第207話 エレオノーラの意地と決意
あのあと、私は放心したようになって授業を受けた。午後に学園長室に向かうと、レオンハルト先生から慰めるように声をかけた。
「どうした。いつもはうざったいくらい元気なのに、今日は静かだな。ラーレ君のことはこっちでも探している。あまり、気を落とさないようにな」
レオンハルトのなぐさめに、私は思わず自分の心境を吐露する。
「私、剣術しかなくて。他の兄妹と比べると、全然何にもできないんです。でも、剣術だけは誰にも負けないと思ってた。この剣術でラーレや兄妹を守ることこそが、私の使命だって。でも、ラーレは言ったんです。命を懸けて守ってもらってもうれしくないって」
私は意気消沈していた。私にとって、この剣術はすべてだ。他の人と比べて誇れるのはこれしかないと思っている。でも、命を懸けて守ってほしくないと言われると、どうしていいか分からなくなる。
レオンハルト先生は焦ったような顔になった。
「ラーレ君がどういうつもりでそう言ったのか分からないが、彼女は君のことを決して必要ないといったわけではないと思うぞ。彼女の真意は彼女にしか分からない。だから、ちゃんと話を聞きなさい。分かったつもりになって、勝手に理解したつもりになっていては、すれ違ったまま後悔することになる。彼女のことが大事なら、ちゃんと話し合うべきじゃないかな」
レオンハルト先生は何かを思い出すかのように言うが、私は落ち込んだままだ。
「私、なんでここにいるんだろうって思います。多分、護衛とかならもっと気楽にやれたんじゃないかなぁ。貴族令嬢が剣を振り回して戦うのって、やっぱり変ですよね。こんなだから、ラーレにもあきれられちゃうんだ」
うん。魔法の一つも使えず、剣ばかり振り回すのは貴族らしくない。学園に来て感じたことだけど、貴族はもっと後方で兵を指揮するものだ。クルーゲ流もメレンドルフ流も、ここぞという場面以外では、きちんと後ろで味方に指示を出している。正面から斬り合おうとする貴族なんて、私とオリヴァーくらいしかいないのだ。
「敵を見たら即座に斬りかかるのも、体を張って味方を守ろうとするのも、君の個性だ。他の貴族と違うからって、単純に否定できるものじゃないさ。フランメ家から何を言われたか知らないが、そんな弱音を吐くなんて君らしくないな」
私はうつむきながら答えた。
「でもラーレが言ってたんです。私の命を危険にさらすようなら、離れたほうがいいかもって。今日、ハイデマリーにも指摘されたんです。南にいたほうが、ラーレは幸せだって。それを聞いて分かんなくなったんです。私はみんなに認められたくて剣を振るったけど、誰もそんなこと望んでいなかったのかなって」
私は強くあることこそが大事だと思っていたけど、それは独りよがりだったのかもしれない。貴族は魔法が使えて当り前。なのに、私は魔法が使えないってあきらめて剣ばかり鍛えてきた。強くなったつもりだけど、やっぱり貴族としては失格なのかもしれないと思うんだ。
レオンハルト先生はため息を吐いて私を見た。私をさみし気な目で見た後、レオンハルト先生は遠い目をして言葉を続けた。
「まあ、正直なところ、ラーレ君の言い分も分かる。君の戦いを何度か見せてもらったが、必ず最初に全力で剣を振るおうとする。あとのことなど考えない、必ず仕留めるという決意を込めた一撃だ。だが、その一撃が避けられると無防備になって簡単に倒されてしまう。戦う君は納得しているかもしれないが、見守るラーレ君は気が気じゃないだろうけどな」
うっ、レオンハルト先生から見ればそう思うのか。
「でも、最初に最高の一撃を放つのが、一番勝率が高いんですよ。これなら、相手がどんな魔法を使っても倒せる可能性があるし。私は私なりに、勝てる可能性が高い方法を追求してるんです!」
私はレオンハルト先生に反論した。
「だが、君の剣は初撃だけではないだろう? 私は見たぞ。あのナターナエルを追い詰めた剣を。君の剣は初撃だけではない。なのに、必ず最初に必ず強い一撃を放とうとする。それでは、簡単に読まれて対処されてしまう。攻撃がワンパターンなら、いずれ誰にも通じなくなってしまうぞ」
