第210話 領地対抗戦の始まり ※ 前半 ハイデマリー視点 後半 ダクマー視点
※ ハイデマリー視点
「しかしうまくいきましたな。ルート様を魔道具を使ってこちら側に拘束するなんて、フランメ家にしかできないことです。エッボ先生もうまくごまかしてくれたようですし、あとはガブリエーレ様が来るのを待つだけですね」
フェーベが嬉しそうに言った。何しろルートお姉さまは、40年ぶりに見つかった「炎の巫女」だ。南の貴族なら、その力と恩恵を骨の髄まで知っている。彼女がもたらしてくれる利益に、思わず頬を緩ませてしまう気持ちも分かる気がした。
「落ち着きなさい。まだルート様を南領にお連れしたわけではないのです。敵は、あの英雄と言われるダクマーです。このままで済むはずはありません。もしかしたらこの寮に殴り込みをかけてくるかもしれない。気を引き締めるのですよ」
私がそう言うと、フェーベはバツの悪そうな顔をした。そんな彼女を見て、オイゲンが慰めるように言った。
「まあ大丈夫だろう。向うは姫がどの部屋にいるかも分かってないんだ。それに向こうが数人で押し掛けて来ても、さっさと追い返せばいい。そのために、女子寮の防御力を上げたのだからな。こっちにはい俺やフェーベもいるし、あのダクマーと互角に戦ったオリヴァーもいる。どうあっても、あいつらに手出しできる手段はないさ」
オイゲンはそう言って私に取りなすが、そんなに甘いものではないと思う。少なくとも当主であるおばあ様が到着するまで、油断していいはずがない。
「未確認だけど、3年生の使用人の一人の姿が見えないという話もあります。それに相手はロレーヌ家のエレオノーラです。彼女は公爵家で、爵位自体は向こうの方が上です。どんな行動にでるか、分からないわよ」
同じクラスのエレオノーラは、成績優秀で魔力量も大きい。正直、王太子の息子のライムントよりもよっぽど恐ろしい。その上、あの年でロレーヌ家の秘術を習得していると聞いている。はっきり言って、絶対に油断できない相手なのだ。
「まあそうだけどよ。でも、この状況になったら詰みだろう。この要塞化した寮に押し入るわけにはいかない。少人数で潜入されても数で対処できる。おまけに姫の前にはあのオリヴァーがいる。エレオノーラ様とはいえ、できることはないだろうさ」
オイゲンはそう言うが、私の不安は収まらない。なにか、嫌な予感がするのだ。
その時、玄関の方が何やら騒がしくなった。一瞬にして、寮内が緊張感に包まれた。
ダクマーか、エレオノーラか、あるいはその両方か。
ルートお姉さまを奪還するために押し入ってきたのかもしれない。
「ハイデマリー様! 大変です! 東領の貴族どもが!」
ついにきたか! 私は立ち上がった。すると、伝令の護衛がなぜか2階のバルコニーに案内した。
「どうしたというのだ! エレオノーラが来たのではないのか!」
私の疑問に、護衛が答えた。
「ち、ちが・・、いや、それは正しいのか! でもエレオノーラ様だけではありません! 東の貴族どもが徒党を組んで押し入ってきたのです!」
◆◆◆◆
私がベルコニーから外を見ると、入口の前には東の軍勢が立ち塞がっていた。みんな完全武装していて、先頭にはエレオノーラが立っていた。
私は思わずバルコニーから大声を上げた。
「エレオノーラ様! どういうおつもりですか? こんな軍勢まで作って攻めてくるとは! 東の貴族が、南の貴族に思うところがあるとでもいうのですか!」
エレオノーラは小首をかしげる。腹の立つことに、そんな姿まで上品で美しかった。
「はて? 南領には通達が言っているはずです。今日、私たち東と南の貴族が大規模な領地対抗戦を行うと。学園長やブレーメ家のヘルマ様の許可はいただいておりますわ。エッボ先生から通達はありませんでしたの?」
そんな話は聞いていない! 学園長やブレーメ家が許可を出したという可能性がある。しかし、エッボ先生からはそんな話があるとは言っていなかったぞ!
