく、デニスは安心したように息を吐く。
「この調子ならアメリーも泳げるようになると思うし、今日のところはこれで良しとしておこうか。私は少し休むが、ダクマーは自由に泳いでくるといいさ」
◆◆◆◆
「いや~、この季節は水が気持ちいいよね。水につかると、ホントさっぱりするわ」
一人つぶやく。護衛の人は何人かいるけど、川べりには他に人がいない。なんかプライベートビーチみたいで豪勢だよね。まあ、海じゃなくて川なんだけど。
対面の岸に辿り着いたときだった。私はぎょっとする。川の上流から丸太や木の板が流れ落ちてくるのが見えたのだ。
「なんだあれ!」
ちょっと! アメリーはまだ泳ぎを覚えたばかりだよ! こんなのが流れてきたら危ないじゃないか!
「アメリー! 上流からなんか流れて来る! 危ないからいったん上がりなさい!」
私が叫ぶと、アメリーは慌てて陸に上がろうとした。デニスが誘導し、ラーレが素早くアメリーの手を引いた。なんとか藻屑に巻き込まれずに済んだけど、アメリーはまだ水の中にいる。必死で岸に向かっているが、少し時間がかかりそうだ。何が起こったというの!?
アメリーたちの後ろから、何か生き物が素早く移動してくる。あれは! 魔物!?
魔物は、トカゲのような姿をした2足歩行の生物だった。手には槍を持ち、こちらを睨みつけている。リザードマンと言われている生物だ。魔力障壁を持つ魔物らしいけど、なんでこんなところにいるの!?
「お嬢様! 川から上がってください!」
そう言って、護衛のエゴンが岸から声を上げていた。
「ギャギャギャギャ!」
リザードマンは、嬉しそうに笑いながら、アメリーたちに近づいてくる。まずい! このままじゃ追いつかれる! 私はその光景を信じられないものを見るように見ていた。
だが、その時だった。
「土よ!」
おじい様が素早く魔法を発動したのが見えた。
速い! 左手から土礫を放ったんだけど、どうやって魔法を展開したのか全然わからなかったよ!
「ギャギャギャギャァ!!」
リザードマンの1体が勢いよく吹き飛ばされる。でも、リザードマンはまだ何体も残っている!
魔物が吹き飛んだのを確認しておじい様が叫ぶ。
「お前たち! 下がりなさい! エゴン! こやつらを仕留めるぞ!」
「かしこまりました!」
おじい様の言葉に、護衛たちは迅速に行動する。だけど、 魔物は2手に別れたのが見えた。アメリーを狙うやつらとおじい様たちと敵対するやつらだ!
おじい様は大丈夫だろうけど、問題はアメリーだ。魔物たちは素早く動いて、さっきのようにおじい様が遠距離から魔法を撃つスキを与えない!泳ぎに慣れていないアメリーは合流するのにもう少し時間が必要なようだ。このままじゃあ、リザードマンに追いつかれちゃう!
私は川を見る。丸太や木の板が川の中央に流れてきている。これを利用すれば!
「はあああああ!」
私は足に魔力を展開した。無属性魔法を利用すれば、アメリーを助けることができるはずだ!
私は対岸に向かって走り出す。足場は、流れ来る藻屑だ。
「たあああああああ」
藻屑と藻屑の間を一歩一歩踏み出す。足が藻屑に当たるとき、はじけさせるように無属性魔法を操る。そうすれば瞬間的に藻屑を強化することができ、一歩踏み出す足場になるのだ。
私は体の三段階強化を行う要領で、足場を作り続けた。
「お、お姉さま!」
アメリーが目を見開いた。私は水切りのように水面を飛び跳ねて、アメリーを狙うリザードマン目掛けて駆け出した!
「さっさと沈めぇえ!」
アメリーに肉薄していたリザードマンの頭を踏みつけた。そしてリザードマンの頭を足場にして、そのまま対岸に向かって飛び出した。
「とぉぉぉぉ!」
私は後ろ足でリザードマンを蹴りつけることで、アメリーとの間に距離を作った。
内心ほくそ笑む。水面を走るなんて、ちょっと忍者みたいだよね! 今は水に浮かぶ足場がないと移動できないけど、いずれは水面を走って移動してみせる!
「アメリー! 無事?」
対岸に着地した私は、後ろをを振り返る。そこには、デニスに引き上げられたアメリーの姿があった。
「お、お姉さま! いつのまに・・・」
アメリーは震えながら私を見つめている。よし! アメリーの無事は保障されたよね!
「グギャアアアアアアア!」
私に頭を踏みつけたリザードマンが吠える。なんか怒ってるみたいだけど、そっちから攻撃してきたんだからね!
リザードマンは陸に向かって駆け出した。怒っているのだろうか。こちらを鋭い目でねめつけている。
しかしそんな魔物の前におじい様が立ち塞がった。
「貴様の相手はワシだ!」
そして両手剣を上段に振りかぶった。
「はあああああああ!」
おじい様の体に、青と赤の魔力が宿ったのが分かる。あれは例の2段階強化だ!
リザードマンはおじい様を見て逃げ出そうとする。しかし、その足に土で作られた鎖が絡まっているのが分かった。
「ちぇすとぉおおおお!」
おじい様は大剣をリザードマンに向かって振り下ろす。足を拘束されたリザードマンは逃げることもできず、大剣によって斬り裂かれた。あの一撃を食らって生きていられるはずはない。魔力障壁があるはずなのに、リザードマンを簡単に仕留めて見せたのだ!
「すごい。これがおじい様の実力・・・・」
魔力障壁を持つ魔物は簡単には倒せないはずなのにあっさりと倒してしまった。貴族だから魔力量が圧倒的に多いとはいえ、一撃で仕留めるなんて・・・。やっぱりおじい様って突出しているよね。
私たちが驚いている間に、護衛が他のリザードマンを倒していく。おじい様のように一撃で倒すのではなく、数人が連携して戦っているのが見えた。短杖も使ったりなんかして、その数を着実に減らしていった。
そして10分もしない間に、リザードマンの群れは全滅した。
「お前たち。怪我はないな」
おじい様の質問に私たちはコクコクと頷く。おじい様はほっとしたように頷くと、護衛たちに素早く指示を出していた。
「魔物ごときがワシの領で好き勝手しおって・・・。見つけ次第、つぶしてくれるわ」
暗い顔で一人つぶやくおじい様を、私たちは見ていることしかできなかった。