ギリギリと歯を食いしばった。レオンハルト先生の言うことは頭ではわかる。でも示巌流は、最初の一撃にすべてを籠めるのが誇りなのだ。それを捨てるなんて、私の剣が示巌流ではないということになる。
反論しようとする私を、レオンハルト先生は手を突き出して止めた。
「君が君の剣術に誇りを持っているのは分かる。だが、君の敵になるのは様々な魔法を使う貴族や魔術の扱いに長けた闇魔だ。同じような戦い方ばかりをしていては、いずれラーレ君が考えるように帰ってこれなくなるぞ」
でもだったらどうすればいいのか。ラーレの魔法のように、簡単に相手を行動不能にする魔法だって存在する。魔法を使わせるのは危険だ。撃たれる前に斬るのは、当然のことではないか。
「別に君の戦術を否定するわけじゃない。だが、いつでもどの相手にも同じように攻撃するのでは、後ろで見守る人は不安だろうと思うがね。相手をちゃんと見て戦い方を変えるんだ。ラーレ君は、恐らくそう言いたいのではないかな」
顔がゆがむのが分かった。でも、私が勝つためにはそうするしかないじゃないか!
「四天王を倒した君からすると、他の人は頼りにならないのかもしれない。だが、もっと周りの力に頼るべきだと私は思うよ。協力し合える仲間を見つけるのも、この学園の意義の一つだ。君は私と違って力がある。接近戦のエキスパートだ。だが同じように、守りだったり遠隔魔法のエキスパートがこの学園には存在する。もっとラーレ君の、そして他人の力に頼りなさいと、彼女は言っているのだと思うよ」
レオンハルト先生は諭すように私に伝える。確かに、私はラーレの、他の人の力を頼らずに戦おうとしていたきらいがある。ラーレはもしかしたら、そんな私を危ぶんでいたのかもしれない。
「ちょっと、考えてみます」
私はふらふらと立ち上がると、一礼して部屋を出ていく。そんな私をレオンハルト先生が心配そうに見つめていた。
そうなんだよね。レオン先生もエレオノーラも、ギルベルトやマリウスやオティーリエだって、みんな私を心配してくれている。私はこの学園で、ずっと一人だったわけじゃないんだ。
私はドアの前で立ち止まると、笑顔を作って振り返る。
「レオン先生、ありがとう。今の私の力でみんなを心配させない方法があるか、ちょっと考えてみます」
私の言葉に、レオン先生は少しだけ表情を和らげた。
「ああ。みんなが納得できる戦い方がないか、しっかり考えてみるといい。君の家族や友人たちは、きっと君の力になってくれるだろう。私たち教員も、微力ながら力になろう。いつでも頼ってきなさい」
そうだよね。この学校の先生って、出身地に関わらず、みんな生徒を育てようって思いを持ってる気がする。今回みたいに策を練ったりするけど、基本的に相談すればすぐに答えてくれるし、一緒に悩んでくれる人も少なくないのだ。
でもいわれっぱなしでは癪に障る。私は最後に、レオン先生に一言いうことにした。
「でも先生、自分なんかじゃ、とか微力だけど、とか学園長が言っちゃだめだと思いますよ。少なくとも私は、先生方の力が小さいとは思いません。学園長が、レオン先生のような人で良かったと思います」
レオン先生は苦笑する。
「いや、私は普通のことを言っているだけだ。特別なことを言ったわけではないからな」
私はきょとんとした。
「でも、普通のことを普通にこなし続けることって、それ一つが特別なことだと思いませんか? 少なくとも私は、レオン先生が普通に接してくれるから、学園でも頑張れたんです。多分、先生が変に王族ぶったりしない人だから、国王陛下も安心して学園をまかせられるんじゃないかなぁ。あ、これないしょですよ」
私はレオン先生に微笑みかけると、回れ右して学園の外に向かった。ラーレに伝えたいことはたくさんある。確かに、今の私じゃあ、あいつを不安にさせるだけだろう。だからこそ、私はもっとしっかりと、これからのことを考える必要があるのだ。
◆◆◆◆
そして、私は寮の自分の部屋に戻った。そして落ち着いて今後のことを考えようとするんだけど・・・。
「うわっ! なんなの!?」
急に天井から人が振ってきた。私はもちろん、コルドゥラすらも驚いた顔をしていた。
「な、なに! なんなの!?」
ラーレのことで気を取られていたとはいえ、全然分からなかった。すんごい隠形の腕だよね!