「ま、まて! こちらに話は通っていない! こんな演習は無効だ! 日を改めてもらうぞ!」
私は叫ぶが、エレオノーラは余裕の表情だ。
「まあ、魔術具の使用申請を忘れたエッボ先生だから、演習のことを忘れてしまったのは仕方のないことかもしれませんわね。でも、戦場では奇襲もよくあることだと聞いております。このまま始めても問題はないでしょう。それとも南領の貴族は、いきなり押し入ってきた闇魔に『準備ができてないから待ってくれ』とでも言うおつもりですか?」
エレオノーラの挑発に、思わず激高した。
「そんなわけはないだろう! 我ら南の貴族はいつだって誇り高くある! どんな時だって、誇り高く戦って見せるわ!」
言ってからハッと気づいた。これでは向うの思惑に乗ったままではないか!
案の定、エレオノーラは笑顔で答えた。
「ならば、問題はないはずですわね。南の寮に居られるビューロウ家のラーレ様は奪還させていただきます」
そしてエレオノーラは後ろを振り返ると長杖を高く掲げた。
「皆様方! 参りましょう! 栄光は緑の手の中に!」
その号令を聞いて、後ろの貴族は「栄光は緑の手の中に!」と叫んで突撃してきた!
「は、ハイデマリー様! 東領の奴らが突撃してきます! いかがいたしますか?」
護衛の一人が慌てて私に問いかけた。
くっ、エレオノーラめ! おそらく学園側はすでに調略済みか!
してやられたという想いと浮足立ったままでは負けてしまうという不安が頭を過った。
こちらはルートお姉さまを閉じ込めるために男子寮から戦士たちを呼び寄せている。明日の引き渡しに向けてオリヴァーたちも待機したままだ。勝率は低いわけではないのだ。
「くっ、皆の者! 落ち着け! 東領の奴らに我々の力を見せてやるのだ! 紅蓮の炎を火にくべろ!」
そして杖を上空に掲げると、空に向かって火魔法を放った。
「フェウェウェーク!」
杖から火の玉が上空に上がった。そして火の玉は上空で破裂すると、大きな花火になってはじけた。
「紅蓮の炎を火にくべろ!」
この領の生徒たちが一斉に唱和した声が聞こえた。
開戦の花火は、この領の生徒全員に伝わったはずだ。
「いくぞ! 東の奴らに負けるわけにはいかないからな!」
まだ勝負は始まったばかりだ! 私たちは勝つ! そしてルートお姉さまを、「炎の巫女」を手に入れるのだ!
※ ダクマー視点
上空に打ちあがった花火の大きさにちょっとビビる。
夜空じゃなくても目立つんだね。そのあとの唱和する声にもおどろいたけど。
でも、フランメ家の標語ってなんか変だよね。「紅蓮の炎を火にくべろ」って、火と炎がかぶってるし。100年前の当主の言葉が元になてるそうだけど、何度聞いても違和感がある。
「お姉様! 呆けている暇なんてありませんわ! 私たちも行きましょう!」
「お前、ちょっとらしくないぞ! こんな時に一番やる気になりそうなのに! 周りの敵は周りに任せて、私たちは寮に侵入するぞ」
アメリーとデニスが私をせかす。まわりの戦士たちのテンションが高すぎるって気もするけど、まあ仕方がない。なんか気づいたらすんごく大事になってる気がするけど、これはラーレを奪還するチャンスだ。乗らないわけにはいかない。
「よし! デニスもアメリーも準備はいい? コルドゥラたちも遅れちゃだめだからね! いくよー!!」
私は木刀を抜いて突撃した。
「あ、お姉さま待って! 私も行きますわ!」
「ったく、しょうがないな。後ろは任せろ! お前は進むことだけ考えるんだ!」
背後から、兄妹がついてきてくれるのが分かった。
私はひとりじゃない! みんなで協力して、ラーレを助けるんだ!




