第21話 ビューロウの剣技
「いいですかお嬢様、100年近く前の戦いでは、この子爵家の初代当主が闇魔の四天王を打ち取りました。当時平民でロレーヌ家の護衛でしかなかったダーヴィド様は、その功績が認められ、王家より子爵の位を賜ったのです」
一応、この子爵家の直系の私は、貴族令嬢としての教育を受けている。家庭教師が雇われ、マナーに始まり、歴史、法律や算術について学んでいる。この座学の時だけ、兄妹と一緒に家庭教師の授業を受けているけど、この教師、出来のいい兄や妹と私ではあからさまに態度が違うんだよね。
前世で高校まで通っていたこともあり、算術に関してはそこそこで来たりする。でも歴史やマナーについては、正直及第点すれすれだ。兄と妹は普通に魔法が使えるし、座学の成績もいい。私だけ、どうしてこうなった
。
私たち兄妹は15歳からは貴族学院に通わせてもらうことになっている。この地方の豪族のなかには、出来の悪い私やラーレは学園に通わなくてもいいんじゃないかと言っていたけど、おじい様が「貴族にしかできない仕事も多い。お前たちは必ず学園を卒業するのじゃぞ」と言って私の強制通学が決まったんだ。
この国では、貴族学院を卒業した者のみ、成人後も貴族を名乗れるというシステムになっている。 私は成績がぎりぎりだから、しっかり勉強しないと卒業は難しいそうだ。 見てろよ~! いつか私もラーレも、みんなをあっと言わせてやるんだから!
「いいですかお嬢様、あなたとラーレ様はこのままだと成績が危ういのですよ。真面目に、しっかり勉強してくださいね」
最後まで私に厳しい態度で接しながら、教師が去っていく。
「お姉さま、大丈夫ですか。分からないことがあったら教えますからね。ラーレお姉様も、必死で勉強しているそうですから、負けないでくださいね」
妹が優しい。兄も助けてくれるけど、しょうがなしにって感じがするんだよね。
「ありがとう。アメリ―。さっそくだけど、ここがちょっと分からないんだけど」
私はアメリ―に聞いてみる。アメリ―は1歳年下だ。それでも私たちと同じ授業を受けて、しかも私より成績がかなり良い。彼女の優秀さに驚くとともに、自分の不出来さが情けなくなる。
「アメリ―、それくらいにしておけ。今日は道場でおじいさまの話があるんだからな」
そうだった。今日はおじい様から私たち一族全員に話があるんだっけ。この話には、うちの一家も叔父一家も強制参加だ。なんか、武威を示すとか聞いたけど、なにするんだろ?
◆◆◆◆
私たちは屋敷の外の道場に入った。そこには父も母もいて、先に床に正座していた。隣には、叔父一家が先に座っている。道場の下座の方には、家臣たちとその家族、そして練習生が座っておじい様を待っていた。
私の家のビューロウ家は「東の狼」と呼ばれている剣術の宗家だ。王国で一二を争う大家で、練習生も多い。あのグスタフがおとなしく正座しているのが見えてちょっと笑えた。
今日は、この領地で剣術を学ぶ人たちが一堂に会しているようだ。
私たち兄妹は少し遅れたようで、慌てて両親の隣に座る。両親、兄、妹の順に座り、私は最後だ。少し遅れた私たちを見て、ホルストがふんと鼻を鳴らした。
私たちが床に座ってしばらくして、おじい様が道場に入ってきた。グスタフと模擬戦をした時のように背中に剣を背負っている。珍しいね。普段は片手剣を持っているのに。
「お前たち、待たせたな」
前方の中心に立った祖父が私たちに声を掛けた。
「父上、お待ちしておりました」
父が言って一礼すると、私たちや叔父一家、家臣たちも続く。
「今日は、お前たちに我が家に伝わる身体強化の秘儀を見せてやる。おい、鎧を用意しろ」
そう言うと、従僕の一人が鎧を着せた案山子を用意した。あの鎧、壊れているみたいだけど結構厚手だよね。多分身体強化を使っても簡単には壊れないくらい丈夫なものだろうけど、何を始めるつもりなのだろうか。
「我が家には、両手剣を使った剣技も伝わっておる。いい機会だから、その技の一つを皆の者に見せておこうと思ってな。短杖を使った新式魔法が主流となった今、両手がふさがる剣は使う者が少なくなっておるかもしれんが、我が家に属するなら、こんな剣技があることも知っておきなさい」
おじい様は私を見つめていたように思う。しかし、言うや否や、背中から大剣を引き抜いて案山子を睨みつける。
「はああああああああ!」
おじいさまは体に青の魔力を循環させる。おじいさまの魔力量は子爵としてはかなり多い。さすがに侯爵クラスではないけど、長年の研鑽もあってかなり大量になっている。
大量な魔力がおじい様を包んだ。でも色は、薄い青色でそれほど濃くはない。おじい様ならもっと濃い色に染められると思うけど・・・、どういうこと?
おじい様の身体強化は、私とラーレは見たことがあるけど、妹や兄、そしてホルストは初めて見るようで驚愕の表情を浮かべていた。両親も叔父も真剣な顔で見ている。
「ちえすとぉぉぉ!」
おじい様は一瞬で案山子に近づくと、上段から一気に剣を振り下ろした「はやい!」
どおん!