天井から降ってきたのは、王の影の一員、ヨッヘムだった。
「ダクマー殿! ラーレ様の場所が分かりました! 南領の、3階の4号室です! そこに拉致されております! 残念ながら、南領の生徒たちはラーレ様を『炎の巫女』と認めておられる様子です! しかし、朗報もあります! ヘルマ・ブレーメ伯爵がラーレ様を保護している様子です!」
やっぱりコイツ、忍者だよね! 無属性魔法を操る私の網をくぐるなんて、凄まじいとしか言えないんだけど!
でももたらされた情報は待ち望んでいたものだ。
「ありがとう! ヨッヘムの情報は無駄にしない! エレオノーラに知らせに行こう!」
一人で突っ込んでいっても周りに迷惑をかけるだけだ。私はコルドラとヨッヘムとともに、エレオノーラの部屋に向かったのだった。
◆◆◆◆
私が顔を出すと、使用人がエレオノーラをすぐに呼んでくれた。
「ダクマー、こんな遅くにどうしたの? ってヨッヘム!? 王の影がなんでここに? もしかして、ラーレ先輩の居場所が分かったの!?」
さすがエレオノーラ! 話が速い!
「ラーレはやっぱり南の女子寮にまだいるみたいなんだ! 部屋もヨッヘムが調べてくれた。私はこれから行ってみようと思う。悪いけど、あとのことを任せてもいいかな?」
私が勢いよく答えると、エレオノーラは慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 南の女子寮は要塞化されてるっていうし、一人で乗り込んでどうする気なの! よしんばラーレ先輩が見つかったとしても、それまでに南の生徒を斬っちゃったら、あなたたちがお尋ね者になるのよ! やみくもに剣を振るえばいいわけじゃないでしょう!」
「ダクマー殿! 拙者、無暗に突撃してもらうために情報を提供したわけじゃないでござるよ! ラーレ様は拙者の恩人でござる! 無謀な突撃であの方の身を危険にさらすのは控えてほしいでござる!」
エレオノーラもヨッヘムも、慌てて私を止めてきた。でも! ラーレの場所が分かったのに、じっとしていられるわけないじゃない!
そわそわする私を見てエレオノーラは溜息を吐いた。
「あなたがじっとしていられないのは分かったわ。でも、相手はきっとあなたが押しかけてくることを予想している。だから、南の生徒たちはフランメ家の当主が来るまで時間を稼ぐために寮を要塞化したのよ」
相手の狙いは分かったけど、それじゃあどうしようっていうのさ!
「一日だけ時間を頂戴。必ずラーレ先輩を助けられるようにするから。確か、フランメ家の当主がこちらに来るまではまだ少し時間があるはずよね?」
エレオノーラが尋ねると、ヨッヘムは深く頷いた。
「はい! ガブリエーレ様が王都に戻るのは早くとも三日後になると思います。おそらくハイデマリー様は、ガブリエーレ様の到着を待っているはずです。魔道具では長距離移動はできないはずですし、ガブリエーレ様の竜車なら安全に南領に向かうことができるはずでござるから」
ということは3日がタイムリミットか。私は思わずエレオノーラを見上げる。
「エレオノーラ。時間までにラーレを取り戻す方法なんてあるの? 強引に追い込むとこっちが犯罪者になるんでしょ? いけるの?」
問いかける私に、エレオノーラは自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「ええ。東領の底力、見せてあげますわ。学園内で魔道具を使ったこと、うまくごまかしたつもりかもしれませんが、そっちがそのつもりならこっちにも考えがあります。誘拐なんて、ふざけた真似を二度とできないよう、きっちりと叩き潰して差し上げますわ」