大きな音がした。
大剣は案山子に直撃し、鎧ごと押しつぶした。案山子はつぶれ、鎧はひしゃげていた。もしあれが鎧を着た騎士だったとしたら、確実に命はないだろう。
これを成したおじい様を見る。おじい様は荒い息を吐き、剣を振り降りしたまま硬直している。何かをこらえるかのようにしかめっ面をしているのが印象的だった。
「父上、お見事です! 素晴らしい魔術量に、見事な剣技、見せていただいて感謝しております」
叔父のイザークが満面の笑みを浮かべて称える。父も従兄も兄妹も、感動しているような顔をした。ホルストなんかは食い入るように案山子とおじい様を交互に見つめている。ラーレは顔色が真っ青になっている。あまりに派手に鎧を壊したのを見て、気分を悪くしたようだ。
私も口を開けたまま驚いていた。ビューロウに伝わる両手剣の技を初めて見たけど、これおかしい。おじい様が展開した魔力は、以前のデニスと比べても薄かった。内部強化をしているとはいえ、あの厚手の鎧を破壊するのに、あの程度の魔力でできるはずはないのだ。まあ、私の見立てが間違っているというならそれまでなんだけど。
私は頭がハテナマークでいっぱいになりながら首を傾げた。何が起こったのか、全然分かんないんだけど!
「デニスが身体強化を使ったときより色はずいぶん薄いよね? 魔力量は多かったと思うけど、なんであの程度の魔力で鎧を壊せるの? あの鎧に細工でもしてるの?」
思わずつぶやいた私に、おじいさまは声をかけてきた。
「ふん、ダクマーよ。細工などない。これが、内部強化の粋を凝らした成果なのじゃ。身体強化の魔力しか使えないお前でも、これを使いこなせば戦えるじゃろう。闇魔と言えども、ダメージを与えることも夢ではないぞ」
おじいさまはニヤリと笑った。でも、ちょっとだけ自嘲するかのように顔を引きつらせていたのは気のせいだろうか。
てか、おじい様ってば、息も絶え絶えだよね? 体中、痛そうにしているし、一撃を放った後の隙も大きい。これ、実戦だと使えないんじゃあ・・・。
「え、ええ、そうですね」
私は何とか返事をする。正直、おじい様はこの秘儀を使いこなせていないみたいだけど、私なら別だ。身体強化に最適な色のない魔力なら、この技を使いこなせるに違いない!
おじい様は資質のレベルが高いので、色を抜くと言っても限度がある。色のある魔力は体の中に通すと抵抗がすごいそうだから、使える量も限られているだろう。私より圧倒的に少ない魔力で強化しているのに、あの厚手の鎧を簡単に破壊してしまうなんて。
「これが、魔力を詳細にコントロールするということか」
この前見た魔力板は、おじい様がとびぬけた魔術師だって思えた。でも、この内部強化を見せることで、おじい様は剣士としても優れていることを証明してみせたのだ。
「おじい様! すさまじいです! 私も修行すればこれをできるようになりますか!?」
あれ? 多分私に技を見せてくれたんだと思うけど、ホルストが興味津々だよ! なんか、今にも両手剣の修行を始めそうなんだけど! アメリーもなんかキラキラした目で見つめてるし、ちょっとコレ、まずいんじゃないの!?
「う、うむ。今から修行してもお前たちにもできるようになる。じゃが、両手剣を使えば同時に短杖を使うのは難しい。自分の適性に合っているかを十分に考える必要があるぞ」
おじい様は取り繕うように言ったが、2人は聞いているのかいないのか・・・。この分だと、片手剣じゃなくて両手剣の修行を始めそうな勢いだよね。
内部強化を極めることが、強さにつながることは分かった。多分おじい様は、内部強化の効果が半信半疑な私に、実践して見せてくれたのだろう。でも、今の私には、どうやっておじい様がこの技を放ったのか全然分からない。どうしたらいいんだろうか。
「ダクマー、お前に一つ仕事をやろう。初代が書き記した秘伝書がもう古くなってきた。これをきれいに清書しなさい。一文字でも間違えたら書き直しだ。一字一字、きれいに清書するのじゃぞ。読み手のこともちゃんと考えて写しなさい」
おじい様は私に面倒そうな仕事を言いつけてきた。え? でも初代が残した秘伝書がみられるの? これって、内部強化のヒントを知ることができるってことじゃない?
私はおじい様の意図を察する。家臣や練習生の人気がない私に秘伝書を確認する理由を作ってくれたってことだよね!
「わかりました!末代まで語り継げるくらい、立派なものを仕上げて見せます!」
あのホルストが前に読ませてもらったらしいど、「自慢話しか書いてなかったよ」と偉そうに言っていた。昔はそう感じたみたいだけど、今なら違った見方もできるんじゃないかな。
「ダクマー、おそらく秘伝書には、色のないお前の魔力を生かすためのヒントが書かれている。私には理解しづらいものだったが、お前にはわかるかもしれない。面倒な仕事とは思わずにしっかりやりなさい」
父が珍しく励ましてくれた。
私は頷いておじい様の顔を見つめた。
秘伝書にどんなことが書いてあるのか、楽しみで仕方がない。私は喜びがこみあげるのを必死で隠した。




